利駆の記憶はおぼろげなのだが、利駆の両親の葬儀の際、利駆と親族は少しだけ顔を合わせていた。その際に彼女が一度だけ耳にした親族の言葉は、

「あいつらは最期まで、わしらのことなんて何も考えちゃいなかった」

「こんな小汚いガキ遺しやがって……ウチは絶対に引き取らんからな!」

 という、心ないものだった。

(違うよ)

(二人はずっと、みんなのことを気にしていたよ)

 当時の利駆は心の中で、ずっとそのように反論していたのだが、苦々しい形相で利駆のことを見やる親戚たちの様子に、遂に口に出すことはできなかったのだった。

――お母さん、どうして私にはおじいちゃんとおばあちゃんがいないの?

 生前の両親に、利駆はそう尋ねたことがある。

――そうねぇ、私たちのことは許してくれなくても、利駆にだけは会ってくれるかもしれないわね。なんてったって可愛い孫なんだから!

 利駆の母は、そう言って笑顔で利駆の頭を撫でてくれた。

――茜くんのおばちゃん、いい子にしてたら、おじいちゃんやおばあちゃんは、いつか迎えにきてくれますか?

 葬儀から暫く経ってから、茜の母にそう尋ねたこともあった。

――そうだね、いい子にしてたらね

 茜の母は無難にそう返したのだが、幼い利駆は愚かにもその言葉を盲目的に信じ、それまでにも増して“良い子”を演じるようになったのだった。

――お前さ、そんなにじいさんやばあさんのとこがいいのかよ

 茜にそう尋ねられたこともある。その質問に、利駆は一もニもなく「はい」と答える。

――ここを出てったら、俺とは住めなくなるんだぞ?

 茜の言葉に、利駆は寂しそうな笑顔で答える。

――わたしは居候で、茜くんは家族ではありませんから。やはり家族というものと、一緒にいたいと思うのです

 そう、その時には既に手遅れだったのだ。茜が照れ隠しに繰り返していた“居候”という言葉は、茜が思っていた以上に利駆に重くのしかかり、彼が気付いた時には取り返しがつかないくらい、彼女をきつく縛っていたのだ。

 現在の蝶野茜という人物は、それを自業自得だと思える程度には成長していた。彼にとっても夏は特別な季節で、学校の授業がない中仕事に打ち込むべきこの時期に、収録の合間に過去のことを思い出すほどには利駆のことを気にしている。自分の母親がてきとうに返した答えを健気に信じていた様を哀れ思ったこともあった。この時期の利駆の表情は決まって憂い顔だ。茜にそれを慰める資格はない。だからこそ、彼は余計に目標に到達しなければならないと思っていた。

(いつか、いつか叶えば……途方もない話だってのは、わかってるけど)

「ちょっとアカネ、アイツって誰?」

「リハ十分前でーす! 次のコーナー出演される方はそろそろご準備くださーい」

 自分の考えに耽っていた茜になおも粘り強く話しかけてきた梨咲の問い詰めと、番組スタッフに召集をかけられたのはほぼ同じタイミングだった。考え事も一段落していた彼はこれ幸いとばかりに椅子から立ち上がる。

「母ちゃんの弁当が恋しいってコト。俺、まだまだお子ちゃまだからさ」

 そう言って振り向きもせず手をヒラヒラさせる茜を、納得できない梨咲は睨む。けれども彼女にとっても仕事は大事なので、それ以上食い下がることはできなかった。そんな梨咲の様子に満足しながら、茜は決意を胸に、自分の戦場へ足を踏み出して行ったのだった。

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