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「はいカーット! お疲れ様でーす、次のセット完了するまで休憩入りまーす」
「うぃーっす」
利駆がアルバイト生活を始めようとする一方で、こちらも勤労学生よろしく仕事に勤しむ茜は、この日もTV番組の収録に追われていた。脇に用意されたパイプ椅子に座り、この後の流れを確認する。人気上昇中とはいえ、茜はまだまだ駆け出しの新人だ。一つ一つの仕事を着実にこなして、知名度を上げる必要があった。
(まだだ。まだまだこんなもんじゃねぇ。ここからまだ上に行かねぇと、俺は……)
彼には、芸能界入りした確固たる理由があった。もちろんそこは十代という若い男子、同級生だけでなくもっと多くの人に格好いいと持て囃されたい、という気持ちも、全くなかったと言えば嘘になる。けれどもそれとは別に、他人に聞かせれば「なんだそんなことか」と言われてしまうかもしれない、それでも彼にとっては非常に重要な目的というものが存在したのだった。
そうして静かに向上心を燃やしていた彼のもとへ、ひとりの女性がやってくる。芸名は梨咲(リサ)。こちらも最近メディア露出が増えてきたばかりの、モデル出身の新人アイドルだった。
「ねぇねぇアカネ、今日この後空いてる?」
アイドルといえば色恋沙汰のスキャンダルを恐れて慎重に行動しそうなものだが、この梨咲に限ってはその法則が適用されないらしい。会えば好意を隠そうとしないその様子は、利駆という控えめな女子に慣れ親しんできた茜にとっては些か苦手な部類に入った。
「空いてねぇし、空いてても梨咲サンには付き合わねぇ」
芸歴で言えば茜のほうが少しだけ先輩だが、相手が年上なこともあって、茜は梨咲のことをさん付けで呼んでいた。許可した覚えのない呼び捨てへの意趣返しでもあり、距離を置きたいという気持ちから敢えてそう呼んでいる節もある。だが当の梨咲は、目も合わせずそう断る茜の態度にめげる様子はないのだった。
「またそんなつれないこと言ってー。こないだもなんだかんだで、ご飯一緒してくれなかったよね」
梨咲の言うことは聞き流そうと思っていた茜だが、うっかり“ご飯”という単語に脳が反応してしまった。思い出すのは今日のロケ弁。なんとなく中身が気になって試しに開けてみたところ、茜への嫌がらせかと思うくらい、嫌いなメニューのオンパレードだったのだ。
「あー……アイツの弁当食いてー……」
母親の料理にも利駆の料理にも、茜の苦手な材料は混ぜ込まれている。二人とも茜の健康を想ってのことだと理解はしているのだが、母親がダイレクトにそのまま材料を使ってくるのに対して、利駆はそれと気づかないように味や大きさに工夫を加えてくれる。利駆の作るものを好むようになるのは、自然なことだった。
(調子に乗るから、絶対言ってやらねぇけど)
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