第四夜
027 君はスーパーラジカル
7年前の七夕の夜。星がこの街からすっかり姿を消した。
それはまだ僕がまだ小学校に上がる前の事だった。同日、世界規模で星の観測は難しくなっていたが、特にそれが顕著に表れたのがこのしおかぜ街だった。当時世間では、この不可解な現象に対し、大気汚染の影響だとか、宇宙人の仕業だとか、あるいは祟りだとか、馬鹿げた噂で持ち切りだった。その一年後、インターネット上で優秀な科学・工学・生物学・物理学・天文学に関するありとあらゆる研究者が寄り合い、とあるプロジェクトを立ち上げた。この街の謎を解き明かす為のプロジェクトだ。
研究を続けて行く中で、多くの優秀な研究者達はこぞって意見を出し合い、議論を重ねた。彼らは議論が白熱する余りよく派閥が生まれていた。その派閥をエビデンスに基づいた言論により統治した一人の男がいた。彼らは、匿名のその男を「総司令官」と呼び、まるで神様のように慕い、崇め奉った。
その男こそ、この僕、ロクネンだ。
僕にとって、インターネットとはとても便利なツールだった。小学一年生というバイアスを払拭する事が出来る。僕はこのプロジェクトの統括司令官として、優秀な科学者の一人として、何万人もの研究者の総指揮を取った。噂は噂を呼び、僕の存在は更に神聖なものとして多くの研究者の間で語り継がれた。
でも足りない。まだ足りない。こんなもんじゃ全然満足できない。僕はまだ、彼らを泳がせておく。僕という存在に対する期待が最高潮に高まった所に、小学六年生というギャップを発表する。タイミングを見誤ることなかれ。ここだという瞬間で火を注げば、あとは一気にドカンと一発、僕の名前は爆発的に世界中に名を轟かせるだろう。
そう。僕は、根拠のない現象等この世界には存在しないと思っていた。有り得ない事なんて有り得ない。そう信じ切っていた僕の6年間の研究結果は、たったの一晩でことごとく覆されたのだった。
「それではぁ、ステラ討閥・スターゲイザー御一行様の生還を祝しましてぇ」
「かんぱーい!」
しかしそんな事でへこたれる程、僕は生ぬるい科学者ではなかった。僕は思った。なんて絶好のチャンスなんだろう。今宵こそ、この街の謎を解き明かし、論文を発表すれば、今度こそ僕の名前は天才小学六年生として一世を風靡する事だろう。そうすればきっと、あの人だって僕の事を認めてくれる筈だ。
「それにしても店長はなんでこんな初夏に肉まんなんか売り出すかな。一応うちチェーン店なのにこんな勝手な事が許されるなんてなあ」
今日の打ち上げは肉まん・豚まん・ピザまん・あんまんパーティにしておいたんだ。八鹿はべそをかきながら少しずつ軽くなっていく財布をよしよしと撫でた。そんなことはお構いなしに、木津くんがピザまんを頬張りながら言う。
「実は店長、なんか裏の組織と繋がってたりして」
「あははは、裏の組織ってなんなのぉ? 店長がただ肉まんが好きなだけでしょ、木津くんその発想はちょっと厨二病すぎるよぉ」
「うるせえ、あんたに言われたかねえよ」
唯一、僕の正体を知る人間がひとりだけいた。彼はあくまでコンビニの店長という役職を本業としながら、僕の研究に力を貸してくれていた。なかなか入手する事が困難な資料を提供してくれたり、事務所の地下に僕専用のラボを作ってくれたり、あと僕の大好きなおでんと肉まんを季節外れでも提供してくれたりと、それはそれは、とても優秀な助手だった。
僕はスターゲイザーがステラ討閥に出かけている間、一度やってみたかったオリジナルラジオ『オールナイトしおかぜ』を公共の電波で垂れ流す傍ら、事務所地下のラボで研究に打ち込み続けた。これまでスターゲイザーの皆が集めてきてくれた情報を集積して、データを打ち込み、資料としてまとめる。それを眺めながらありとあらゆる事象を比較・分析したが、それでもやっぱり訳の分からない事だらけだった。本当に幽霊や、超常現象や、魔法や、神様なんてものが、科学では証明できない何かが本当に存在するのであれば、それはそれで凄い事なのだけれども。
「それにしても、どうやったらその銀河鉄道とやらに乗れるんだろうな。しおかぜ駅の改札で切符でも売ってくれりゃ話が早いのになあ」
「そうですね……いっそ短冊に“記憶の海に行きたいです”って書くのはどうでしょうか」
「いや、スピカ、今までの流れでいくとそれ叶うの7年後じゃん。おれ、あと7年もこいつらに突っ込み入れ続ける自信ないぜ……」
スターゲイザーの4人は、お手上げ状態といった表情で腕を組んでうーんと唸ってみせた。僕は、ひとつだけ皆に研究の成果を伝えようと口を開きかけて、ギリギリのところで言葉をのんだ。
そう、研究をしていくうちに一つだけ明らかになっていたことがある。ここ最近の僕はは、この異常な現象が起きる直前の、あの流星群に特化して研究を進めていた。
街の監視カメラを何度巻き戻して見てみても、明らかにあの流星の発生源はこの街の片隅にある廃墟「しおかぜ観光ビル」だった。これは完全な憶測だが、あの時彗星が弾けたのと同時に散りばめられた、赤や青や緑や橙のカラフルなガラス玉のような星々は、ステラの魂だったのではないだろうか。僕にはあれが、スターゲイザーがステラの魂を浄化する時にぽうっと浮かび上がる光と似ているように思えるのだ。この仮説が正しいとしたら、僕がこのあいだ言った「この街のどこかに死後の世界と繋がっている場所があったりして」という言葉は、あながちハズレではないんじゃないだろうか。
とにもかくにも「しおかぜ観光ビル」にはきっと何か秘密が隠されている。この街の夜の鍵は、あそこにある筈なんだ。だけど廃墟の中にはもちろん監視カメラも無い。僕の援後も無しに、無責任に彼らを危険に晒して良い
のだろうか。
それでもあの場所は唯一の手がかりだ。どう判断するかは彼らに任せて、やはり伝えるだけ伝えてみるべきか。僕がもう一度口を開きかけたその時だった。
「ばばんばばんばんばん」
集中力は5分ともたないのがスターゲイザーの特徴だった。八鹿がうつらうつらしながら聴いた事のあるメロディを口ずさんだ。脳裏に湯けむり、富士の壁画、広々とした浴槽が浮かぶ。八鹿ははっと飛び起きた。
「すまんつい、ここ数日風呂に入っとらんけん、温泉に浸かる夢を……」
「確かにそうだよな。もう夜が止まってから何日経ったんだか。ほら見ろよ、ぽむぽむゼリーみたいにツヤツヤだったみずたまの髪も、なんかぺちゃんこになってるし」
女の子に対して酷い言い草だったけど、確かにみずたまの髪の毛はしおれた花のように元気がなかった。
「八鹿なんか、ちょっと匂うし」
八鹿は何!?と飛び上がり自分の腕をくんくんと嗅いでみている。みずたまが元気のない髪の毛をぴょこんと揺らし、意見があります!と言わんばかりに手を挙げた。
「木津隊長! このままじゃ戦意喪失です! 商店街の中にある銭湯『狼煙』行きましょう! あの銭湯ならコインランドリーも併設されてますです!」
木津くんは、少し考えてから、渋々頷いた。
「その代り、さっと入ってさっと上がんだぞ! んな無防備な状態でステラに襲われたらたまったもんじゃないからな!」
その言葉を聞いた八鹿とみずたまは瞳を輝かせ「イエッサー!」と敬礼をしてみせたあとで、コンビニの隅からシャンプー・リンス・ボディソープをかき集めた。驚く程の行動力と素早さと団結力。
「そうと決まればいざ無銭入浴!」
「おー!」
僕達は久しぶりの入浴を求め、コンビニを後にした。
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