026 終わらない歌

命からがら、なんとかコンビニまでの生還を果たした俺達は、人を小馬鹿にしたようなまぬけな入店音と共に、大量の紙吹雪で出迎えられた。大くす玉が割れ「スターゲイザー祝★生還」という垂れ幕が頭上で揺れている。ロクネンは悪戯っぽく「おかえりぃ」と笑った。毎度高くなる出迎えのクオリティに、みずたまは狂喜乱舞して飛び跳ねた。


「木津、お前は傷心中の人間の財布からよくもこげな簡単に万札ば引っこ抜けるな!」

「いや、元気付けてやろうかと思って」

「この世界のどこに金をむしって元気付ける奴がおっとか!」


盛大なパーティーを開かれる度に俺の財布はみすぼらしく痩せていく。しかし、こうやって容赦なくいつも通りに接してくれる所が木津の優しさだって事を、俺は分かっていた。哀愁を醸し出し財布を開いたその時、珍しくみずたまがレジに駆け寄り「木津くん、これだけは、あたしが買う」と花柄の長財布から百円玉を物惜しそうに取り出した。


「八鹿! 今日はお酒じゃなくてこれを飲んで!」


レジを通したばかりの栄養ドリンクを、みずたまは俺に押し付けるように渡した。


「……眠眠打倒?」

「もう二度と眠りにつかないように!」


木津とは正反対にど直球な励ましに俺は思わず笑った。そういえば先程から、店内のスピーカーからウルフルズの「ええねん」や大事MANブラザーズの「それが大事」等あからさまな応援ソングが流れている。ロクネンだな。スピカが「次はZARDの負けないででいきましょう」とロクネンに耳打ちしている。どいつもこいつも本当に。俺は熱くなる目頭を抑えて、万札を木津に差し出した。


「それではぁ、ステラ討伐・スターゲイザー御一行様の生還を祝しましてぇ」

「かんぱーい!」


禁酒令を出された俺はスターゲイザーの皆の優しさに折れて、おとなしく眠眠打倒を一気飲みした。その様子を囃し立て「飲んで飲んで飲んでもう一本!」と謎のコールをかけるシラフのはずの面々。わいわいとお菓子の袋を広げ賑やかなスターゲイザーの宴会を、いつもの如くロクネンがさて、と取り仕切る。


「食べながらでいいから聞いてねぇ。そのアルファルドってステラによると、神様は月光ステーションの更に先にある『記憶の海』って所にいるって事で、間違いないんだよねぇ?」

「ああ。しかしまた突飛な話だよな。一体どうやってその記憶の海とやらに行けばいいんだ?」

「スピカ、前にこの夜について話をしてくれた時に、スピカは月光ステーションが、天国へ向かうまでの間にある唯一の停車駅だって言ったよね」


俺達はスピカの方を見る。スピカは申し訳なさそうな顔で俯きながら頷いた。


「ええ。ずっとそうだと思っていました。しかしまさか、他にも停車駅があるとは。申し訳ないです、もう少し記憶をはっきりと残しておければ良かったのですが……」


ロクネンはふむふむと何やらパソコンに記録を残していく。少しの沈黙が訪れ、キーボードを叩く音がラウンジ内に響いた。カチッとエンターキーを叩いて、ロクネンは真面目な顔で言った。


「でもその話だと、どのみち月光ステーションまでは行かないといけないみたいだねぇ。負の感情を持った死者の魂が途中下車する場所。そこへ向かう銀河鉄道とやらに乗車するために、現時点で考えられる方法で、僕達が出来る事はたったのひとつだけ」

「それってつまり……」


木津も、スピカも、みずたまも、俺も、ぎょっとした顔でロクネンを見た。全員が固唾を飲んだ。つまり。


「いやいやいや。無茶言えよ。だってそんなの、おれ達が死んだら元も子もないだろ!」

「だってぇ一番それが手っ取り早いと思うんだけどぉ」

「手っ取り早いとか言うな! サイコパスかお前は!」

「あ、そうだ、この街のどこかに、死後の世界と繋がっている場所があったりしてぇ」


またあんたが好きそうな妄想話ばっかりしやがってと木津が溜息を吐いて頬杖をついた。議題に行き詰まり、全員がうーんと唸った。


だがもちろん、集中力は5分と続かないのがスターゲイザーの特徴だった。議論に飽きたみずたまがポテトチップスを二枚口に挟んで「アヒル口!」とふざけてみせる。無理矢理スピカの口にもポテトチップスをぶちこみ「見て見て! 可愛い〜!」と言ってげらげら笑う。ロクネンも、木津も、俺も、つられて笑う。


ああ、なんだか楽しいから、もうずっとこのままだって良いな、なんてもう俺は思わない。眠眠打倒のおかげか、酔いはすっかり醒めていた。それでも俺はもう、ちっとも寂しくなんかなかった。いつかこいつらと朝を迎えられたならいいのに。心からそう思った。


✳︎✳︎✳︎


真夜中のガソリンスタンド。木津は手際よくリトルカブの座席を開け、ガソリンタンクのキーを回す。「バイトでやってたんだ、久し振りにやりたいから」と言うから任せたものの、あまりにも無駄のない動きに俺は思わず感嘆した。「レギュラー満タンで宜しいですか?」とふざけてバイトごっこをしてみせる。俺は木津のポケットから、一本煙草を貰い、煙を吐きながらその流れるような行程を眺めていた。


「なにもお前までついて来んでも良かったとに」

「また迷子になられちゃ困るからさ」


ラウンジ横の宴会はまだ続いていたが、俺はその合間を縫ってガス欠で道端に放置したままのリトルカブを回収しに来ていた。何かあった時に移動手段が確保されていた方が便利だろうと思い、俺は24時間のガソリンスタンドで給油してからコンビニに戻ると伝えたのだが、木津はわざわざついて来たのだった。


給油が完了し、キャップを丁寧に締め、木津は俺にキーを投げ渡した。木津は俺に背を向けた状態で荷台に跨る。近くの灰皿に煙草の火を押し付け、俺はクラッチを踏んだ。


誰もいない静かな海沿いを駆け抜ける。エンジン音と、風を切る微かな音だけがこの街に響いていた。


「木津、ありがとな」


聞こえなかったのか、聞こえなかった振りをしているのか、木津は返事をしないまま俺の背中に体重を預けた。


しばらく俺達は黙ったままだった。あの時、木津が俺を正気に戻してくれて良かった。自分の言葉や選択が正しかったかどうかなんて、そんな事はきっと一生かかったって解らないだろうが、それでも少なくとも俺は後悔せずに済んだんだ。


「……木津も、大事な友達を失ったことのあるとや?」

「なんで?」

「同じ後悔ばして欲しくないって、あん時俺に言ったろ」


潮の匂い。流れていくしおかぜ街の景色。木津はしばらく黙った。信号が赤になり、律儀に停車した時、木津は消え入るような小さな声で、そっと呟いた。


「俺は、助けるどころか、手を差し伸べることすら出来なかった」

「……木津」

「後悔、してるよ。後悔なんて言葉じゃ片付けられないぐらいに。でも、だからこそ、あんたが此処に戻って来てくれて良かった」


そうか。だから木津は自分の危険を顧みず、2度も俺に手を差し伸べてくれたんだろう。もう二度と後悔なんかしなくていいように。


「おれも、あんたみたいにきっといつか向き合わなきゃいけない時が来るんだろうな」


信号が青になったが、俺はまだブレーキを踏んだままだった。


「もし、どうしようもなく道に迷って、馬鹿な選択しようとしたらさ。そん時は、今度はあんたがおれを引っ叩いて、ここへ連れ戻してくれよ」

「当たり前くさ。約束する」


木津が「ま、俺は優等生だからそんなヘマしないけどな」と珍しくおどけてみせるから、俺はスロットルを全開にしてわざと急発進した。背中同士がぶつかり合って、木津が怒りながら笑う。


「木津、こん夜が明けたらさ!」


エンジン音にかき消されないように、俺は酒やけ声でそれでも叫んだ。


「二人で飲みにでも行くか! 太刀魚の美味か店のあるっちゃん!」

「もちろん、八鹿の奢りだろうな!」


誰も居ないしおかぜ街の片隅を、俺達二人を乗せたバイクが静かに駆け抜ける。月明かりが優しく進路を照らして、俺の視界はやけに鮮明だった。木津が後ろで何気なく口ずさむ歌。それはいつか、迷路のような路地の中で、奏と二人で歌ったあの歌だった。そうだ。こんな夜には、この歌がぴったりだ。


今宵はやけに不思議な夜だった。

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