幕間【城野 匡正(Jono Tadamasa)】

城野 匡正 の章

 俺は、この事件に疑義を呈したい。

 アユキョーはお世辞にも頭の回転が速いとは言えないが、刑務官の勘とやらがもしあるのだとすれば、それは素直に評価されるべきものかもしれない。

 青山は間違いなく臓器移植を受けている。膵腎同時移植だ。この手術を若くして受ける患者の適応として最も考えられるのは、一型糖尿病だ。でもあの男はなぜか隠している。

 隠している理由は不明だが、移植を受けているのであればドナーがいるはずだ。脳死患者からもらっている可能性はあるが、どうもやはり生体からのような気がする。でなきゃ、隠し立てしている理由が見出せないのだ。

 実親がドナーということは考えづらい。父親から腎臓移植し、そのあと母親から膵臓を移植することもあり得るが、クロちゃんからの追加情報で、母親は青山が中学生くらいのときに亡くなっているらしい。秘密裏に捜査を進めている彼女さんからこっそり情報提供があったのだ。それに、実親なら利害関係どうこうといういさかいは一般的に生じにくいだろう。

 臓器移植は、ドナーとレシピエントの間に利害関係が生じてはならないよう明記されている。従って、臓器移植のレシピエントは親族で六親等以内、姻族で三親等以内と、一見医学的ではない但し書きがなされている。

 とは言え、レシピエントはドナーに対して、何かしら尊敬、崇敬の念を抱くことはよくあることだろう。自分が将来腎障害に陥ることを顧みず、健康体に傷をつけるのだ。これは自己犠牲であり慈愛である。そんな無償の愛を授けてくれた人間を、恩人と呼びたいと思うのは自然な感情であろう。

 それがもし、慈しみではない感情で臓器提供がなされていたとしたら……。どれがもし上記の親族、姻族であったとしても、それは歪んだ感情になる。それがトラブルになることも、なきにしもあらずだ。

 俺は直感的にドナーを特定する必要性があると思っている。それが何かしらの鍵を握っているはずだ。

 少なくとも、あの『ユリカ』はドナーではない。傷が目立たなさすぎる。どんな名医であれ、あれほどまでにためらい傷のような目立たなさを実現できないだろう。HALS(hand-assisted laparoscopic surgery: 用手補助後腹膜腔鏡下腎臓摘出術)によって傷は小さくなっても、深くて手術侵襲は大きい。

 その裏付けとして、レシピエントである夫の方は傷がはっきりしている。あれこそが手術の傷跡と呼べるものだろう。もちろん、レシピエントの方がドナーよりも傷は大きなものになると言われているし、ケロイド体質の有無によってもその目立ちやすさは異なってくる。しかし、それを鑑みても説明がつかないような気がしていた。


 俺は、天竜医科大学の臓器移植外科にいる後輩医師にカルテを調査させていた。俺自身、実は異なる講座ながら天竜医科大学の非常勤の医員でもある。それを理由にして、情報を提供してもらうようにお願いしていたのだ。証拠として残りにくい電話という手段で。

「もしもし、連川つれがわか。ああ……、悪いな。前に電話した例の件だけど、さっそく教えて欲しいんだ。青山由栄という男が、そこで生体膵腎同時移植を受けていると思うが、ドナーが誰なのか教えて欲しい」

『えっと。カルテで確認してみたんですが青山留利という人みたいです。つづきがらは妻ですね』

 俺は耳を疑った。そんなはずがない。

「本当か!? 俺の想定ではそれはあり得ないんだが」

『えっと、でも確かに直筆の同意書にはそうなってますし、入院した記録も残ってます。さらに看護記録を見ると、オペ室への入室時に本人確認で、患者自身がそう名乗ってるみたいです』

「どうなってんだ……?」

『もし、あれなら、カルテ用意しておきますよ。お見せしますから』

 後輩医師の喜連川りつは真面目な男だ。嘘をつくような奴ではない。信用に足る男だけに、衝撃の事実だ。やはり夫人がドナーなのか。説明のつかないことだらけだが、それを解決に導くだけの判断材料がない。

 やはり、自分でこの目でカルテを見せてもらって、何かしらの情報を得るしかない。

「サンキュー。じゃあ今度カルテを見せてもらいたい」そう頼んで、電話を切った。

 一体何がどうなっているのだろうか。

 俺にしては珍しく、頭を悩ませることになった。

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