第52話 長谷部心の百合観察日記

 私、長谷部心(はせべ こころ)の日課は『百合観察日記』をつけることである。


 物心ついたときから、私はいわゆる百合というものに目がなかった。女児向けのヒロインアニメやアイドルアニメで美少女キャラたちが仲良くしているのを見るとドキドキしたし、クラスメイトの女の子たちがふざけて抱きついたりキスしたりしているのを見たときは、興奮のあまり鼻血を出してしまったくらいだ。


 私が少女九龍城に引っ越してきたのは、ずばり女の子同士のイチャイチャを見放題という噂を聞いたからである。

 その噂を聞いたとき中学三年生の受験真っ只中だった私は、受験先を少女九龍城の近くにある学校へ即日変更した。偏差値を気合いで引き上げて、なんとか自分の成績では無理と思われる学校へ滑り込むように合格したのである。


 少女九龍城は私にとって天国そのものだった。

 ここにはソフトからガチまで多種多様な百合カップルが存在する。私はそんな百合カップルたちを日夜観察して、百合観察日記としてノートにまとめているのだった。


 ちなみにノートには私の所見だけでなく、住人仲間の二宮梢(にのみや こずえ)さんから買い取った盗撮写真も貼られている。盗撮写真しか撮影できないという難儀な体質の人で、私は彼女にとって一番のお得意先なのだった。


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 さて、私の百合観察日記にまとめられた代表的百合カップルたちを振り返ってみよう。


 最初に押さえるべきは加納千鶴(かのう ちづる)さんと倉橋椿(くらはし つばき)さんのガチカップルである。


 この二人は言うなれば『ミス少女九龍城』とも言うべき有名人だ。私は今のところ迷子になったことがないので、加納さんの……チズちゃんのお世話になったことはないが、住人のほとんどは彼女に助けられた経験があるらしい。


 チズちゃんは少女九龍城の地図を作るため、せっかくの休日なのに(ときには学校をサボって平日ですら)椿さんの元を離れることが多い。すると、どうなるのかと言うと……椿さんは決まって住人少女たちをナンパする。そうして、椿さんが引っかけた住人少女とよろしくしていると、地図作りから帰ってきたチズちゃんに見つかって怒られるのだった。


 住人仲間たちは「やれやれ、またか……」とスルーしているけど、このルーティーンこそがチズちゃんと椿さんの性生活を盛り上げているのだと私は思う。余所の女と遊んでいるところをわざと見せつけることで、椿さんはチズちゃんを挑発しているのだ。


 事実、このやりとりの直後に二人は仲直りックスをしているらしく、二宮梢さんから行為真っ最中の盗撮写真が流れてくる。定期的に仲直りックスをためにわざと喧嘩するとは……マンネリ知らずのある意味とても頭のいいカップルだ。


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 お次に気になるのが竹原涼子(たけはら りょうこ)さんと西園寺香澄(さいおんじ かすみ)さんの格差百合カップルである。


 竹原さんは少女九龍城の中でも手癖が悪いことで知られている。どこでピッキングの技術を習得したのか、食料庫に忍び込んで管理人さん秘蔵の高級チョコレートを盗み食いしたこともあるらしい。紛れもない小悪党である。


 そんな竹原さんと有名大企業の社長令嬢である西園寺さんが付き合っているのは謎だ。しかも、見たところ西園寺さんの方が竹原さんに惚れ込んでいるらしい。もしかして、西園寺さんはダメ男ならぬダメ女にはまってしまうタイプなのだろうか? しっかり者の彼女に限ってそんなことはないと思うが……。


 それに加えて不思議なのは、竹原さんと西園寺さんがガチなのかソフトなのか全然分からないことである。二人は人前で手を繋いだり、抱き合ったりしているものの、それ以上のことはする素振りも見せないのだ。


 二宮梢さんからも盗撮写真が流れてこない。どうやら、西園寺さんの部屋はどう頑張っても覗けないらしかった。西園寺さんは少女九龍城の増改築に深く関わっているらしいし、もしかしたら自分の身の回りだけは絶対盗撮できないようにしているのかもしれない。


 気になる……二人がどれくらい深い仲なのか本当に気になる……。


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 ガチっぽい百合カップルたちも多く存在する中、虎谷スバル(こたに すばる)さんと結城アキラ(ゆうき あきら)さんとカイ……この三人……二人と一匹のトリオはとても健康的な仲良しグループである。


 いつも明るく元気でおしゃべりな少女九龍城のマスコット的存在の虎谷さん、そんな彼女にぞっこんな霊感少女の結城さん、虎谷さんに拾われた自分を犬だと思っている女の子のカイという個性的な組み合わせだ。


 なんともほのぼのとした三人組ではあるけど、虎谷さんのことを結城さんとカイが取り合っているという構図なので、これでも一応は三角関係と言えるかもしれない。


 キーになるのは結城さんだ。

 殺人的な目つきの鋭さを眼鏡で隠している彼女にとって、虎谷さんは彼女を全く怖がらない唯一の存在である。そんな心の友に向けられる結城さんの視線はかなりガチっぽい。

 しかし、神聖すぎて触れることにすらためらわれるのか、最近はすっかり虎谷さんとカイが無邪気に触れ合っているのを眺めているだけになってしまっている。


 人間である結城さんからしてみたら、犬であるカイに嫉妬を剥き出しにするわけにはいかないのだろう。大切な友達がペットとばかり遊んでいて、思わず焼き餅をやいてしまった……というのは人間としてのプライドが許さないのかもしれない。


 結城さんた羞恥心を突き破り、虎谷さんに猛烈アピールできる日は来るのだろうか?

 私としては超絶クールな結城さんが、子犬みたいに虎谷さんに甘える姿が見たいなぁ……。


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 松沢七穂(まつざわ ななほ)と松沢六実(まつざわ むつみ)の姉妹はなんとも背徳的な百合カップルだ。双子の百合カップルという時点で歪みMAXであるが、この二人にはさらに複雑な事情が絡んでいる。


 六月生まれの生真面目な長女・七穂さんが、七月生まれの自堕落な次女・六実さんを叱りつける……というのが本来の形だった。


 しかし、最近になって分かったことなのだが、実は七穂さんの方が七月生まれで、六実さんの方が六月生まれだったらしい。つまり病院やら両親やら役所やらの手違いによって、いつの間にか姉と妹が入れ替わってしまっていたのだ。


 七穂さんには長女としてのプライドがあった。だからこそ、妹の六実さんに振り回されても諦めずに食らいついていた。六実さんのペースに乗せられて、二人して椿さんに抱かれた日もあったが、それでも完全に堕落せず踏みとどまっていた。


 でも、実は自分の方が妹だったと判明したことで、七穂さんの心はぽっきりと折れてしまったようである。最近は六実さんに構うことすらせず、一人で黄昏れている姿をよく見かける。正直言って心配だけど、私には声のかけようもない。


 ただ、妹に振り回されちゃう姉って、なんか不憫でいいよね。

 可哀想は可愛い、という文句もあるくらいだしさ。


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 宇佐見・エレーナ・アリサ(うさみ えれーな ありさ)さんと大野頼子(おおの よりこ)さんの組み合わせは、ずばり悪女と被害者の関係である。


 宇佐見さんは月面生まれ月面育ちの月娘(ルーニャン)を自称している日系ロシア人で、ワープホールを通じて月の裏側にある基地から少女九龍城へ遊びに来ているらしい。とてもじゃないけど信じられない話だが、そこに引っかかったのが大野さんだった。


 大野さんは宇宙飛行士を目指しているらしく、思いっきり宇佐見さんの口車に乗せられてしまった。宇佐見さんが言うところの宇宙世紀のスポーツ……つまりはセックスの相手として付き合わされているのだ。


 宇佐見さんと大野さんは二人でよく旅行に出かける。当人たちは「月面基地で講習を受けてきた」とか「宇宙人と交信してきた」とか言っているけど、そんな言葉を信じている人はほとんどいない。


 自称・月面人の宇佐見さんに興味を持ち、彼女と一晩おつきあいする住人仲間こそ存在しても、大野さんのように宇宙までついて行ってしまう子がいないことが、不幸中の幸いと言うべきだろうか?


 それにしても、宇佐見さんが言うことには『百合ックスも含めてセックス全般が月面ではメジャースポーツ』らしいけど、だとしたら月面基地にも百合があふれているのだろうか? だとしたら、ちょっと行ってみたいと思っている自分がいる。


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 少女九龍城の住人は女子高生以上が大半だけど、秋葉可憐(あきば かれん)ちゃんと榎本ゆず(えのもと ゆず)ちゃんのような女子中学生もそれなりにいる。


 そして、この二人もなかなかに業の深い百合カップルだ。

 交通事故で両脚を失った可憐ちゃんは、あるとき自分にぴったりの義足を手に入れた。しかし、その義足はあまりの美脚っぷりに周囲の人間を惑わす魔性の義足だったのである。

 ゆずちゃんはそんな義足に魅了され、可憐ちゃんの後を追って少女九龍城にやってきて、それからずっと彼女の身の回りの手伝いをしているのだとか……まるで王女様と召使いだ。


 ちなみに二宮梢さん提供による盗撮写真で分かったことだけど、ゆずちゃんは毎日のように可憐ちゃんの足に踏んでもらっているようだ。ある意味、普通の百合ックスよりも濃厚な特殊プレイである。


 中学生でこんなプレイをしていたら、将来どんなプレイをすることになるやら……まあ、美脚好きだからといって百合の気があるとは限らないし、案外ゆずちゃんは可憐ちゃんの美脚にも慣れて、足フェチのカルマから抜け出せるかもしれない。


 でも、個人的にはこのまま足フェチが悪化して、ゆずちゃんには可憐ちゃんの美脚なしには生きられない体になってほしいなぁ……。


 可憐ちゃんは「ゆずは美脚ならなんでもいいんでしょ?」と突き放してしまうけど、それは足ばかり愛でて自分の本質を見てくれないゆずちゃんに対する怒り、ひいてはゆずを惑わす己の美脚に対する嫉妬で――いや、他人様で重い妄想をするのはやめておこう。


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 香坂白音(こうさか しらね)さんと櫻井純(さくらい じゅん)さんは、陰キャの引きこもりと陽キャのギャルという北風と太陽のような真逆の組み合わせである。


 最初こそ、気の弱い香坂さんがヤンキーの櫻井さんに目をつけられて、カツアゲされたりパシられたりしているのかと思ったけど、実際は意外や意外……櫻井さんの方が香坂さんにぞっこんでつきまとっているらしい。


 櫻井さん曰く、香坂さんは天性のテクニシャンであり、百合っ気の一切なかった彼女を一晩でメロメロにしてしまったのだとか。とはいえ、香坂さん自身が強く否定しているので、あまり信憑性はない。

 そもそも、香坂さんが櫻井さんをメロメロにしたなら、どうして今になって逃げ回っているのか……これが分からない。


 実際のところ、櫻井さんが香坂さん以外に煙たがられているところを見たことがない。コミュ障気味の私にも気さくに挨拶してくれるし、いわゆる『陰キャに優しいギャル』という印象しかなかった。


 櫻井さんは如何にして香坂さんに惚れ込んだのか……それは分からないままだけど、お化粧ばっちりのギャルにべたべたされて迷惑そうにしている(でも、意外と満更ではなさそうな)芋ジャージ女子という図は、百合的においしい光景なので今後も続けてほしいところだ。


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 はてさて、注目している最後の百合カップルは赤羽根セレナ(あかばね せれな)さんと角倉彩綾(かどくら さあや)の超絶美少女百合カップルである。しかも、単なる百合カップルではなく、その二人を頂点とした大規模百合ハーレムだ。


 金髪ハーフタレントのような美貌を持つ赤羽根さんは、黒髪で純和風の美少女である角倉さんをパートナーとしてとても大切にしている。ハーレム構成員の女の子とイチャイチャしたとしても、赤羽根さんは必ず角倉さんのところに戻ってくる。


 赤羽根さんがスキンシップを『首筋へのキス』に限定しているのも巧妙だ。相手にそれ以上を求めないし、相手にも求めさせない。ハーレム構成員の女の子も、赤羽根さんの本妻は角倉さんだと分かっているから無茶をしない。


 個人的に好きなポイントが、貞操観念の固そうな角倉さんが意外と快楽に弱く流されやすいところだ。赤羽根さんに迫られているときはプンプンと怒っているのに、いざ首筋にキスされると簡単に腰砕けしてしまうし、何よりキスを一切拒もうとしない。


 赤羽根さんは(椿さんや宇佐見さんと違って)遊び人とか悪女とかではないけど、身持ちの堅そうな角倉さんが赤羽根さんによって快楽の沼にずぶずぶと引きずり込まれていく光景は見ていて心が躍ってしまう。


 これから角倉さんがどうなってしまうのか注目していきたい。


 ×


 注目している百合カップルはこんなところだけど、他にも百合カップル未満ながら気になっている住人仲間は多い。


 理想の王子様を探しているらしい(そしてきわどい性癖を抱えているらしい)木下真由(きのした まゆ)さん。

 赤羽根さんに負けず劣らずのキス魔として知られている桃原杏子(ももはら きょうこ)さん。

 美少女妖怪ハンター稗田礼子(ひえだ れいこ)さんに助けられてから憧れの眼差しを向けている泉川伊織(いずみかわ いおり)さん。

 どの子も高い百合ポテンシャルを持っている。


 私が何気に気にしているのは、少女九龍城の管理人さんこと伊勢崎菜々美(いせざき ななみ)さんの動向だ。


 サバサバとしたお姉さんの見本とも言うべき管理人さんには隠れたファンも多い。しかし、管理人さんはいつも住人少女たちの生活サポートに徹しているし、暇があると趣味の地下鉄を走らせたりしている。外出するときは大抵が買い出しで、誰かと遊んでいるような雰囲気もないという徹底ぶりだ。


 少女九龍城では貴重な成人&社会人枠として、管理人さんにも何かロマンスをしていただきたいけど、果たして彼女に出会いはあるのか、そもそも彼女は恋愛をする意思があるのか……とても気になって仕方がない。


(……こんなところかな)


 私は食事を取りながら読んでいた百合観察日記のノートを閉じる。


 食堂の片隅、観葉植物に寄り添うようにして置かれている一人用のテーブルが私の定位置である。陰キャの代表である香坂さんに負けず劣らずの陰キャである私は、こうして観葉植物を盾にしながら住人仲間たちを観察しているのだ。


(管理人さんの作ってくれたカレーはおいしい……でも、むなしい)


 私はカレーを完食して、ステンレスのスプーンをトレイに置いた。


 百合を愛する人たちの多くは、百合カップルを観察するために「壁になりたい」「観葉植物になりたい」と願っている。百合とは当事者である女の子同士の関係性であり、究極的にはそれを目撃している観測者の存在すら異物なのだ。


 けれども、よりにもよって私ときたら、百合というものをやってみたいと思ってしまっているのである。壁や観葉植物では我慢できない。私も百合を生み出す側になりたい。世界の中心になってみたいのだ。でも、そんな勇気が湧いて出るはずなく、こうして寂しく日記をしたためている。


「こーころちゃん?」


 背後から声をかけられたのは突然のことだった。

 慌てて振り返ってみると、赤襦袢を身につけた椿さんが缶ビールを片手に立っていた。

 私と彼女はこれが初遭遇である。

 驚きと恥ずかしさが同時にやってきて、私は顔を真っ赤になって全身がこわばった。


「にゃ、にゃんでしょうかっ!?」

「ふっふっふ……わっちが女の子に声をかける目的なんて一つに決まってるじゃろう?」


 や、やっぱりーっ!!

 私は椿さんとチズちゃんの仲直りックスの口実作りに選ばれてしまったのだ。いわゆる『ダシに使われる』というやつである。


「いや、そのっ……私は……あのぉ……」


 女の子に話しかけられると緊張してしまう。それが私の悪い癖だ。

 おかげで私自身が百合をしたくても全然百合に至ることができない。


 このまま黙っているだけでも、椿さんに手を引かれて百合ックスに至れるかもしれないが、それはそれでリアル百合初心者である私にはハードルが高すぎるし、なによりそれって思いっきり不倫だし……いやでも、不倫百合というシチュエーションは熱いような――


「はぶっ!?」


 突然、椿さんが素っ頓狂なうめき声を上げた。

 彼女のさらに背後から、チズちゃんこと加納千鶴さんが現れる。


 地図作りから帰ってきたばかりなのか、まるで山ガールのような服装をして、背中には大きなリュックサックを背負っていた。かなり急いでやってきたらしく、額からは汗のしずくが流れ落ち、シャツの胸元には大きな汗染みができている。それでいて汗臭く感じない……というか、むしろ爽やかでかぐわしいあたり、気配りのできる女感があふれていた。


 その昔、チズちゃんは私や香坂さんのような引きこもりで陰キャで芋ジャージの冴えない女の子だったらしい。しかし、あるとき美意識に目覚めて少女九龍城を代表するような美少女になったのだとか。


 そんなチズちゃんが椿さんの脳天にチョップを落とした右手を引っ込める。


「こんなところでナンパしてないで帰りますよ、椿さん」

「地図帰りで即ベッドに連れ込もうとするとは、さてはチズちゃんってば随分とたまっておるなぁ~?」

「ば、馬鹿なこと言わないでください! かなり古い時代の金庫が見つかったんです。椿さんなら開け方に心当たりがあるかと思って……」

「ほいほい。その話なら布団の中で聞くぞい」


 チズちゃんに手を引かれて連れて行かれる椿さん。

 私は一難去ってホッと胸を撫で下ろす。


(よ、よかった……わけわからんタイミングで百合バージンを失わなくて……)


 そのとき、不意に椿さんを引っ張っているチズちゃんが振り返った。

 彼女はぷんぷんとした怒り顔から一転、ニコッと優しく微笑む。


「椿さんが迷惑をかけてごめんね。あとでお詫びさせてね?」

「ひゃ、ひゃいっ……」


 チズちゃんに微笑まれた瞬間、私の胸が爆弾でも飲み込んだかのように高鳴った。いつもの女の子と相対したときの緊張とは違う……もっと胸の奥から熱がのぼってくる。


(ど、どうしちゃったんだろ、私……)


 顔どころか全身が熱くなりすぎて頭がくらくらしてきた。

 胸もドキドキしていて、今にも卒倒してしまいそうだ。


「――長谷部さん?」

「うおおっ!?」


 横から声をかけられて、私は思わず跳び上がる。

 どれくらい放心してしまっていたのか、いつの間にか盗撮専門カメラマン(当の本人は不本意らしいけど)の二宮梢さんが隣に立っていた。

 私の悲鳴にびっくりしたのか、彼女の顔から眼鏡がずれ落ちそうになっている。


「ど、どうしたんスか、長谷部さん……」

「えっ……あの……いやっ……」


 戸惑う私に向かって、二宮さんが何枚もの写真を見せてくる。

 それは住人少女たちの百合百合なシーンを盗撮した写真だった。


「今日も長谷川さんの好きそうなゆりっゆりな写真を持ってきたッスよ! 尊みを感じるてえてえ写真から、すれ違いやら嫉妬やらの激重感情の詰まったワンシーン……もちろん、匂い立つような百合ックスも撮影してきたッス――って聞いてるんスか?」

「き、聞いてません……」


 心ここにあらずな私に向かって、二宮さんが椅子を差し出してくれる。

 私たちは面談のように向かい合って椅子に腰掛けた。


「どうしちゃったんスか? チズちゃんさんに話しかけられてたみたいスけど?」

「そ、そ、そ、そうなんですよぉ……」


 私は未だに高鳴る胸を押さえながら答える。


「なんかその、椿さんにナンパされたところをチズちゃんに助けてもらったら、思いの外ドキドキしてしまって――」


 ――って、私はなにを律儀に答えてしまっているんだ!?

 これじゃあ、チズちゃんに一目惚れしたことを白状しているようなものじゃないか。


「しちゃったんスね、片思いを……」

「……はい」


 案の定、二宮さんに悟られて私は観念する。

 ぶっちゃけた話、私が少女九龍城でまともに話せる相手は二宮さんだけだ。彼女に対して正直になれなかったら、私はマジで誰にも素直になることができない。

 二宮さんが「あちゃー」と天を仰いだ。


「チズちゃんさんと椿さんといったら、ミス少女九龍城カップルじゃないッスか。しかも、プレイガールの椿さんの方じゃなくて、椿さんに超一途のチズちゃんの方にほれちゃうとか、地獄オブ地獄じゃないッスよ」

「分かってますよ……それくらい分かってますよぉ……」


 私は両手を膝につき、ぐったりとうなだれる。


「でも、百合を眺める壁とか観葉植物とかだった私が、初めて百合をする側に回れそうな気持ちになったんですよ……自分の人生の主役になって、自分の力で百合を生み出したいって……そうやって最初の一歩を踏み出せたのはさっきが初めてで……でも、やっぱり私みたいなのは見るだけで満足しておくべきなんでしょうか……」

「そんな寂しいことは言わないでほしいスよ、長谷川さん」


 二宮さんが私の肩をぽんぽんと叩いた。


「私は長谷川さんのことを応援するッスよ。誰だって自分の人生では自分が主人公でありたいじゃないスか。もちろん、大好きな人を全力サポートして、誰かの支えになる生き方だってありッスけど、だからといってそうならなくちゃいけない道理はないッス」

「二宮さん……」


 両肩に置かれている二宮さんの手に思わず自分の手を重ねる。

 彼女の体温を感じていたら、目頭がじんわりと熱くなってきた。もしかして、これが友情というやつなのだろうか? 百合をする以前に友達すらいなかった私には、二宮さんの存在が眩しすぎる。


「とりあえず、これで元気出してくださいッス。今日は私のおごりッスよ」


 二宮さんが撮り立てほやほやの盗撮写真を手渡してくれる。


(うううっ……大好きなシチュエーションがいっぱいだぁ……)


 私は盗撮写真を百合観察日記に挟む。

 ノートをぱたんと閉じたとき、ある決意が胸の内に浮かんできた。


 玉砕してもいい、なんて諦めのいいことは言わない。私なりに納得のいく形で、チズちゃんと百合を感じられる関係になりたい。壁や観葉植物にはもう戻らない。私自身が百合となり、観察する側から観察される側になるのだ。


(私がチズちゃんを寝取る……それくらいの気持ちで挑む!)


 生まれ変わったような心地になりながら、私は自分自身に誓った。



(おしまい)

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