第38話 少女九龍城の小ネタ集
①私、メリーさん
ジリリリリン!
黒電話のレトロな呼び出し音が廊下に響き渡る。
そうなると、少女九龍城の電話番である私こと小山紗英(こやま さえ)の出番だ。
暇つぶしに読んでいた推理小説の文庫本を閉じて、
「はいはい、電話番の小山紗英ですよ」
黒電話の受話器を手に取り、いつものように電話対応をする。
受話器越しに聞こえてきたのは幼い少女の声だった。
『あたし、メリーさん……いまゴミ捨て場にいるの』
生気の抜け落ちた声音。
突然、空気が冷たくなったのを肌で感じる。
「それで?」
『……えっ?』
「あなたがメリーさんなのは分かりましたが、あなたは何のつもりで電話しやがったんですかね? この黒電話には少女九龍城で迷子になった子がSOSしてくることもあるわけで、それなのにくだらないイタ電の相手しているせいで応答できなかったりしたら、あんたは責任を取れんのかってことですよ」
『いや、あの……あたし、あの有名な都市伝説の……ちゃんと本物の……』
「関係ないんですよ、あなたが本物かどうかなんてね。少女九龍城は理解不能の超常現象にあふれてる。そんなのをいちいち相手にしてたらきりがない。ここには100年後の未来からも、戦国時代の落ち武者からも、月の裏側の宇宙人からもかかってくるわけで、そんなやつらの相手をさせられてる私の気持ちが分かりやがりますかねえっ!?」
『ひ、ひぃっ……』
引きつるような悲鳴のあと、幼女のすすり泣く声が聞こえてくる。
『あ、あたし、メリーさんなのに……ひっぐ……ぐすん……』
「住人たちの携帯にでも電話することですね。まあ、それで実害を被った場合、私たちは一致団結してあなたに抵抗するのでそのつもりでお願いします」
『は、はい……し、失礼しました……さよなら……』
電話が切れる。
私は椅子に腰掛け直して、推理小説の文庫本を再び読み始めた。
「今日も少女九龍城は平和でした……とね」
× × ×
②結城アキラの杞憂
日本全国が大寒波に襲われた日、少女九龍城も大雪に見舞われることになった。
少女九龍城にとって大雪は台風並の天敵で、雪の降った日は住人総出で雪下ろしをするのが恒例である。
私、結城アキラ(ゆうき あきら)も雪下ろし要員として狩り出されていた。170センチを超える長身(成長中)の持ち主は少女九龍城でも珍しく、完全なインドア派にもかかわらず、期待の戦力として数えられてしまったのである。
「虎谷さん、こっちに雪を落とすから注意してねーっ!」
「いいよーっ!」
大食堂の屋上から眼下に向かって呼びかけると、屋根の下に避難した虎谷スバル(こたに すばる)さんがこちらに大きく手を振った。彼女もプラスチック製のスコップで雪かきに参加してくれている。
「落としまーす! いち、に、さんっ!」
私はスコップで雪の塊を屋根から落とす。
地面に落とした雪の塊は、虎谷さんがさらに切り分けて側溝に捨てる。
側溝には大浴場からやってきた温水が流れており、時間をかけて溶かされていくという寸法だ。乱立する建物群のせいで日当たりが悪い少女九龍城では、こうでもしないと雪に対応できないのである。
「カイ! 側溝には落ちないようにね!」
「わんわんっ!」
虎谷さんから心配されているのは彼女の飼い犬であるカイだ。犬は喜び庭駆け回り……なんて童謡にもあるように、カイは今朝から興奮しっぱなしで、住人たちが雪下ろしをしている傍らで遊び回っている。
(犬ってのは気楽だなぁ……)
私が真っ白なため息をついていると、不意に『小さな雪だるま』が目に止まった。
雪だるまはせいぜい30センチもない小さなもので、そこら辺の落ちている葉っぱや木の実で顔が作られている。造形はつたないというか不細工というか、小さな子供が一生懸命に作ったような感じだった。
そんな雪だるまが気づかぬうちにそこかしこに並んでいる。窓枠、ブロック塀、地面の片隅、屋根の雨樋、煙突の縁、真っ赤なポスト、小さなかまくらの中、緑色のドラム缶……あらゆる場所に存在していた。
雪だるまの数は100や200では決して収まらない。大食堂の屋根の上から見渡せる視界いっぱいに広がっている。
雪下ろしに追われている住人たちが、こんなものを一瞬で作れるはずがない。少なくとも作業を始めたときは存在しなかった。
四方八方から見張られているような、べったりと貼り付く気味の悪さを覚える。
(いやだな、この感じ……)
幽霊なら何回か追い払ったことがある。持ち前の(幽霊どころか生きてる人間すら怖がる)鋭い目つきでにらみつければ大抵はなんとかなった一方、こういった生物的ではないオカルト現象には一切効果がない。
虎谷さんに何かあったら、と想像するだけで背筋が震える。
でも、こんな不可思議な現象をどうしたら――
「んんーっ……わんっ!」
周囲に響き渡る元気な鳴き声。
直後、カイが雪だるまの群れにヘッドスライディングで突っ込む。
それを目の当たりにして、虎谷さんが手袋をはめた手で拍手した。
「ストラーイク! カイ、上手だね!」
雪まみれになっているカイをなでなでしてあげる虎谷さん。
そんな彼女たちを眺めながら、私は再び真っ白なため息をつくのだった。
(さーて、雪下ろしの続きをしないとっ!)
× × ×
③やっぱり君が好き
みなさん、お久しぶりです。
少女九龍城の住人少女、竹原涼子(たけはら りょうこ)です。
今日は住人仲間である木下真由(きのした まゆ)さんの部屋に来ているわけなのだけど――
「あのさあ……こういうの今回だけにしてよね?」
三つ編みと眼鏡の地味な女の子。
そんな木下さんにSMの趣味があったなんて全然知りたくありませんでした!
「ううう……ご、ごめんなさい……です、と思ってます」
六畳の(それこそ昭和のポルノ映画に出てくるような)畳部屋の真ん中で、木下さんは申し訳なさそうにうつむき、色白な顔を恥ずかしそうに赤くしている。
彼女は何しろ素っ裸だ。そして、両手足には頑丈な革製の枷を、首には同じく革製の首輪をはめている。
それぞれの拘束具には鎖がつながっており、それは太い梁に巻き付けられて、さらに南京錠でがっしりと固定されていた。
本来は自力で脱出できる予定だったらしいが、南京錠の鍵を準備段階で取り違えてしまったらしく、最後の頼みである携帯電話で私に助けを呼んだというわけだ。
私のピッキング技術もすっかり少女九龍城に知れ渡っている。
「あ、あの……できそう、です?」
「舐めないでよ、これくらい」
こちらは管理人さんが定期的に取り替える最新式の鍵穴を攻略して、夜な夜な(殺人鬼などを含むろくでもないメンツと共に)倉庫に侵入しているのである。一つ間違えれば命の危険すらある倉庫に比べたら市販品の南京錠なんてわけない。
「はい、終了」
木下さんの体から革製の拘束具が落ちる。
彼女は外れた拘束具を愛おしそうに拾い上げた。
「ありがとうございます、竹原さん。南京錠が外れなかったら、拘束具を切らなくちゃいけないところでした、と思います……はい」
SMプレイをしていたとは思えない、屈託のない笑みを見せる木下さん。
「あー、うん。困ったら、また言ってよ」
まじまじと見てみると可愛い顔をしているし、そんな女の子から感謝してもらえるし、おまけにエッチな格好までしているし……それなのに一つも気持ちがムラムラしてこないから不思議だ。
私はピッキングツールを片手に木下さんの部屋をあとにする。
よくよく思い返してみると、この少女九龍城で暮らしていながら、女の子に対してときめいたことが全くない。顔立ちや性格の好みというレベルの話ではなく、普通に「同性には興味ないし?」みたいな感じなのだ。
「……木下さんは大丈夫でしたか?」
そんなとき、廊下の向かい側から西園寺香澄(さいおんじ かすみ)さんが私のことを迎えに来てくれた。
腰ほどまで伸ばした黒髪、きめ細やかで汚れない肌、清純そうに見えて全身から匂い立つ色香。
そんな西園寺さんの立ち姿を見るだけで……貞操帯の奥でじっとりと煮詰まっている欲求を想像するだけで、抑えきれないくらいに胸が高まってくる。
(あぁ、なるほど……私は女の子が好きなんじゃなくて、西園寺さんが好きなんだ)
私が一人で納得していると、西園寺さんが不思議そうに小首をかしげた。
「どうしたんですか、木下さん?」
「あはっ……なんでもない、なんでもない」
私は何食わぬ顔で西園寺さんのスカートに手を入れる。
それから、彼女の内ももに軽く爪を立ててくすぐった。
「た、竹原さんっ!? まだ三日目なのに、そんなことされたら、私っ……」
「西園寺さんがどれだけ苦しもうとも私には関係ないから」
制服の裾をぎゅっと握りしめ、背筋の震えを抑え込もうとする西園寺さん。彼女の内ももは十分に汗ばみ、耐えがたいほど興奮していることは明白だった。
西園寺香澄という女の子は焦らせば焦らすほど美味しくなる。こんな風に困った顔をしていながら、彼女自身も限界まで焦らされることを望んでいる。西園寺さんの鍵を預かっている私はそれを身に染みて知っている。
(まあ、最後は私が我慢できるか否かの問題になるんだけどね)
そんな風に私が思案していると、
「た、竹原さんっ! お、お、お、お願いが――」
部屋着に着替えた木下さんが廊下の角から飛び出してきた。西園寺さんといかがわしい行為に及んでいる姿を思い切り見られてしまう。
(ま、まずい……西園寺さんには社長令嬢としての体面が……)
単なるチンピラ少女である私はどうなろうとも構わない。
でも、西園寺さんだけはなんとか守って……とかなんとか考えていたら、木下さんが私たちを目撃するなり、髪の毛が床についてしまうほど深々と頭を下げた。
「す、すみません、でした、竹原さん!」
「はぇっ?」
「竹原さんにはもう、SMのパートナーがいたんですね……わ、私、やっぱり自分の王子様を追い求めることにします、です! 素晴らしいSMライフをお祈りしてますっ!」
木下さんは一方的にまくし立てると、全力疾走(驚くほど遅い)で去って行った。
「いや、あの……SMプレイしてるわけじゃないんだけど……」
西園寺さんの貞操帯と性欲を管理しているのは、あくまで私と彼女の愛の証明なのであって、特殊な性癖を持ち合わせているというわけでは――
「んっ……くっ……はぁっ……」
突然、西園寺さんがうめき声を漏らしてその場にしゃがみ込む。彼女は熱っぽい息を吐き、ブラウスが肌に貼り付くほど汗をかいていた。
「西園寺さん、どうしたの!? だ、大丈夫っ!?」
「わ、私は大丈夫、です……」
西園寺さんが潤んだ目でこちらを見上げる。
「ただ、その……木下さんに見られてしまったときの恥ずかしさで、その……達してしまいまして……竹原さんったら、木下さんが追いかけてくることを分かっていて、この場で私の体をまさぐったわけですよね?」
「……う、うん」
これが私と西園寺さんの純愛なのだ。
鍵を開ける日のことを思い、私は高鳴る胸を密かに手で押さえた。
× × ×
④虎谷さんは恥ずかしがらない
「こーずーえーちゃーんっ!!」
住人仲間の虎谷スバル(こたに すばる)が大食堂に飛び込んでくる。
テーブルでカレーうどんを食べていた私――二宮梢(にのみや こずえ)は、びっくりして危うくすすっている途中のうどんを吹き出しそうになった。
私はカメラを生きがいにしているが、撮影するのはもっぱら住人仲間のエッチな盗撮写真である……いや、本当は盗撮なんてしたくないけど、普通に写真を撮ろうとすると『何故か』ピントがズレたり手がぶれたりするだ。
そんな私の盗撮写真は住人仲間に大人気で、新作を撮影する先から売り切れる状態である。
これはまあ、私の撮影技術云々というよりも、少女九龍城にやってくる女の子たちが不思議と可愛い子ばっかりだからなんだけど……。
「な、なんスか、虎谷さん?」
私はカレーうどんのどんぶりから顔を上げる。
どこかしら性格……というか性癖の特殊な住人たちの中にあって、虎谷さんの純粋さには目を見張るものがある。女の子同士がくんずほぐれつしている盗撮写真なんて、彼女には絶対に見せたくない。
虎谷さんが目をキラキラさせて聞いてくる。
「心霊写真、撮ったって本当!?」
「あー」
私はカレーうどんの残りをずるずるとすする。
「心霊写真といっても、ご期待には添えないッスよ?」
「みーせーてーっ!」
「それにエロいし……」
「心霊写真なのにエロいの? むしろ見たい!」
テーブルに両手をついて、ぴょんぴょんと跳ねる虎谷さん。
彼女のふわっふわな髪の毛がリズミカルに揺れる。
私はウェストポーチから数枚の心霊写真を出してテーブルに並べた。
「これなんスけど……」
写っているのは女性の幽霊(半透明)だ。それも全裸で、大型犬がつけるような首輪をしていて、鉄格子のはめられた牢屋のごとき部屋に閉じ込められている。
これだけなら『監禁されて無念の死を遂げた被害者女性の幽霊』なのだろうが、問題なのは女性が得も言われぬ『嬉しそうな顔』をしていることである。ぶっちゃけると明らかに興奮している。
「あははっ! なにこれ、なにこれ? えろーい!」
心霊写真を見るなり大爆笑する虎谷さん。
こんな反応ができるあたり彼女は流石である。
「えすえむしてる間に死んじゃった人の幽霊なのかな?」
「さぁー、どうなんスかね? なんにせよ、悪さはしそうにないッス」
むしろ悪さをしてほしそうな顔の幽霊だ。
除霊してやったら喜ばれたりしないだろうか?
「この幽霊さんに会ってみたいなぁ……」
「会ってどうするんスか?」
私が聞いてみると、虎谷さんはニヤリとして答えた。
「パンツ、穿かせたい」
「そりゃあいいッスね! このままだと見てる方が寒くなるッス!」
この幽霊と会うことがあったら、裸で寒くないのが聞いてみることにしよう。
案外、素に戻って恥ずかしがるかもしれない。
× × ×
⑤不老不死には世知辛い
ある昼下がりのことである。
私、加納千鶴(かのう ちづる)は恋人である倉橋椿(くらはし つばき)さんの部屋を気まぐれに訪れた。
「椿さーん、入りますよーっ!」
「おう、チズちゃん。わっちはゲームしとるけどゆっくりしといてくれ」
「またゲームやってるんですかぁ?」
椿さんの部屋は内装こそボロボロなのだが、家電製品(特にゲーム機とパソコン)が充実している。
彼女の遊んでいるゲーム機は最新据え置き機の性能向上版で、使っているモニターはずばり4Kの超綺麗なやつである。
画面の中では椿さんっぽい格好のキャラが、身の丈よりも大きな剣を振り回して、巨大なドラゴンをハンティングしている。この手のゲームは全然詳しくないが、映像が綺麗なのでやっぱり最新の作品なのだろう。
「働いてもいないのによくゲームで遊ぶお金なんてありますね」
「ふっふっふ……むしろゲームで遊ぶことでお金を稼いでいるのじゃよ」
椿さんが懐からスマートフォンを取り出す。
画面には『椿さんのゲームちゃんねる』という個人ページが表示されていた。
「これは……動画配信サイトですか?」
「その通りじゃ! わっちはこの動画配信サイトで『リアルのじゃロリ座敷童ニューチューバーお嬢様』としてゲーム実況動画をアップしているのじゃ!」
「なんですか、その属性を盛りまくった愛称は……」
椿さんの公式チャンネルページをよく見てみると、チャンネル登録者は10万人を軽々と突破している。それだけの人数が椿さんの動画を待っているなら、彼女はかなりの人気者と考えていいだろう。
「ちなみに週末は缶チューハイを飲みながらゲームの生放送をするのが恒例じゃ」
「でも、どうやってお金を稼いだりなんか……」
「生放送中にカンパを募るのじゃよ。お金を振り込むボタンを生放送しているページに設置してな」
「椿さん、銀行口座なんて持ってたんですか?」
戸籍も何もない不老不死の人間が、銀行口座やらクレジットカードやらを作れるとは思えない。もしかして、誰かの口座や名義を借りているのだろうか?
「ふふん、もっと素晴らしい方法がある。リアルマネーではなく仮想通貨で振り込んでもらうのじゃ。仮想通貨の口座なら開設するのに身分証明が必要ないものもある。わっちのような不老不死の人間には強い味方じゃな! おまけに最近は価格が高騰していて、連日のように価値が倍になっておる!」
「ははぁ、そんな手段が……んん?」
私はふと思い出して自分のスマホでニュースサイトを開いた。
今朝方に発表されたばかりのニュースを椿さんに見せる。
「椿さんの使ってる仮想通貨、運営会社がハッキングで全部盗まれてるみたいですけど……」
「の、のじゃーっ!?」
椿さんが血相を変えて私のスマホをぶんどった。
それから、パソコンを立ち上げて自分のメールボックスを確認する。
「う、嘘じゃ……わっちの全財産……一瞬で……」
仮想通貨を運営している会社から「ハッカーに全財産を盗まれちゃってゴメンね」という感じのメールが椿さんのメールボックスには届いていたらしい。
落ち込む椿さんが痛ましく、私は彼女の背中を優しくさすってやる。
「ええと、この物語はフィクションなので登場する人物・団体・名称等は架空なので、実在のニュースとは全く関係がありませんのであしからず」
「チズちゃん、それは誰に向かって言ってるんじゃ……」
その後、椿さんの収入は私の方で管理することになった。
子供のお小遣いを管理する母親みたいな気分だった。
(おしまい)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます