第16話 時間よ、止まるな

 一番最初に「屋上に行こう!」と言い出したのは誰だったか……春先のまだまだ寒い夜なのに、少女九龍城の住人たちが手狭な屋上に集まっていた。中にはテントや寝袋を持ち出して、携帯コンロでコーヒーを湧かしたり、カップラーメンを作って食べている人もいる。


 屋上は無愛想なコンクリート打ちっ放しで、落下防止のフェンスなんて気の利いたものはない。用意の良い誰かさんが、わざわざカラーコーンと黄色いテープ(立ち入り禁止のやつ)で縁を囲ってくれていた。


 私――倉橋椿もカップヌードルを食べながら、持ち込んだクッションに座って空を眺めていた。いっそのこと、毛布でも持ってくれば良かった気がする。空を見上げ続けるというのは、なかなか首が疲れる。


 暗い夜空に一筋の光が流れる。

 途端、周囲の少女たちが早口で願い事を唱え始めた。志望校に合格したい、ペットを飼いたい、素敵な出会いが欲しい……などに混じって、管理人さんが「お金! お金! お金!」と夜空に向かって叫んでいた。


「うぅ……寒いからってアルコールを入れるんじゃなかった。喉がやばい。帰る」


 ウィスキーのビンを片手に、管理人さんが屋上から階下に戻っていく。


 その直後、また新しい流れ星が夜空を駆け抜けた。なにしろ、今日はなんとか流星群の日なので、夜中から明け方にかけて無数の流れ星が観測できるのである。壮大な天体ショーを見るために、あるいは願い事を叶えてもらうために、少女たちが屋上に集まったわけだ。


 私はちなみに松沢姉妹の付き添いである。ここ最近、二人の関係はずいぶんと良くなった。ああだこうだと出しゃばって、私が二人の間を取り持つ必要はもうないだろう。二人が私のベッドに押しかけてくることも少なくなったし……。


「チズちゃんはやっぱり、地図の完成をお願いしたの?」


 問いかけたのは、住人仲間のスバルである。

 せわしなく屋上を歩き回っていた彼女だが、今はチズちゃんと並んで流星を観察していた。

 チズちゃんは髪を指で遊びながら答える。


「まぁ、そうですね。わざわざ声には出さなかったですけど」

「それとも、やっぱり好きな人のことを考えてたの?」


 ニヤニヤとして尋ねるスバル。

 すると、チズちゃんは大げさにあたふたとし始めた。


「ち、ちがいますよ! というか、みんなは私の好きな人を気にしすぎですよ!」

「気になるに決まってるよ。チズちゃん、すごく可愛いんだもの。チズちゃんの盗撮写真は少女九龍城の外でバカ売れしてるって評判だよ? チズちゃんと引き合わせる代わりに、紹介料を払わせようって話も持ち上がるくらいで、」

「え、ちょっと、誰がそんな話を――」


 チズちゃんが不意に私のことを見る……というか、睨み付けた。

 私は腰を上げて、彼女のところまで歩み寄る。


「どうにも疑われているようじゃが、わっちは何もしていないぞ。それどころか、こんなに可愛いチズちゃんの存在を全ての人から隠してしまいたいくらいじゃ」

「だ、だから、そういう見え見えのお世辞には乗りませんからね!」


 そう言うと、チズちゃんまで屋上から出て行ってしまった。

 流れ星が頭上を走る下で、私とスバルの二人がその場に残される。

 気が抜けてしまって、私は久しぶりにとても大きなため息をついた。


 ×


 ここ最近になって気づいたことだが、私はどうやらチズちゃんのことが好きであるらしい。この長い人生で何度目かの恋だ。いつも失敗しているのに、我ながら良く懲りないと思う。そして、今回も心の底から大まじめだ。


 本当は今すぐにでも本当の気持ちを伝えたい。でも、私は難儀な性格をしているせいで、ついつい本心を茶化してしまう。口から出るのは冗談めいた言葉ばかりで、いつも相手を怒らせてしまうのだ。


 それでいて、私は意外にもMっ気が強いので……実は怒られるのも悪い気がしなかったりする。構ってもらえるのが嬉しくて、ついつい調子に乗ってしまうのだ。そのため、私はチズちゃんをからかってばかりなのである。


 私は自室に戻って、布団にくるまりながら自己嫌悪に陥っていた。


 好きだと言えなかった。だけど、今日も構ってもらえた。とはいえ、こんな関係がいつまで続くかは分からない。いつか、本当に愛想を尽かされるかもしれない。そして、今は彼女のことを考えながら、一人で寂しく自分のことを慰めている。


 なにもかも、チズちゃんが可愛くなったのがいけないのだ――と決めつけられたら、どれだけ良かったことだろうか。すごく地味だと思っていた子が、可愛くなった途端に気になり始めてしまうだなんて……。


「うっ、くぅ――」


 つま先まで体がピンと伸びる。

 それから、全身の力が抜けて……私はぐったりと枕に顔を埋めた。


 午前零時の鐘が鳴る。少女九龍城のどこかに大きなのっぽの古時計があって、一時間ごとに鐘を鳴らしているのだ。古時計がどこにあるのかは知らないけれど、聞き慣れた音なので耳にすると妙に安心する。


「……わっち、また馬鹿なことをしてしまった」


 そして、五回目の鐘が鳴っている最中だった。

 突然、爆音と揺れが少女九龍城を襲った。


 一番近いのは火山の噴火かもしれない。

 とてつもない轟音、内蔵をかき回すような震動。


 ベッドから転げ落ちて、私は本棚の角に頭をぶつけた。揺れた本棚から大量の本が落ちてきて、そのまま生き埋めにされてしまう。揺れが収まって、どうにか本の山から顔を出してみると……私の部屋は一度真っ逆さまにしてから、再び元に戻したような有様になっていた。


「まさか、軍隊の爆撃……なわけはないか。それなら、なんじゃ?」


 ものすごい揺れだったけれど、おそらく地震というわけではない。まるで、爆弾が破裂したような音だった。だとしたら、少女九龍城の敷地内に落雷でも起こったのだろうか? だとしたら、文字通りに青天の霹靂である。


 部屋の掃除は後でするとして、私は脱ぎ散らかしてある赤襦袢と半纏を体に羽織る。自室を飛び出すと、とにもかくにも食堂に向かった。同じことを考えた少女たちが、きっと集まりつつあることだろう。


 ただ、どういったわけか……少女九龍城の廊下は異様なまでに静かだった。少女たちの騒ぐ声や、廊下を走る足音が聞こえないのである。それから、いつの間にか古時計の鐘も途中でストップしていた。


 誰も気づいていないわけではあるまいし……。


 赤襦袢の裾をつまみ上げて、私は駆け足で食堂に飛び込んだ。

 私をそこで待っていたのは――空中で飛び上がったまま制止しているスバルだった。


 ×


 スバルは体操のY字バランスの状態で空中に浮いていた。たぶん、テーブルの上からジャンプして、その姿勢に落下しながら持って行ったのだろう。


 酔っぱらった管理人さんも、チューハイの缶を傾けたまま制止している。スバルのジャンピングY字バランスを見て、大爆笑している最中に停止してしまったようだ。


 彼女たちの周りにいる人も動きが止まっていた。流星群を観察していた少女が、どうやら食堂に居残って騒いでいたらしい。ざっと数えて二十人弱は集まっている。


 それに止まっているのは人間だけではない。肘にぶつかって、今にも倒れようとしているコップ。投げ渡される最中で、空中にとどまっているポテトチップス。蛇口から流れ出している水道水。どれも動かなくなっていた。


 私は椅子に腰掛けて、とりあえず一服しようと煙草を取り出す。だが、何度やってもライターで火を付けることが出来なかった。そもそも、火花すら出ない。


 少女九龍城では不思議なことが日常茶飯事のように起こる。時間の流れが歪むことも多い。現在・過去・未来が絡まるときもある。だけど、こんなに大規模な時間停止が起こることは初めてだった。


「……む、あなたは時間が止まってないようですね?」


 背後から声を掛けられる。


 振り返ってみると、ドアの前に銀髪ウサミミの自称・月面人――宇佐見・エレーナ・アリサが立っていた。どうやら、彼女も先ほどの爆音と揺れが気になって、急いで食堂までやってきたようである。


 私は背もたれに寄りかかり、ふるふると首を横に振る。


「どういうことなのか、わっちにはサッパリ分からないのじゃ。パニックを起こさないだけで精一杯でのう……」

「その辺については、ある程度の予測が立っています」


 頼もしいことを言うと、アリサは私の対面に腰を下ろした。


「少女九龍城に隕石が落下したことで、時間が止まってしまったのでしょう」


 一瞬、自分の視線が疑わしげになったのを感じる。

 自称・宇宙人である彼女の発言は、常に斜め上を向いているのだった。


「……わっち、SFはそれなりに好きなんじゃけど、この緊急事態にその仮説は受け入れがたいというか、なんというか、」

「私も専門家ではないので、とりあえずザックリと説明しますと――」


 アリサが落ち着いた態度で語り出す。


「重力に変化が起こることで、時間の流れが変化することは良くあります。たとえば宇宙がそうです。宇宙船や人工衛星の時計は、地球の時計よりも遅く進むように作られているのです。百億分の一秒単位の話ではありますが」

「隕石が落っこちてきたことで、少女九龍城の重力が変化したということかや?」


 私の問いかけにアリサは頷いた。


「そして、重力の変化が時間を停止させた――という感じではないでしょうか。おそらく、停止している人たちには、普段の何倍もの重力が懸かっているはずです。一瞬でドッと疲れるだけでなく、明日は間違いなく筋肉痛になるでしょうね」

「そんな暢気なことを言っておる場合か……。ただ、少し気になるのう。どうして、わっちらだけは時間が普通に流れているんじゃろう?」

「私たちは特殊な時間の流れを持っているのでしょうね」


 アリサが装着しているウサミミを指さす。


「たとえば、私は月生まれ月育ちの月娘(ルーニャン)です。地球の六分の一という重力下で育ったため、時間の流れが他の人とは違うのでしょう。特別な時間の流れを持っているおかげで、時間停止に巻き込まれなかったというわけです。そして、あなたも――」

「…………」


 この宇宙人、なかなか鋭い。

 私はひらひらと右手を振った。


「で、時間を元に戻す方法というのはあるのかや?」

「隕石を適当に投げ捨てるだけで大丈夫でしょう。重力のバランスが崩れたら、時間も元通りになるはずです。隕石の落下地点に何か心当たりは?」

「うーむ。心当たりと言われて、あの爆音だったからのう……」


 ガラスが割れる音や、水にポチャンと入る音だったら、きっとヒントになったことだろう。


「……そうだ、一つだけあった。時計の鐘が聞こえなくなった」


 思いついて口に出すが、すぐに私は自分で否定する。


「いや、やっぱりナシじゃな。五回目の鐘が聞こえている最中に、隕石が落下してきたわけなのじゃが……そもそも時間がストップしてしまったんだから、鐘の音が聞こえなくなるのも当たり前の話か」

「いえいえ、それは重大なヒントですよ」


 ニコリとするアリサ。


「重力が変化してから時間が停止するまで、少しくらいはラグが発生します。時計の鐘が間延びしたように聞こえるようになるはずです。けれども、隕石が落下した瞬間から、鳴っている最中の鐘の音が聞こえなくなった――時計が隕石で直接破壊されたと考えても、そう悪くはない判断だと思います」

「とはいえ、わっちは時計がどこにあるのかを知らない。地図が必要じゃな」


 私は椅子から腰を上げる。

 そうと決まれば、向かう先は自ずと一つに絞られる。

 チズちゃんの時間も止まっていることだし、不法侵入は大目に見てもらうことにしよう。


 私たちは食堂を出て、少女たちの自室が並ぶ通路――俗にメインストリートと呼ばれている場所を目指す。熟練者ならば徒歩一分、新参者だと何日経っても辿り着かない、近くて遠い少女たちの住処である。


 私は窓から夜空を眺める。

 そこにあるのは実に幻想的な風景だ。なにしろ、流れている最中の流れ星が空に固定されているのである。今なら三回と言わずに、何度でも流れ星にお願いすることが出来る。そのお願いが叶うかどうかは、別に保証されていないのだけれども。


 チズちゃんの部屋に辿り着く。

 ドアには『ノックしてね』という札があったが、いつもの通りにノックなしで開け放つ。


 そうしたら、隕石が落っこちてきた以上の衝撃が私を待ちかまえていた。

 あのチズちゃんが鏡を覗き込みながら、一人遊びに熱中していたからである。


 ×


 心臓が止まるかと思った。


 時間が止まった世界で、やはりチズちゃんも動きを止めていた。だから、鏡の中の自分に向けられる熱いまなざしも、林檎のように紅潮した頬も、艶めかしく光る舌も、今にも水音を立てそうな指先も……その全てを見ることが出来た。


 胸がズキズキとする。

 私は彼女のことを可愛いと思っていた。お風呂で裸を見たこともあるし、体を触ったことだってある。そして、いつかは友達以上のことをしたいと考えていた。でも、それは淡い片思いのようなものだった。


 今は違う。

 私はチズちゃんに心を撃ち抜かれていた。まさに彼女の虜だ。


 けれど、私は理解していた。

 チズちゃんは住人仲間から聞かれるたびに「心に決めた人がいる」と言っていた。


 安直に考えると、彼女を地図作製に導いた謎の女性が思い浮かぶ。その女性と再会するために、チズちゃんは地図を作ろうと思い立ったのだ。だが、その女性の正体は『未来のチズちゃん』だったのである。自分に恋をする人間は普通いない。


 だが、今の彼女を見て分かった。

 チズちゃんは間違いなく『自分自身』に恋をしている。

 ふうむ、とアリサがあごに指を当てた。


「地図を借りに来ただけなのに、とんでもない現場に居合わせてしまったようですね。チズさんが地図を作り始めたきっかけは、私も住人仲間から聞いていましたが……まさか、自分自身の恋をしているとは」

「ぬしもそこに気づいたか……」

「えぇ、それだけでなく、もう一つのことにも気づきました」


 地図が散乱している床から足の踏み場を探して、アリサはひょいひょいと部屋に足を踏み入れる。そして、ベッドにひょいと腰を下ろした。


「椿さん、あなたはチズさんに恋をしていますね?」


 よほど気が動転していたのだろう……否定する言葉が出なかった。

 硬直する私に向かって、アリサが淡々とした声で言う。


「本気か冗談か判別しかねていましたが、この瞬間に確信しました」

「わざわざ、わっちに言わなくてもいいじゃろ……性格悪いのう、おぬし」


 私は彼女のことを睨み付けた。

 だが、アリサはいつもの笑顔で言葉を返す。


「いえいえ、あなたの恋を応援しようと思いまして。スポーツ感覚とはいえども、本気で恋をしている椿さんを差し置いて、私はチズさんとエッチなことをしたわけですから。その件について、非常に申し訳ない気持ちなのです」

「……おぬし、わざと煽ってはいないか?」


 チズちゃんをなるべく見ないように、私は視線を壁の方に移した。


「まぁ、わっちの片思いは今日でお終いじゃよ。恋のライバルがあまりに魅力的すぎる」

「ともあれ、椿さんは部屋の外にいた方が良さそうですね。目的の地図は私が探します」

「……助かる」


 目を伏せたまま、私はチズちゃんの部屋から出て行く。

 時間さえ止まらなければ、こんなに早く失恋しなかったのになぁ……。


 ×


 数分して、アリサが地図を持って部屋から出てきた。


 地図を確認してあると、そこには『大きなのっぽの古時計』と書き込みがしてあった。チズちゃんのネーミングセンスは私と同じくらいのレベルであるらしい。他の地図と照らし合わせてみると、私たちがいるメインストリートの結構近くであることが分かった。


 私とアリサは地図を頼りにして、いつもは利用しない廊下を進んでいく。使い慣れた道を一本外れるだけで、少女九龍城はあっという間に見知らぬ大迷宮だ。天井を走るパイプ、ポツンと一つだけあるスイッチ、色の変わった床……何の変哲もないものが、ちょっとした恐怖心を煽ってくる。


 両開きのドアを押し開ける。

 その先にあったのは、真っ赤な絨毯の敷かれているホールのような場所だった。結婚式をするにはちょうど良いサイズだろう。天井の中央に大きな穴が開いていて、そこから青白い月明かりが差し込んでいた。


 そして、床の中心にも大きな穴が出来ている。周囲には千切れ飛んだ絨毯と、吹き飛んだ木材と、細かく砕けた金属片が空中に散らばっていた。よく観察してみると、文字盤のようなものが空中に停止している。


「まさに直撃といったところですか」


 空中に固定された破片を避けるため、身をかがめて歩くアリサ。

 穴の中を覗き込み、彼女が私に向かって手招きをする。


「どうやら、読みが当たったようですね」


 私も一緒に穴の中を覗き込む。

 一メートルほど抉れた地面の中心に、拳ほどのサイズをした黒い石が見えた。ジャガイモのようにいびつな形をしていて、表面は金属的な光沢を持っている。月明かりを跳ね返してギラギラとしていた。


 アリサと二人で穴の中に下りる。

 すると、彼女が隕石を指差しながら言った。


「さて、この隕石を適当なところに投げ捨てれば、時間は再び正常に動き出すことでしょう。ですが、ある意味では惜しいようにも感じられます」

「惜しい?」

「ええ、そうです。椿さん、あなたは恋を諦めたような発言をしましたね? 自分がチズさんと結ばれることはないと思いましたよね? ですから、あなたがチズさんの体を自由に出来るのは、もしかしたら今だけかもしれません」


 チズちゃんの色っぽい姿が脳裏をかすめる。

 彼女のあんな姿は二度と見ることが出来ないだろう。


「心も体も手に入らないのなら、体くらい味見しておいてもいいだろう――という考え方は、わっちは別に嫌いではないのう。成就する恋よりも、成就しない恋の方が多い。たまには敗れたものにサービスがあってもいいかもしれぬ……」


 雑念を振り払って、無骨な面構えの隕石に手を掛ける。


「だが、わっちはこれでも紳士的なのじゃよ。それに……わっちは時間の流れ方がチズちゃんとは違う。最初から実らない恋なのに、それを忘れようとしていただけさ」


 そして、私は隕石を穴の外に向かって放り投げた。


 ×


 隕石を穴の外に投げ飛ばすと、アリサの予想通りに時間は再び動き出した。天井に開いた穴から、流れ星が次々と消えていく姿を見ることが出来た。私は隕石を回収することも、食堂に顔を出すこともなく、自室に戻って寝床についた。


 翌朝になってみると、これまたアリサの言ったとおりになっていて、住人仲間たちはひどい筋肉痛に襲われていた。起きあがることが出来ずに、自室から出られない少女もいるようだ。虎谷さんだけはとても元気で、みんなに湿布を貼ってまわっていた。


 お昼頃、ようやく起きあがってきたチズちゃんとすれ違った。


「椿さんも元気がなさそうですね」


 爽やかな彼女の笑顔からは、昨晩のような色気を感じ取ることは出来ない。

 知らなければ良かった――の一言である。


「誰かさんのせいで、特別に元気がないんじゃよ……」


 自嘲的なことを言って、その場から逃げるように立ち去る。

 姿を消してしまおうかな……と、私は半ば本気でそう思った。



(おしまい)

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