第17話 無毛党事変
生まれついてからの大きな悩み事がある。
私――木下真由の眉毛は人に比べてかなり太いのだ……いや、訂正しよう。私は全身の体毛が濃いめなのである。
第二次性徴が訪れるまでは、ただ眉毛が太いことだけがコンプレックスだった。だが、小学校高学年くらいで毛が色々なところに生え始めて……あっという間に手入れを怠ることの出来ない体になってしまった。
それなので、わきとか……手足とかは毎日のように手入れをしている。私も地味だけれど、一応は女の子だ。変なところに毛が生えているところを見られたら恥ずかしい。女子寮住まいで女子校通いだが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
ただ、それでも手の付けられていない場所が一つある。
つまりは、その……おへその下辺りの毛のことだ。
私が住んでいる女子寮――少女九龍城には大浴場が備え付けられている。住人の少女たちは基本的にそこを利用する。一人用のシャワー室を使う人もいるけれど、お湯の温度が安定しないので、特に冬場となると利用するには根性が必要だ。
大浴場を使うとなれば、どうしても自分の裸を住人たちに見られてしまう。バスタオルを巻いて入浴するのは実に不自然だ。かなり他人行儀だ。テレビのレポーターのようである。
だが、大事なところの毛を綺麗に整えているのも逆に不自然である。私の体毛が濃いめであることは、すでに住人仲間に知られている。ここで大事なところの毛を綺麗にし始めたら、絶対に住人仲間の目を引くに決まっているではないか!
……出来ない。
それもそれで恥ずかしい。
自分の体毛を処理することが出来ず、体の綺麗な住人仲間をうらやましがっているうちに……私はいつの間にか立派な『見る専』になっていたのだった。
何を見るって、つまりは少女たちの一番大事なところである。
×
ある日も、私は浴槽に体を沈めながら薄目で観察行為にふけっていた。
観察対象する対象は、少女九龍城でも美しい体を持つ少女たち――私は彼女たちのことを勝手ながら『無毛党』と呼んでいる。口に出したことは一度もないけれど(捕まるので)、心の中ではそう呼んでいるのだ。
たとえば、ちょうど体を洗っているキャサリン・クラフトさんである。
アメリカ出身の異人さんである彼女には、どうやら大事なところの毛もキッチリと剃る習慣があるらしい。キャサリンさんからしてみれば、あまり手入れをしない住人たちの方が奇妙に見えるそうだ。
それから……今日はシャワー室を利用しているであろう西園寺香澄さんも無毛党のメンバーである。一度しか見たことがないけれど、彼女もキッチリと手入れしていた。それでも不自然に見えないのは、お嬢様である気品のオーラが作用しているのだろう。
さらには秋葉可憐と榎本ゆずの中学一年生コンビも、無毛党のメンバーであることが判明している。まぁ、二人は年齢が年齢なので、まだギリギリで生え始めていないのだろう。この先はどうなるか分からない。
少女九龍城は不思議な少女たちの集まり……第二次性徴の始まっていない子を含めれば、無毛党はそれなりのメンバー数を誇る。見方を変えれば、年齢で手入れを施している人間は少ないというわけだ。
そんな中で、明らかに二次成長を迎えている年齢にもかかわらず、毛を剃った跡どころか、生えてくる様子が見られない少女が一人だけいる。
彼女こそ、少女九龍城のマスコット――虎谷スバルさんである。
大浴場での入浴時間は、もはや虎谷さんの美しい肢体を崇め奉る時間になりつつあった。今日も無邪気にはね回る彼女の体は、生まれながらにして永遠の美を約束されているのだ。私が一生を懸けても手に入れられないものが、虎谷さんには備わっているのである。
……などと、暢気に虎谷さん観察を続けていると、鋭い視線が私の体を突き刺した。
虎谷さんのボディガード的存在である結城アキラさんが、私の良からぬ視線を察知して、得意の三白眼で睨み付けてきたのである。
おっかない人はたまらなく苦手なので、
「み、みてないですぅうううっ!」
私は言い訳をしながら、大浴場から撤退をするしかなかった。
×
無毛党に対する憧れは日に日に強くなっていった。
私も毛の処理に取りかかりたい……だが、キャサリンさんや西園寺さんのように堂々としていられる気がしない。住人仲間に「どうして剃ったの?」だなんて聞かれた日には、恥ずかしさのあまりに引きこもること間違いなしだ。虎谷さん辺りが無邪気に質問をぶつけてきそうだから怖い。
少女九龍城という女子寮は不思議な場所だ。巨大な敷地に迷路状の建物が広がっている。幽霊が現れたり、時間が歪んだりと、超常現象も頻繁に起こる。そんな場所に引っ越してくる少女たちも、必然的に変わり者が多い。
私の性癖がバレたとしても、少女九龍城の住人たちならば受け入れてくれるのでは?
そんなことを夢想する日もあったりする。
だが、カミングアウトなど言語道断だ。リスクがあまりにも大きすぎる。
その結果、私はどうしてもコソコソとするしかなかった。
熱中したのはパソコンを利用しての画像蒐集である。少女九龍城には電気水道がまともに通っていない場所だって多いのに、住人の多くが住んでいる場所――通称・メインストリートの周辺はネット環境が充実している。そのおかげで、私が持っているパソコンはあっという間に無毛少女の画像でパンパンになった。
で、私はさらなる欲求に襲われるようになった。
どうしても、実物を間近で見てみたい!
自分だけの写真を撮影したい!
けれども、そんなことが出来るわけないのである。少女九龍城に無毛党員は数多い。でも、その中の誰が自分の裸を撮影させてくれるだろうか? いるはずがない。いるとしたら、私と同レベルの変態だろう。
私は欲求をもてあまして、昼下がりの少女九龍城をさまよい歩いた。真っ昼間から、どうしようもないことを考えているのだ。
そんなとき、虎谷さんの怒る声が唐突に聞こえてきた。
彼女が怒りを露わにすることは滅多にない。あるとすれば、彼女の飼い犬であるカイが悪さをした時だけである。カイにはお漏らしをしてしまう癖があって、これが厄介でなかなか直らないのだ。
「カイったら、今日は穿けるパンツがもうないからね!」
案の定、虎谷さんがカイを連行しているところに行き会った。何が原因かは分からないが、カイは下半身がすっぽんぽんの状態だった。虎谷さんは丸めたズボンとパンツを抱えている。おそらくはカイのお漏らしでぐっしょりなのだろう。
だとすれば、行き先は大浴場かシャワー室……。
そんな風にぼけーっと考えていたとき、私の目がカイの下半身に釘付けとなった。
カイ――自分のことを犬だと思いこんでいる少女は、虎谷さんと同い年くらいで、彼女もまた生粋の無毛少女だったのである。虎谷さんのことばかり見ていたので、今まで全く気づかなかった。失念していた。彼女のことを犬だと思いこんでいたのは、どうやらカイだけではなかったらしい。
その時だった。
私は悪魔的な発想を思いついてしまったのである。
×
翌日、私はビーフジャーキーを持って薄暗い廊下に潜んでいた。
カイが通りかかるまで、さほど時間はかからなかった。彼女の散歩ルート、そして時間はすでに調査済みである。今日も虎谷さん好みのふわっふわな格好をさせられて、においを嗅ぎながら四つんばいでルートを巡回していた。
私はカイの前に姿を現すと、ビーフジャーキーを目の前にちらつかせた。
「ほらほら、美味しいおやつですよー」
彼女は少し困惑した表情をする。おやつを勝手に食べたら、虎谷さんに怒られてしまうからだ。だが、ビーフジャーキーの魅力には耐えきれないようで、近くに虎谷さんがいないかを確認したあと、私に付いてきてくれた。
カイを自室に誘い込む。
この日のために、私は自分の部屋を綺麗に掃除していた。いくら無毛少女の美しい裸体を撮影するにしても、背景がごちゃごちゃしていたら気分が冷めてしまう。それだけでなく、私には人に見せられない趣味がたくさんあるのだ。最近は色々と器具が増えすぎて、収納場所に困るほどである。
クッションの上に座り込むカイ。
ビーフジャーキーを与えると、彼女はそれをとても美味しそうにほおばった。
私は「まだまだ、たくさんあるからね……」と声を掛けながら、カイの頭をナデナデしてあげた。すごく毛並みがよい……じゃなくて、髪質がよい。もしも可能であるならば、私が彼女を飼いたいくらいである。抱き枕にしたい。
追加のビーフジャーキーを与えながら、私はいよいよカイのパンツを脱がしに懸かった。
彼女は元々野良犬だったので、今でも服を着るのを嫌がるのである。日中は我慢して洋服を着ているけれど、夜は裸にならないと寝付けないらしい。そのため、カイは服を脱がされることに抵抗感を覚えていないのだ。
「ぬぎぬぎしましょうねー」
彼女は大量のビーフジャーキーに夢中で、無防備なまでにお尻を突き出している。
スカートの中に両手を突っ込んで、私はゆっくりとカイのパンツを下ろした。
……パンツは年齢相応に可愛いものを穿いている。フリルが付いている。というか、私がよく穿いているようなやつより可愛い気がする。
パンツを脱がされたことに気づいて、カイがビーフジャーキーをくわえながら振り返った。
なにしてるの?
そんな感じに眉をひそめるカイ。
「なんでもないよ、カイ。少し写真を撮らせてもらうだけだから……」
私は机のデジタルカメラに手を伸ばす。
息が荒くなっていることには自分でも気づいていた。
カイは自分がどれだけ恥ずかしいことを……いやらしくて、不適切なことをされているのか一つも理解していない。小さな疑問を抱いているとしても、ビーフジャーキーの前では些細なことに過ぎない。彼女は簡単に体を許してしまうことだろう。
体はちゃんと成長しているのに、心はわんこで、大事なところは子供のまま。
奇跡のような存在だ。
そして、私はその奇跡のような存在を騙して、自分の思い通りにしようとしている。
薄汚れた大人たちが、純粋無垢な子供を欲望のはけ口にするかのように!
すぐ目の前で、ぺたんこ座りになるカイ。
私は彼女の両膝に手を添えた。
「足で大きくバンザイをしようねー」
そして、ゆっくりとカイの両足を開かせていく。
膝が持ち上がって、スカートの裾がスルスルと太ももを滑り落ちる。
内ももが蛍光灯の明かりに照らされる。
そうして、いよいよ少女の秘密が暴かれようという瞬間――
「スバル――――――ッ!!!」
顔を真っ赤にして、涙目になったカイが大声を上げた。
彼女は急に飛び上がると、私の体を突き飛ばして部屋の隅で小さく丸まった。そして、さらに虎谷さんの名前を呼び続けている。オオカミの遠吠えにも似た叫びで、その声は少女九龍城の結構な範囲に響き渡ることだろう。
「えっ、ちょっと、カイ……」
色々な衝撃が私の体を駆けめぐる。
カイが人間の言葉を発した。これは初めてのことだ。虎谷さんは熱心に言葉を教えようとしていたけれど、カイは一度として反応してくれなかったのである。自分自身が窮地に追い込まれたが故に起こった奇跡だ。
だが、どうして助けを呼ぼうとしたのだろう?
彼女は服を着るのを嫌がり、夜は裸で眠っているのだ。自分のことを犬と思っている。犬は裸で生活するのが普通だろう。下着を脱がされることは、喜びこそすれども、嫌がったりするはずがない。
カイの顔は真っ赤になっている。
怖がっている……のとは少し違う。
まさか、大事なところを見られそうになって恥ずかしがっているのか!?
自分が人間であることを自覚し始めて、裸でいることに羞恥心を覚えているとでも――
「いやいや!」
そんなところではない。
部屋の外からは、まだ小さいけれど足音が聞こえてきている。誰かが……きっと虎谷さんがカイの叫びを聞きつけて、一直線にこちらへ向かっているのだろう。やろうとしていたことがバレたら、私はもう、なんというか……控えめに言ってお終いだ!
手がないわけじゃない。
私の右手にはカイが穿いていたパンツが握られている。これを彼女に穿かせればいい。ビーフジャーキーで彼女を釣ったことは認めるしかあるまい。
だけど、私がカイをたぶらかして、パンツを脱がせたうえ、大事なところを間近で観察したり、デジカメで撮影して永久保存しようと考えていたことは絶対に知られてはいけないのだ。
「スバル! スバルーッ!」
叫び続けるカイ。
私は彼女を組み伏せようと試みるが、部屋の角を背負われているせいで、背後から回り込んだりすることが出来ない。仕方なく正面から攻め込もうとするが、そうするとカイの前蹴りにやられてしまう。
彼女がキックを放つと、スカートがひらりとめくれた。
あぁ、この瞬間にデジカメを構えていれば……。
カイの足の裏を顔で受け止めながら、私は悔やみきれない大失態に表情を歪ませる。
足音が近づいてきた。
あれは死刑宣告のカウントダウンだ。あの足音が部屋に飛び込んできたとき、私の人生は終わりを迎えるのである。私はまたもや、自分の特殊な性癖で安住の地を失ってしまうのだ。全世界バカな変態ランキングがあるとすれば、私はきっと十位以内に余裕でランクインしてしまうことだろう。
カイがお漏らしをして、連行されていくシーンに遭遇していなければ……。
現実逃避をしたって、責任を押しつけたって、全然意味がないのは分かっている。だけど、私はいよいよ正常な思考力を失いつつあった。今まで、何度も変態的な行為を重ねてきた。裸で歩き回ったり、自分の体をロープで縛ったり……それなのに、いざ他人様にバレそうになった瞬間の対応を考えていないとは幼稚!
もはや、カイではなくて私の方が失禁してしまいそうな気分である。
私の方が……。
…………。
「――はっ!?」
再び悪魔的発想。
最後の手段に懸けるしかないと悟って、私はパンツを片手にカイに飛びついた。
×
とっさに機転を利かしたことによって、私は自身の悪行を闇に葬り去ることが出来た。
私はカイと仲良くなるために、ビーフジャーキーを使って彼女を自室に招いた。だが、カイが唐突にお漏らし癖を発揮してしまい、私はそれに巻き込まれてしまった――そのようなカバーストーリーが作り上げられたのである。
どのような手段を行使したかは、わざわざ細かく語るまでもないだろう。というか、細かく語りたくない。
私は平穏な生活を守ることが出来たけれど、その一方で人間らしい大切な何かを大きく失ってしまったのだ。
カイに罪をなすりつける結果にもなった。彼女は何もしていないのに、他人様の部屋でお漏らしをしたとして、虎谷さんから叱られることになったのである。そのおかげで、私はカイにすっかり嫌われてしまったらしく――
「ワンワンッ!」
「ひぃいいい、ご、ごめんなさいっ! 吠えないでっ!」
「ほら、カイってば! 木下さんが怖がってるから!」
ことあるごとにワンワンと吠えられている。
廊下ですれ違うときならマシであるけれど、こうして食堂で食事をしている最中に吠えられるのはキツイ。一時的に食欲が吹き飛ぶくらいに怖い。
虎谷さんに首輪を掴まれて、なおも吠えかかろうとするカイ。
私は服のポケットからビーフジャーキーを取り出して、そろりと彼女の鼻先に差し出した。
すると、カイはワンワンと吠えるのを止めると、なんだか「今日はこのところで勘弁してあげようじゃないの!」という顔をして、ビーフジャーキーをもぐもぐと食べ始めた。眉間にしわが寄っているけれど、しっぽを嬉しそうに振りまくっている。
これは少しくらい許してもらえたのだろうか?
「ほら、カイ。ありがとうを言わないと!」
頭を両手で挟んで、虎谷さんがカイの髪の毛をモシャモシャとする。
カイは満面の笑みを浮かべて「スバル! スバル!」と彼女の名前を呼んだ。
あの日以来、カイは虎谷さんの名前だけはしっかりと言えるようになったのである。私が彼女に襲いかかったおかげで――とは口が裂けても言えないけれど、遠目から見ていると微笑ましい気持ちになる。
そういったわけで、私と無毛党メンバーの距離は縮まってもいないし広がってもいない。私は今もまだ、彼女たちの美しい体を遠巻きに観察して、たまに結城アキラさんから睨まれる日々を送っている。自分の毛を剃ってしまう度胸もないので、私は今日も自分のコンプレックスと向き合っている。
ただ、問題が一つだけある。
私がまた新しい遊びを思いついてしまったのだ。
空気に肌をさらす感覚、手足を拘束される感覚、視界を奪われる感覚。
そこへ新たに加わった……誰かに見られるかもしれない極限状況で、躾のなっていない犬のようにお漏らしをする感覚。
この新しい遊びを当分の間は堪能できそうだ。
……私もイヌミミとしっぽを付けてみようかな?
(おしまい)
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