第17話 計り事
夜明けの薄暗い中、ダリオがバチス城へと戻って来ると、城門にはすでに明々と灯りが点いていたし、衛兵も立っていた。
門の中に入れば、さあこちらへと、休む間もなく主君の元へと連れていかれた。もしかして、王はずっと起きて待っていたのだろうか、そんなに待ちかねていたのかと、ダリオの頬は引きつり溜息が出た。
もっとも、王が待っていたの自分ではなく、ルビーのネックレスなのだろうなと思うと、なんだか切なくなるのだった。
――こんなに逸るなんて、陛下は一体どうしてしまわれたのだ……。昨日の会談は、本当に大丈夫だったんだろうか。
不安になるダリオだった。
王の居室に通され跪いて礼をとると、王からの労いの言葉があった。
「ご苦労だった、ダリオ。良い品は見つかったか?」
「陛下のおめがねに叶うとよろしいのですが」
早速ダリオは鞄からネックレスの入った小箱を取り出し、バルトロメオに捧げた。
そっと箱を開き、王はネックレスを眺める。正円形の大粒のルビーの周囲に小粒のダイヤを幾つかあしらって可憐な花に見立て、その左右にも二回りほど小さなルビーの花が咲いていた。
美しいなと、バルトロメオは満足げに笑った。
「なかなか良い。後で褒美を遣わそう。だが、その前にもう一つ手伝って欲しいことがあってな」
「は、どのような事でしょう。シヴァンとの間に何か不都合でも……」
「いや、あれは関係ない。気にするな。もっと大事な話だ」
シヴァンよりも大事な話とはなんなのかと、ダリオは眉をしかめた。
「今日は祭りの最終日だ。仮装行列を見物に行こうと思う。付き合え」
「…………はぁ?」
*
バルトロメオは、人混みの中をアンナの手を引いて歩いてゆく。
仮面をつけているせいで話がしにくいが、それももうすぐ解消されるだろう。今しばらくの我慢だ。
侍女のジョアンが、図らずも膨らんだスカートの歩きにくい衣装を選んでくれたおかげで、計画がうまくいきそうだと彼は仮面の下で笑みを作っていた。
ハリーとやらも、護衛のくせにアンナに常に張り付いている訳でもなく、ジョアンに気を取られて遅れがちなのも、バルトロメオにとっては都合がいい。とは言え、自分の部下には絶対欲しくない役立たずだと、心の中で一刀両断していた。
そろそろ、例の露店の場所だなと、アンナを誘って道の端の方に寄っていく。遠目にも目立つ朱色の天幕が、もう見えていた。
「……バート。行列に飛び入りしたとして、私は何をすればいいの?」
バルトロメオの提案にアンナは少し不安げな様子だった。見上げて来る仮面の奥の瞳が潤んでいる。早くこの仮面を剥ぎ取ってしまいたい。
「見物客に手を振ったり、お辞儀をしたりすればいいだけさ。中には踊りを披露したり、芸をしながら歩く者もいるがな」
答えながら、朱色の天幕を張った露店の前を通りすぎる。ちらと、小物を売る店の奥を見やり、その主人に小さく頷いた。
その途端、天幕を張っていた柱が、ずるずると道に向かって倒れ込んできた。
「きゃ!」
「……大丈夫」
驚き身を竦めるアンナの肩を抱いて柱から守り、身体をかがめる。二人の上に天幕がばさりと被さってきた。
バルトロメオは、素早くアンナの腰に手を回して持ち上げるようにして、露店のすぐ脇の細い路地へと駆け込むのだった。
その時、路地からも勢いよく人が出てきた。
「え?」
出てきたのは、白と金の衣装の男女。バルトロメオとアンナと全く同じ衣装を着た二人組だったのだ。彼らは、二人と入れ替わるように、素早く天幕の下に潜り込んでしまった。
「バ、バート、あれは?」
「後で説明する。今は走ってくれ」
そういってバルトロメオは、アンナの手をしっかりと握って走り出した。
背後にハリーやジョアンの慌てた声が聞こえるが、振り返ることはしない。そして一つ目の角を曲がって、先ほどまで歩いていた大通りから見えなくなってから、ようやく走るのを止めたのだった。
上手く欺いたとは思うが、念の為、遠ざかることにする。
どんどんと細い路地を進むのだが、アンナは「どうしたの? 一体何なの?」と不安げだ。
「驚かせて悪かった」
立ち止まり、仮面を外してニコリと微笑む。そして、彼女の仮面も外してやるのだった。
走ったせいなのか、湯上りのように頬を上気させ、はあはあと息を吐くアンナ。バルトロメオの胸がドクンと鳴る。成功した、これで二人きりだと、唇をほころばせる。
「さっきのは俺の友人で、身代わりを頼んだんだ。あの露店も俺が仕組んだ。どうしても君と二人だけになりたくて……。仮装しようと言ったのも、この為だ。仮面をつけて同じ衣装を着ていれば、入れ替わっても気づかれにくいだろう?」
一気に説明すると、アンナは目を丸くして何度も瞬きしていた。小さな声で、身代わり、露店、仮装といくつか単語を呟き、また目を瞬く。
もしかしたら彼女は、呆れてしまったのかもしれない。バルトロメオは肩をすくめて苦笑する。彼女と二人きりになる為だけに、こんな策を練るなんてどうかしていると自分でも思うくらいなのだから。
「……いつの間にそんな計画を?」
「そりゃ昨日さ。仕事を終えてからだったから、なかなか忙しかったぞ。どこの露店を買収しようかとか、同じ衣装を二組揃えるのに走りまわったりとか、ね。何より俺が上手く立ち回れるかが問題だった。上手くいって良かった」
もしも彼女一人を連れ出せていたら、仮装などせず、身代わり役も解放するつもりだった。だが、残念ながら予想した通りジョアンが渋ったので、計画を実行することになったのだ。そして成功したのが愉快だった。
ハハハと笑うと、アンナもクスリと笑った。
「……いたずらが得意なのね」
「そうとも、この後の予定も立てているぞ。大聖堂の昼の二の鐘が鳴るまでは二人きりだ。いいだろう?」
「ええ」
アンナが目を細めて頷くと、バルトロメオは手間をかけた甲斐があったと、また声を出して笑うのだった。
腕を差し出し、彼女が腕を絡めてくると、二人はまた歩き出した。
細い路地はあまり人通りはないのだが、肩を寄せ合うようにして歩く男女や、ふと物陰を見ると抱き合う恋人たちの姿があったりする。人混みを避けて、二人きりになれる場所を探しているのは、自分たちと同じだなとバルトロメオは笑みを浮かべるのだった。
身代わりはダリオだ。彼はバルトロメオより少々背も低く、体格もほっそりしているが、ジョアンたちにはそんなことまでは分かるまい。
夜を徹して馬を走らせ、疲れているところを悪いとは思ったが、ダリオであればバルトロメオがどう振る舞うか、想像して動くことが出来るだろうから適任だったのだ。
女の方は、バチス城にいたアンナと似た背格好の侍女だ。なるべく声を発しないように、そして堂々としていろと言い含めている。だが、女の方はバレやすいだろうから、ダリオには彼女にはあまり喋らせないようにサポートも命じている。演じきれれば、褒美を弾んでやらねばならないだろう。
だかそんな事よりも、と思う。
二人きりの時間を手に入れたのだ、有意義に使いたい。大聖堂は毎日、昼を報せる鐘を二度鳴らす。正午とその一時間後だ。二度目の鐘は昼の休憩時間の終わりを報せるものだ。その鐘が鳴るまでの数時間を得るために、ここまでやったのだ。
アンナと身を寄せ合うバルトロメオの胸は高揚していた。
「アンナ。少し遠いが、静かな良い店があるんだ。マダム・ステイシーの宿と言って。ああ、何という花だろうな、名は知らないが小さくて可愛らしい花の咲く美しい庭があって、旨いワインを出してくれる。……行かないか?」
バルトロメオは何気なさを装って言ったが、宿という言葉に、アンナが警戒したり不快を表わしたりしないかと、少しばかり緊張している。
そこは、昨日、旧聖堂からの帰りに見つけた小さな宿だった。長閑な葡萄畑の風景から、町の中心部へ向かって徐々に建物が増えて来る辺りにその宿はあった。
宿と言っても、今歩いている路地裏に点在しているような、怪しげな連れ込み宿や、キャラバン用の安っぽい宿などではない。
エレバスの伝統的な、宗教建築様式を取り入れて建てられたもので、大聖堂ができる前までは、すぐ近くの旧聖堂の参詣しにやって来た上流の巡礼客を専門に泊めていたらしい。今では、宿よりも食事を出すのがメインになっている。
バルトロメオはそこで、彼女に求婚するつもりだった。
バカげた迷信だとは思いつつも、収穫祭にまつわる言い伝え通りになればいいとも思っている。
『祭りで出会った男女は恋に落ちる、結婚を誓い合えば永遠に結ばれる』
実際、バルトロメオは祭りで出会ったアンナと恋に落ちたのだ。ならば、結婚を誓い合って、結ばれることを願いたくなっても仕方がないというものだろう。
喧騒を離れた静かで美しい庭で、彼女に自分の愛を誓いたかった。
「君に見せたいものもあるんだ……」
じっと見つめると、ふわりと彼女が微笑んだ。
「ええ……行きましょう。貴方とならどこへでも……」
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