第13話 希望の光


『To小百合さん おはよう。少し複雑な気分です。僕は白い世界でずっとお話ができればいいと思っていました。でも、小百合さんが願ったのであれば仕方がありません。この世界は小百合さんの世界ですから。

 九時までなら会えるかもしれません。それ以降は無理そうです。今すぐ僕たちが初めて会った店の前に来てください。 Fromウォンス』


 私は目を大きく見開いて荒い呼吸を繰り返した。

 ウォンスのメールの内容が予想していたものと違っていたから。


 メールを読む限り、ウォンスは雪が降り続くことを望んでいる。言い換えれば、ずっと日本に滞在することを望んでいる。その気持ちはすごくうれしい。でも、そんな状況が一生続くというのは現実的ではない。

 何より今の私は会いたい気持ちを抑えることができない。会って気持ちをぶつけたい。強く抱きしめて欲しい。


 ウォンスが待ち合わせ場所に指定したミッドナイトは、ホテル・エンパイアから歩いて十分ちょっとのところにある。私の家の最寄駅から急行に乗れば一時間もかからない。ただ、通勤ラッシュの時間帯であることに加え、電車のダイヤも大きく乱れている。今はどれぐらいかかるかわからない――が、わたしのとるべき選択肢は一つだけ。

 私は洗面所に戻って身支度を始めた。


★★


 午前七時四十分に最寄り駅に到着した。予想通り、電車のダイヤは大きく乱れている。急行が走っていないのはもちろん、電車自体がなかなか来ない。当然のことながら、来た電車はどれもすし詰め状態。ホームから改札を超えて長蛇の列ができているのも頷ける。いつもの通勤ラッシュの比ではない。


 結局、電車に乗れたのは午前八時二十分を回った頃。しかも動いたり止まったりを繰り返すノロノロ運転で、ほとんど進まない。


 時刻は午前八時五十分。ツイッターの情報によれば、全線で電車が立ち往生しているらしい。どう考えても九時には間に合わない。

 電車が多摩川の鉄橋の上で停車したところで、私はウォンスにメールを送った。


『ウォンスさんへ ごめんなさい。電車がかなり遅れています。今神奈川県と東京都の境にある多摩川を渡っているところです。到着が一時間近く遅れそうです。 さゆりより』

 

 人垣の間から窓の外の多摩川が目に入った。春を思わせる陽の光が水面みなもに反射してまばゆいばかりの輝きを放っている。

 まるで私の未来を象徴しているかのようで、脳裏に「希望の光」という言葉が浮かんだ。


 電車が動き出して多摩川に隣接する駅のホームへと差し掛かったとき、スマホが震えた。ウォンスからのメールだ。


『時間がない。次の駅で降りて。ホームの一番後ろへ、多摩川の方へ来て』


 私は驚きを隠せなかった。まだ待ち合わせ場所の最寄り駅には程遠い。にもかかわらず、ウォンスは次の駅で降りるように言った。

 意図がわからなかった。でも、言うとおりにしなければいけないと思った――メールの雰囲気がこれまでとは違っていたから。彼が焦っているのが手に取るようにわかったから。


 電車が駅に着いてドアが開く。降りる人はほとんどいない。勢いよく乗り込んでくる、人の群れを必死に掻き分けながら私は電車を降りた。

 駅のホームには暖かい陽射しが降り注いでいる。多摩川から吹く、強い風も冷たくは感じられない。朝のニュースで「四月上旬並みの気候になる」と言っていたのを思い出した。


 ウォンスに言われたとおり、私は駅のホームを多摩川の方へと歩き始めた。



 つづく

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