第8話 大統領のボディガード


 テレビのニュース番組で、韓国の大統領と日本の総理大臣が握手をする様子が映し出されていた。大統領は日本での日程を無事終えたものの、大雪の影響で飛行機が飛べないため、明日の帰国が延期になるとのことだった。


 私の脳裏に「あること」が浮かぶ。


『ウォンスさんがミッドナイトに現れたのは、大統領が来日した、次の日。日本に来た目的を「仕事とプライベートの両方」とぼかしたような言い方をしていた。しかも、仕事の詳しい内容は話せなくて「日本では常に仕事中」みたいなことを言っていた。しゃべり方は日本人っぽくなく、名前はいかにも韓国の人……彼は大統領の関係者ではないか? いや、そうに違いない。例えば、大統領を護衛するチームのメンバーだとか』


 ウォンスのメールを食い入るように見つめた。見れば見るほど、私の推理が的を射ているような気がした。「近からずとも遠からず」だと思った。 

 国家元首ともなれば、自分をガードするための護衛を常にたずさえている。外国へ行くときも身辺警護を現地の警察に任せることはせず、信頼を寄せるメンバーを同行させるのが普通ではないか?


 マスターの話によれば、ウォンスは、身体の線が細く女性のような雰囲気を持った優男やさおとこ。外見からは護衛部隊というイメージはわかない。でも、チームには部隊を統率する司令塔のような人がいるはず。まさに彼がその役割を担っているのではないか? 


 口元が緩んでいるのがわかった。頭の中ではさらに妄想が広がっていく。

 ――「過去に例を見ないほどの大雪」、「モノクロの幻想的な世界」、「国境を越えた運命の出会い」、「これまでの不幸は幸せになるために必要な道程」。

 まるで恋愛映画のヒロインにでもなったような気分だった。


 午後十一時、夕食を済ませた私はウォンスにメールを送ることにした。

 彼のことをもっと知りたいと思ったから。そして、「小百合さんからのメールが到着したら僕もメールする」という、彼の言葉を確かめたかったから。


 ウォンスが重要な任務についているのはわかっている。でも、逸る気持ちを抑えることができなかった。

 このままでは眠れそうにない。布団に入っても同じことを考えてしまう。我慢できなくなって夜中にメールを送ってしまうかもしれない。そうなれば、かえって彼に迷惑をかけてしまう。

 屁理屈としか思えないような思いが私の背中をぐいぐいと押す。


 最初のメールは文章がなかなか決まらず時間がかかったけれど、今回はスムーズに綴ることができた。


『ウォンスさんへ こんばんは。小百合です。早速メールを送っていただきありがとうございます。お仕事中にごめんなさい。でも、すごくうれしくて。早くお礼が言いたくて。ウォンスさんの「出会った日を今日にする」という言葉に、私は感動を覚えました』


 そんな始まりで、昨日より元気になったこと、今日一日どのように過ごしたのかを綴った。そして、最後に彼の仕事について探りを入れてみた。


『――ウォンスさんの滞在が少し長くなるかもしれませんね。あまり大きな声では言えませんが、私にとってはうれしい限りです。では、お仕事がんばってください。誰にでもできるお仕事ではありませんし、とても重要なお仕事だと思います。おやすみなさい。 さゆり』


 メールを読み返して誤字や脱字がないかをチェックした。特におかしな表現も見当たらない――が、送信ボタンを押そうとした指が止まった。「あのこと」を書いておくべきだと思ったから。最後の「おやすみなさい」の前に一文を付け加えることにした。


『私は、真っ白な雪に覆われた、この世界が好きです。私の辛い過去を消し去ってくれた「新しい世界」だからです。明日もこの世界でウォンスさんとお話ができますように』


 送信ボタンを押すと、画面に「送信完了」の文字が表示される。

 ふーっと息を吐いた私は、スマホをテーブルの上に置いて浴室へと向かった。


 雪の中を歩いたせいか、身体が妙に重く感じられた。一刻も早く湯船に使ってリラックスしたかった。そして、今日という日を振り返ってみたかった。



 つづく

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