第11話 さらなる幸せ


 私は何かにかれたように、ひたすらメールを打ち続けた。


 チャット機能のあるアプリ「LANEレイン」を使った方がスムーズではないかとも考えた。でも、私自身ほとんど使ったことがなく、ウォンスからも話が出なかったため、あえて言わなかった。

 私がメールを送るとすぐにウォンスから返信が返ってくる。LANEレインほどリアルタイムではないにせよ、会話をしているような感覚だった。


 ウォンスのことを知りたいと思う以上に、私のことを知ってもらいたかった。

 今までの私は自分に自信が持てなくて、できるだけ控えめに振る舞ってきた。自分らしさをあえて表に出さないようした。

 そんな私が「自分をさらけ出したい」と思った。ウォンスに私のことを感じて欲しかった。


 これまで生きてきた中で、うれしかったことや楽しかったことはもちろん、悲しかったことや腹が立ったことまで、思いつくままに綴った。そんな一つ一つにウォンスは丁寧に答えてくれた。

 とは言っても「無理に話を合わせている」といった印象はなく、二人の間では自然な会話が成り立っていた。


『To小百合さん 今日は本当に楽しかった。小百合さんのことたくさん知ることができた。すごくうれしい。また明日もメールして欲しい。もちろんこの世界で。おやすみ。 Fromウォンス』


 午後十一時過ぎのウォンスからのメールで私たちのチャットはお開きとなった。

 いつの間にかお互いの文章はフレンドリーなものとなり、二人の距離がぐっと縮まった気がした――それがこの日一番の収穫。


 メールとメールの間隔はそれなりにあったにせよ、半日以上メールのやり取りをした。でも、私にとってはあっという間だった。

 「時間というのは、そこに身を置く者の心理状態により長くも短くもなる」。そんな話を聞いたことがあるけれど、そのことを身をもって体験した一日だった。


 紅茶のカップを手にメールの履歴を確認する。私からウォンスに二十通。ウォンスから私に二十通。我ながらよく打ったものだと感心した。それ以上に、仕事中の彼がこんなにマメに返事を返してくれたことに感謝の気持ちを抱かずにはいられなかった。


 曇ったガラス戸を開けてベランダに出てみた。

 瞬時にひんやりとした空気が身体を包み込む。風はほとんどないものの、相変わらず無数の雪が舞っている。地上に人の姿はなく車もほとんど走っていない。

 もはやそれは見慣れた景色であって、私にとってはある意味「日常」だった。


 不意に早鐘を打つように心臓が鳴る。冷たい空気にさらされているのに、身体の芯が燃えるように熱い――ウォンスが私の隣に立って優しい眼差しを向けているような気がしたから。

 慌てて目をやったけれど、そこには誰もいない。長い時間メールのやりとりをしていたことで、私の脳が、彼が近くにいるような錯覚に陥っているのかもしれない。

 メールの台詞まで聞える。いや、台詞だけではない。私がメールの行間を読んで想像した言葉まで、優しく囁いている。


 冷たい空気に触れたことで口元が乾いている。唇に舌を這わせてゴクリと唾を飲み込んだ。

 隣で囁くウォンスにゆっくりと両手を伸ばした。でも、触れることはできなかった。「ウォンスがいないのだから当たり前」。そう思った瞬間、不安な気持ちで胸が押しつぶされそうになった。


「ウォンスさん……私、このままメールだけの関係で終わりたくない……会いたい。あなたに会いたい。じゃないと……どうにかなっちゃいそう」


 二月十四日の夜、私とウォンスはミッドナイトで会っている。顔も見ているし声も聞いている。彼は私の身体にも触れている。でも、私にはその実感が全くない。


 文字のやり取りで気持ちが通じ合ったことには満足している。でも、今の私はそれだけでは収まらない。「ウォンスといっしょに過ごした」という実感が欲しい。実際に触れあうことで、その存在を感じたい。

 少しでも会うことができれば、今より幸せになれる気がする。


「ウォンスさん、私、もっと幸せになりたい」


 どうすれば自分がもっと幸せになれるか、具体的な方法を考えた。

 ウォンスに会えたら私はもっと幸せになれる。彼に会うためには外に出られるようになって、交通機関が正常化されなければならない。そのためには、天候が回復して雪が融けて無くなることが必要だ。


 私はゆっくりと目を閉じた。そして、心から願った。


『雪が融けて外に出られますように。ウォンスさんのところへ行けますように』



 つづく

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