お茶
青樹加奈
お茶
僕は幽霊の存在を信じてない。人間死んだらおしまい。死後の世界などないに決まっている。
でも、僕はライターだし、幽霊を信じていなくても、ネタと怖い話を書く技量があればホラーを書けると思っている。
なんといってもホラーは人気のあるジャンルだし、物書きで食っていくなら書けた方がいいに決まっている。
そこでネタ探しにと、ある寺で行われた怪談会に出席した。
夜の寺、本堂には200人程の人が集まっていた。灯りは祀られた本尊の周りだけだ。雰囲気だけでも、出席した甲斐があったというものだ。
話をするのはM僧正。M僧正が体験した不思議な話をおもしろおかしく話してくれて、ネタにはならなかったが楽しい体験だった。
この怪談会を主催したのは地元を愛する素人さんが集まって作った団体で、名前を仮りにXツアーとしておこう。
このXツアーでは地元をめぐる小さなツアーをたくさん組んでいる。怪談会が楽しかった僕は翌月も築ン十年の建物を使った料亭の食事会に行った。地元の食材を使った料理を食べるツアーだ。料理は美味しいし、古い家屋も素晴らしく、置かれている調度品は一級品だった。まさに食べ応え見応えのあるツアーだった。
この食事会でたまたまスタッフの一人と話す機会があった。僕は先月怪談会に行った話をしたのだが、そのスタッフさんいわく、
「M僧正のお寺に行くと、不思議な事が起きるんですよね」
という。M僧正のお寺は怪談会が行われたお寺とは違う寺なのだそうだ。
「私達スタッフで打ち合わせにMさんのお寺に行ったんです。M住職は、私達を部屋に通してくれた後、すぐに席を外して、私達は台所の隣の部屋で待っていたんです。
M住職のお寺に行った時は、いつも奥様がお茶を煎れてくれるんです。その時も台所の方でお茶を煎れる気配がして、奥様が煎れて下さってるんだなって思ってたんです。でも、お茶を煎れる気配はするけど、お茶は出て来ないんですよ。その内、M住職が戻って来たんですね。で、『お茶もださんと待たせたね』というんです。私達は奥様がお茶の用意をしてくれていると言ったんですね。そしたら、『妻は今日はいないよ。私一人』というんですよ。『ああ、きっといつもの子やわ。かわりにお茶の支度してくれたんやね』って」
つまり、M住職の寺には何かがいて、奥さんのかわりにお茶の用意をしてくれたというのだ。
この世の者でない何かが、お茶を煎れようとしたのだろうか?
実際にお茶が入っていたらもの凄く怖い話だが気配だけなので、僕に言わせれば、隣家の台所の物音がたまたま伝わる位置にあったとか、M住職がスタッフをからかう為に茶碗をカチャカチャ鳴らす音をこっそり流していたとか、そういう説明のつく話なのだ。この世に幽霊などいない。
この話を、たまたま家に遊びに来ていた友人Fにした直後。
え?
テーブルの上にお茶の用意がしてあるって?
変だな、誰だろう、僕は用意してないんだが?
幽霊が用意したかもって?
ははは、まさか。
どっちにしろ、飲まない方がいいんじゃないか?
誰が煎れたかわからないお茶なんて。
緑茶のいい香りだって?
飲むの?
あ、飲んじゃった。
え?
苦しい?
苦しいって!
おい、大丈夫か?
しっかりしろ!
しっかりしろーーーー。
今、救急車を呼ぶからな。
嘘だろう。
おい、死ぬな!
う、嘘だろう。
死んだ。
死んでしまった。
だから、飲むなって言ったのに。
僕は警察に最近脅迫状を貰っていたと話した。
警察から随分と疑われたが、緑茶も茶器も僕が買った覚えのない物だったし、ましてやお茶に入っていた青酸カリなど、僕には手の入れようのない物だった。結局、僕を殺そうとした誰かが煎れたお茶を友人Fがあやまって飲んで死んだのだろうという話になった。
葬式の席で、僕は友人Fの遺影に手を合わせた。
後の事は心配するな。
君の奥さんは僕がしっかり面倒みるよ。
君は知っていただろうか?
僕らの関係を。
君の奥さんは緑茶を煎れるのが実に上手だな。
うまいお茶だ。
お茶 青樹加奈 @kana_aoki_01
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます