009
翌日、銀行強盗計画は実行に移された。ソーヤー一味は手始めに電信所を奪い、ソコロの町で銀行が強盗団三十名以上に襲われたと、一番近場の陸軍基地であるフォート・ブリスに応援を要請した。オトリ役をまかされた実際の別動隊は、たった三名しかいないのだが。
つぎに一味は保安官事務所の近くに見張りを配置。現場の銀行へ駆けつけようと飛び出してきたり、早馬で応援を呼びに行こうとしたりしたところを妨害できるようにした。それから銀行のまわりを見張っている警備の人間を、なにげない態度で気安くあいさつなどしながら歩み寄って、手早くナイフで仕留めた。通行人数名に目撃されたが、銃声がなかったのでまだ大きな騒ぎにはなっていない。
そして、事前に調べておいた位置の外壁をダイナマイトで吹っ飛ばすと、現れた隠し金庫をロープでつないで引きずり倒し、急ぎ荷馬車に積み込む。予想どおり、爆発音を聞きつけた保安官たちが事務所から飛び出してきたが、そこをもぐらたたきの要領で、配置しておいた見張りが次々と手際よく仕留めていく。
「モタモタするな! ダイナマイトで煙が上がった! よそからの電信はいつまでもごまかしてられねえ! 騎兵隊が来るぞ!」
「おかしらァ! 積み込み作業終わりましたぜ!」
「よォし野郎ども! 撤収だァ! チンタラしてっと置いてくぞ!」
仕上げに電信ケーブルを切断して、自分たちが去ったあとも、ほかの町へ連絡がいかないようにする。済んだら荷馬車担当の者たち以外はそれぞれ馬にまたがり、一目散に逃走を開始した。
死なせてもかまわないくらいのつもりでムチ打ち、馬を駆けさせる。メキシコ国境を越えられるまでもってくれればそれでいい。無事逃げ延びられたら、国境を挟んだ向かいにあるシウダードフアレスの街で、祝杯の酒盛りとメキシコ美女たちが待っている。
――と、街を出てからすぐの峡谷に、一台の荷馬車が通せんぼするように横向きで止まっていた。
「どこのどいつだクソッタレ! ジャマだァ! どきやがれェ!」
しかしその馬車へと近づくにつれ、荷台に積んであるものに気付いた一味の男たちは、そろって顔面蒼白になりながら馬首をムリヤリ返し、必死でもと来た道を引き返そうとした。
「――ガトリングガンだ! 悪魔の銃だ! 逃げろ! 逃げろォ!」
「ようこそ地獄の一番街へ。歓迎するわクソッタレども」
ジョー・マーチはあのあと、一味のほかの脱走者を捕まえるコトに成功した。そして今度こそ強盗計画の詳細を訊き出し、予定の逃走経路に待ち伏せしていたのだ。彼女はガトリングガンにしなだれかかり、恍惚とした笑みを浮かべて、「さァ踊れ。歌え。南軍のドブネズミどもめ。無慈悲な死神の奏でる、音楽に合わせて」
手回しオルガンを優雅に演奏するような手つきで、ジョーはクランクを回転させる。それは銃声というよりも、押し寄せてくるバッファローの大群に似ていた。あるいは降りそそぐ雨に似ていた。もはや単なる弾丸の連射ではなく、弾幕とでも呼ぶべきものだった。これでは反撃するどころか、避けるコトさえままならない。
盗賊たちの阿鼻叫喚も、ジョセフィンの興奮しきった嬌声も、猛り狂う悪魔の咆哮にかき消されて――。
弾丸を撃ち尽くしたとき、荒野には静けさだけが残されていた。
あたり一面、死屍累々の地獄絵図。人間も馬も平等に引き裂かれ、地と臓物をまき散らしている。
「あー――スッとしたァ――」ジョーは晴れ晴れとした表情で、太陽が燦々と輝く青空を仰いだ。
マイクロフト・ホームズとピンカートン探偵社一行は、遅きに失したのだ。あの新聞のとおりになってしまった。
「チクショウ、間に合わなかったか……」馬車を降りたエドワーズは惨状を目にするなり悪態をつく。「やいコラてめえジョー・マーチ! いくらなんでもこりゃアやりすぎだろうが。売春婦が梅毒ばらまくみてえに、好き放題してくれやがって」
「あ? なに、アンタらもソーヤー一味目当ての賞金稼ぎ?」
「いや、われわれの目当てはあくまでハイドひとり。私はスコットランド・ヤードのマイクロフト・ホームズ警部補だ。こちらのふたりはピンカートン探偵社のバーディ・エドワーズとシンジューロー」
「スコットランド・ヤードって、英国の警察がテキサスに何の用?」
「今となっては、それを説明したところで時間のムダだろう。美しいお嬢さん、キミのせいですべてがご破算になってしまったよ。しかし、せめて死体だけでも持ち帰らせてもらうとしよう」
「シンジューロー! ハイドの死体を確認して運んで来い」
「ハイハイ。まったく、ひとづかいが荒いんだからァもう……」
新十郎が御者台から飛び降りて、死体の山へと近づこうとするのへ、「チョット、勝手になにしようっての? そいつらは全部アタシが仕留めたのよ? アタシの手柄よ? アタシのカネよ? 止まりなさい。横取りしようったって、そうはいかないんだから」
「いいから、そこでだまって見てろクソアマ」エドワーズはリボルバーの銃口をジョーに突きつけた。
しかしほぼ同時に、ジョーもソードオフ・ショットガンを抜いて、エドワーズに狙いを定めている。
「なに? アタシとやろうっての? 射撃の腕には自信ありってワケ? だけどよく考えるコトね。たとえこの距離だろうと、外すときは外しちゃうわよ。その点、アタシの散弾は間違いなく命中する」
「女を殺すシュミはねえ。てめえは男に殴られるのが好きか?」
「男のキンタマ突き刺すのは好きよ。血がドピュドピュ噴き出すの。試してみる? 天国へ昇らせてあげるわ」
「エンリョしとくぜ。頼むからおとなしくしててくれ。すぐ済む」
新十郎は死体の顔をひとりずつ確認していく。このどこかにエドワード・ハイドが交ざっているハズだ。
と突然、荷馬車の近くに転がっていたトーマス・ソーヤーが跳ね起きて、新十郎のカラダにつかみかかって来た。どうやら頑丈な金庫の裏に隠れて、ガトリングガンの猛攻から生き延びていたようだ。
ソーヤーは新十郎のカラダをうしろから抱え込み、脳天に銃口を突きつけた。「オイてめら! コイツの命が惜しかったら、とっとと銃を捨てやがれ! それから馬を一頭よこせ!」
エドワーズは苦笑して、「ソイツが人質になるとでも?」
「エドワーズ! こんなときに冗談はよしたまえ! 黄色人種だろうと差別しないというのはウソだったのか?」
「つーか、アタシには関係ないんだけど。その東洋人がどうなろうと知ったこっちゃアないわ」ジョーは隠し持っていたレミントン・デリンジャーを左手でかまえ、トムに狙いを定める。
「銃を下ろしたまえジョー・マーチ」マイクロフトもふところから官給品のウェブリー・リボルバーを抜いて、その銃口をジョーへと向ける。「われわれも御者がいなくなられるのは困るのだよ」
「そうカッカすんな。安心しろマイクロフト」エドワーズは不敵にほほ笑んで、「今回の依頼で社長からシンジューローに与えられた役割は、何も馬車の御者をするだけじゃねえんだぜ」
「なんだと? それはいったいどういう意味だ?」
「考えてもみろ。アンタの身にもしものコトがあれば、場合によってはアメリカと英国とのあいだで外交問題になりかねえ。そんなデリケートすぎる依頼人に対して、ハンパなボディーガードをつけると思うか? オレがピンカートン探偵社一番の腕利きなら、シンジューローはピンカートン探偵社一番の腕っぷしだ」
新十郎はやれやれとため息をついて、「……チョットくらい心配してくれたって、べつにバチは当たらないと思うですけどねェ……。まァ、ここは信頼の証とでも受け取っておきますか」
新十郎は「阿」で口から息を吸い、「吽」で鼻から息を力強く吐き出すと、ソーヤーがピストルを持つ右手首をつかんで、ひと息に握りつぶした。骨が粉々に砕ける鈍い音が鳴る。ソーヤーはうめき声を上げて、ピストルを地面に取り落とした。
さらにまた新十郎は阿吽の呼吸をして、今度は背負い投げの要領で、ソーヤーのカラダを軽々と放り投げてしまった。白人と東洋人では明らかに体格差がある。それこそ大人と子供、グリズリーとヒュー・グラスくらい違うというのに、傍目からはワラで出来たカカシを投げるよりも、たやすい芸当に見えていた。
頭から地面へと思い切りたたきつけられたソーヤーは、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
マイクロフトは歓声を上げて、「すばらしい! さすがは蛮族サムライの国! 今のがうわさに聞く日本のバリツか!」
「バリツ? ――ああ、もしかして武術のコトですか。ええ、まァ。鹿島神傳直心影流はあくまで剣術の流派ですが、その極意を応用すればこの程度、朝飯前です。それよりミスター・ホームズ、どうやら死体のなかに、肝心のハイドがいないみたいなんですが」
「いない? そんなバカな。――いや待て。よくよく思い出してみれば、あの新聞にはソーヤー以外は一味ひとまとめで記されていて、ハイドの生死については明言されていなかったか」
「おいこらジョー・マーチ、こりゃア何がどうなってやがる?」
「ハァ? そんなのアタシが知ってるワケないじゃない。そこでおねんねしてるトム・ソーヤーにでも訊けば?」
「まァそれもそうだ。つーか、くたばってねえだろうな?」
「大丈夫です」新十郎は逃走防止も兼ね、日本刀の小太刀でソーヤーの大腿を突き刺し、痛みでムリヤリ意識を取り戻させた。そのまま刃を首筋に当てる。「エドワード・ハイドはどこにいる?」
ソーヤーは勝ち誇ったような態度で、「てめえらの話を聞くかぎり、どうやらあの野郎を生け捕りにしたいらしいなァ。だとしたらザンネンなお知らせだ。ハイドのヤツなら、ほかの新参者二人といっしょに、オトリとしてソコロの銀行を襲わせた。予定より早く騎兵隊が駆けつけるよう仕向けたから、今ごろはハチの巣だろうぜ」
「ああ、そうかい。じゃア、あともうひとつ質問だ。ハイドが使う妙な薬について、何か知っているコトは?」
「薬? いったい何の話だ? マリファナのコトか?」
「知らねえのか? 一味を脱走した連中が飲まされたハズだぜ」
「そういえば、ジョセフ・ハーパーが死に際に、妙なコトを口走ってたわね。ハイドに何かされたとかなんとか――」
「チョット待て! ハイドのコトも気になるが、それよりてめえこのクソアマ! ジョーの死に際だと?」
「あ、そこ気になる? 気になっちゃう? 実を言うと、アタシがこの手でぶっ殺してあげちゃったわ!」
ソーヤーは言葉にならない罵声をジョーに浴びせかけた。見たところ、薬についてトボけている雰囲気ではない。だいたいトボける理由もない。どうやら本当に何も知らなそうだ。何度も試しているうちに、ハイドの手際が上達したというコトだろうか。
エドワーズは、ジョーに向けていた銃口を下ろす。「待たせたなジョー・マーチ。こっちの用は済んだ。あとはてめえの好きにしろ」
「言われなくてもそうさせてもらうわ」するとジョーは待ちきれないとばかりに、デリンジャーの弾丸をソーヤーの脳天へ叩き込んだ。
「容赦ねえなァおい……おまえには人情ってもんがねえのか?」
銃口から立ちのぼる煙を息で吹いて、「どうせこの男は縛り首よ。公衆の面前でクッサい糞尿を垂れ流しながら死ぬなんて、そんなみじめな最期よりは、銃殺のほうが慈悲深いと思わない? それに、ほかの死体といっしょに狭い荷馬車へ乗せられるなら、生きているより死んでいたほうが、きっと本人にとってもマシだわ。――ああ、ところで、コイツらの死体を荷馬車に詰め込むの手伝ってくれたら、賞金一割くらいは払ってあげてもいいけど、どう?」
「あいにくだが、オレたちはこれから先を急ぐんでな」
「そうね。早いものが勝ちだから、急いだほうがいいわよ。アタシもここの事後処理が終わったら追いかけるし」
「エドワード・ハイドはイングランド人だ。南軍とは関係ねえ」
「それが何か? 両親の教育の賜物でね、好き嫌いも選り好みもしない主義なの。それにイングランド人は、敵か味方で言えば敵だし」
「……ヒューストンでソーヤー一味の居所について聞き込みしてたら、たまたまおもしろいうわさが耳に入った」
「イキナリ何の話?」
「ジェシー・ジェームズは知ってるだろ? クアントリル・レイダースの元メンバー。ヤツがある日モルモン教の牧師を殺したとき、何か言い残す言葉はあるか訊いたら、牧師はこう答えたそうだ――『|愛するリトルウィメン、おまえたちが救いを確信するよう祈る《Dear Little Women,I pray that you're certain of salvation.》』」
そう告げたとたん、ジョーの目の色が明らかに変わった。
おそらくジェシー・ジェームズ自身知らなかったのだろうが、モルモン教に牧師は存在しない。つまり殺された男はモルモン教徒ではありえないし、彼自身そう名乗ったワケでもなかっただろう。では、なぜジェシーがそんなカンチガイをしたのか。それはモルモン教が一夫多妻制だからだ。little womanは俗に「うちの嫁さん」を意味する。したがって牧師が複数形のlittle womenと言ったコトから、一夫多妻のモルモン教徒だと思い込んでしまった。しかし、本当は字面そのまま「
また「
そして南北戦争の際、ジェシーは南軍のゲリラ部隊所属、ジョーの父は北軍の従軍牧師だった。とすれば、ジェシーに殺された牧師がジョーの父だとしても、何ら不思議ではない。しょせんカンの域を出なかったが、彼女の反応を見るかぎりどうやらアタリのようだ。
「今の話、デタラメじゃアないでしょうね? ウソだったらタダじゃおかない。アンタのキンタマをダイナマイトで吹っ飛ばしてやる」
「ジェシー・ジェームズが本当に父親のカタキかどうかは、ヤツに会って直接確かめてみたらどうだ?」
「ヤツの居場所も知ってるの? ――ああ、そっか。それがアタシにハイドから手を引かせる交換条件ってコトね」
「いいや。オレは女を焦らして苦しませるようなマネはしねえ。ジェシー・ジェームズは今、アイオワ州の農家にかくまわれてる」
ジョーはいぶかしげに、「……いったいどういうつもり? そんなカンタンに切り札を手放したりして」
「わざわざ取引しなくても、この情報を聞いちまったら、おまえさんはいてもたってもいられずアイオワへ向かうだろう。ハイドなんかにかまってるヒマもなく、な。つまりそういうこった。ああそれと、もしかしたら知ってるかもしれねえが、一年前にアイオワ州コリドンの銀行から依頼されて、オレたちピンカートン探偵社も連中を追ってる。今の情報は同僚にも伝えたから、急いだほうがいいぜ」
「……ヤッパリ、死体を荷馬車に積み込むの手伝ってくれない?」
「それはあいつらにでも手伝ってもらえ」遠くから複数の馬蹄の音が近づいて来た。騎兵隊だ。ようやく応援に駆けつけたようだ。
指揮官とおぼしき男は、死体の山を見るなり顔をしかめ、「この惨状はいったいどういったワケだ?」
ジョー・マーチは得意げに、「このアタシ、賞金稼ぎジョー・マーチが悪党どもに天誅をくらわせてやったのよ。全部アタシのひとりの手柄よ。懸賞金も全部アタシのもの。オーライ?」
「おまえひとりで? そっちの男三人は仲間ではないのか」
「いや、われわれは――」名乗り上げようとするマイクロフトを、エドワーズは手で制する。さすがに国の正規軍へ向かって、バカ正直に正体を告げるのは下策だろう。だまっておいたほうがいい。
「オレたちはピンカートン探偵社から派遣された者だ。オレはリーダーのバーディ・エドワーズ。守秘義務があるので詳しくは話せないが、ソーヤー一味のメンバーであるエドワード・ハイドを追っている。アンタらここへ駆けつけるより前に、ソコロでオトリの別動隊三名と戦って来たんだろ? そのなかにヤツがいたハズなんだが」
「ナルホド。エドワード・ハイドなら手配書で見たコトがある。われわれはオトリのうち二名を仕留めたが、そいつらは違ったぞ。たぶん取り逃がした一名がハイドかもしれん。負傷してかなり出血しているようだったから、そんなに遠くへは逃げられないだろうが」
「ヤツがどの方角へ逃げたかわかるか? メキシコ国境?」
「いや、われわれがそうはさせなかったからな。ヤツはしかたなしに北へ逃げていった。おそらく州境を越えて、ニューメキシコ準州へ逃れるつもりだろう。」
「そうかい。教えてくれて助かったぜ。ところでアンタの名は――」
「まだ名乗っていなかったか。私はアメリカ陸軍第四騎兵連隊隊長、ラナルド・S・マッケンジー大佐だ」
その名を聞いたエドワーズは、反射的に彼の右手を確かめると、指が二本欠けているのがわかった。「まさかあの、ラナルド・スライデル・〝バッドハンド〟・マッケンジーか?」
「いかにも。または〝ノーフィンガー・チーフ〟・マッケンジーだ」
「こいつはおどろいたぜ。グラント将軍も認めた
「申し訳ないがことわらせてもらう。一度応じるとキリがない」
おべっかを使いつつ、エドワーズは内心ヒヤヒヤしていた。ラナルド・マッケンジーといえば、規律に厳しいコトでそれはもう有名だ。もし英国へ賞金首を引き渡そうとしているなどとバレたら、最悪その場で銃殺されかねない。ここはさっさと退散するにかぎる。
エドワーズは礼儀正しく敬礼して、「大尉殿、ご協力感謝します。それじゃあオレたちは先を急ぐので」
三人は馬車に乗り込むと、東へ向かって出発した。今度こそ間に合ってみせると、決意も新たにして。
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