008
トム・ソーヤーは半年前から時間をかけて、今回の銀行強盗を入念に計画してきた。なにせひさしぶりの大仕事になる。はじまりは、ターゲットである銀行の隠し金庫を作った職人と、とある酒場で運よくお近づきになれたコトだ。職人を調子に乗らせてどんどん酒を飲ませ、泥酔させてからさまざまな情報を訊き出した。
何でもエル・パソにあるその銀行には、強盗に奪わせるオトリの金庫とはべつに、隠し金庫を戸棚として偽装してある。その見た目と設置場所について詳細に教わった。金庫ではないように一見カモフラージュしてある半面、バレてしまえばセキュリティ的にはむしろ甘くなっている。外壁を挟んですぐ向こう側に置いているというから、ダイナマイトで壁を吹き飛ばしてしまえば即ご対面。あとは馬車に載せてズラかるだけ。念のため客を装って銀行を下見し、隠し金庫の場所と銀行全体の間取り、常駐している警備の人数を把握した。
エル・パソの街はメキシコ国境と、ニューメキシコ準州の州境に接しており、追っ手をまくのはむずかしくない。とはいえ油断は禁物だ。保安官事務所には、保安官と何人の保安官助手が待機しているか。街の電信局にはふだん何人が詰めているのか、電信ケーブルはどこを走っており、またどこの地点で切断するのが一番やりやすいか。電信が通じなくなれば、早馬を飛ばして応援を呼びにいくだろうが、それを完全に妨害するのはムリだろう。近くの駐屯地から騎兵隊が駆けつけてくるまで、具体的にどのくらい時間がかかりそうか。また万が一逃げきれず戦闘となったばあい、武器弾薬は最低限どれだけ用意しておけば対抗できるか。少しでも逃げる時間を稼ぐため、オトリとして別動隊を数人用意し、本命よりも早いタイミングで、離れた町で強盗騒ぎを起こすコトも考えている。
しかし、何よりそれ以前に、せっかく上手いコト強盗を成功させたとしても、そもそも預金が少ないのでは意味がない。一ヶ月のうち預金がもっとも多くなるタイミング、ようするに街の商売人連中がこぞって売り上げを預けたあとが狙い目だ。それを把握するだけでは満足せず、近隣に一味の人間を送り込み、「あそこの銀行は大きいからつぶれる心配はない」「よそと比べて金利が高い」「警備が厳重だから強盗も裸足で逃げ出す」といったうわさを流させた。ここまで銀行の顧客獲得に貢献したのだから、いくらか分け前をいただいても文句はないだろう。むしろ感謝してほしい。
そうして完璧な計画を練り上げて来たトム・ソーヤーだったが――決行をひかえて、彼は想定外の事態に見舞われていた。
どういうワケか、一味から脱走者が大量に出始めたのである。しかもそういった連中のなかには、あろうことかあのジョー・ハーパーまで含まれていた。
「ジョーのヤツめ……何もだまって出てかなくったっていいじゃねえかよォ……俺が許さねえとでも思ってたのか? もし本気で一味を抜けたかったなら、俺はおまえの意志を尊重したってのに……」
ソーヤーは筆舌に尽くしがたいほど精神的なショックを受けたし、一味の戦力的にもジョーの抜けた穴は大きかった。けれども、ここはあえて今度の銀行強盗計画にかぎって言及すると、手先が器用なジョーは金庫の解錠役でもあったのだ。彼がいなければ、たとえ金庫を盗み出せても肝心の中身が手に入らないではないか。とはいえ、金庫のコトは終わったあとで考えても、ひとまず問題ないだろう。風のうわさによれば、アーカンソー州のエルモアに凄腕の金庫破りが住んでいるという話だから、ひとまずソイツをアテにしておくとしよう。
単純に人手が減ってしまったのはかなり痛手だが、まだ現状の人数でも計画はギリギリ実行可能だ。ここはむしろ、分け前が増えたと素直によろこんでおこう。しかし、さすがにこれ以上一味のメンバーが減ってしまうのは、さすがに困る。逃げた連中から計画がもれてしまうおそれもあるし、悪影響を受けて残った仲間の士気も下がりつつある。これ以上、計画を遅らせるワケにはいかない。
とはいえ、脱走を防ぎたくても、その原因がわからなければどうしようもない。脱走したヤツのひとりを捕まえて尋問してはみたものの、「もう悪事からは足を洗う」だの「これからは善良に生きる」だの、まるでイエスに目をくらまされたサウロみたいにご託を並べるだけで、まったく要領をえなかった。べつにマリファナを吸いすぎたワケではないようだし、何が何だかまるで理解不能だ。
――いや、ソーヤーにもひとつだけ、思い当たるフシがないでもない。ハッキリした確証はないものの、考えてみれば脱走者が出始めたのは、あのイングランド人の若造――エドワード・ハイドを一味に加えてからではないだろうか。時期だけ見れば符合するし、それ以外にこれまでと変わった出来事はなかった。
ハイドはイングランド人でありながら、アイルランド独立のために異国の地で奔走しているのだという。彼がニューオーリンズで騒動を起こしたのもそれが動機だし、ソーヤー一味へと加わりたがったのも、稼いだカネを独立運動の資金にするためだとか。今どきめずらしく、実に見上げた若者ではないか――とソーヤーは思っていた。ソーヤーも先の戦争では故郷とアメリカ連合国のために戦い、今や亡国の敗残兵となった身としては、ハイドの境遇には親近感をいだかざるをえなかった。しかし、それが失敗だったのかもしれない。
ソーヤーはハイドをアジトの自室へ呼び出した。ふたりきりで面と向かって話すためだ。そして場合によっては――ソーヤーはピストルの弾倉に、銃弾がチャント装填されているのを確認する。
「おかしら、話ってのは何ですかい? 今度の銀行強盗の件ですか」
ハイドの容姿には、どこか不愉快で嫌悪感をかき立てる何かがある。見た目でひとを判断する愚は犯すまいと思っていたのだが、その直感を信じるべきだっただろうか。今さら後悔しても遅いが。
「……話ってのはアレだ。知ってのとおり、近ごろ一味から脱走者が何人も出。ハイド、おまえは何か原因に心当たりがねえか?」
「心当たりですかい? へえ、そうは言われましてもねェ……あいにく俺は、一味に入ってまだまだ日も浅いですし、ふだんと比べて何が異常で、何が異常じゃないかも正直よくわかりませんわ」
「その言葉はホントか? ウソついちゃアいねえだろうな?」
「いやいや、どうして俺がウソなんかつかなきゃならな――」トムに不意打ちでほおを思い切りぶん殴られて、ハイドはぶざまに床を這いつくばった。「グゥ――イキナリ、何をッ」
「まったく……俺様としたコトが、気づかねえうちにヤキがまわってたみたいだぜ。てめえごときのウソを見抜けずにいたとはな」
「そんな、言いがかりですって。何を根拠にそんな」
「いいやハイド、てめえはウソをついてる。思い返してみりゃ、てめえとチャント目を合わせてみたのは初めてだ。自覚はなかったが、俺のほうから無意識に視線をそらしてたみてえだ。だが、目と目を合わせて話してみて、よォくわかったぜ。ハイド、てめえが大ウソつきだってな。なぜならてめえのその目に、俺は見覚えがある。鏡に映った、ガキのころの俺だ。コトあるごとに、いつも魔が差してウソをついちまうワルガキ。てめえはまるで、まだ善悪の区別がつかねえ、ただただ純粋に邪悪で無邪気なワルガキそのものだ」
ハイドは血とともに折れた奥歯を吐き出して、「おかしら、アンタはなかなか鋭い感性をお持ちですな。純粋に邪悪で無邪気とは言いえて妙。しかし、善悪の区別がつかないってのは間違いでさァ。いったい何が善で何が悪か、おそらくこの世の誰よりも、俺はそのコトを理解している。そしてそのうえで、俺は悪の道を突き進んでいる――いや、悪しか選べないんですよ。今のこの俺はね」
するとソーヤーは楽しげに笑い、「ようやく本音が出たな。メッキがはがれかけてるぜハイド。この厚化粧野郎が」
「ようするに、俺を試したってワケですかい?」
「正直アテが外れた。てめえは脱走者の件について、まだ肝心なコトを何ひとつ白状しちゃいねえ。……だが、そんなささいなコトはもうどうでもいい。確信した。てめえは危険すぎるぜハイド。俺のカンがそう告げている。てめえを見てると、俺が知るかぎり最低最悪の悪党、インジャン・ジョーを不思議と思い出す」
「おかしらが前に話してた、まぬけな悪党のコトでしたよね」
「ああ。てめえとはまったく、これっぽっちも似てねえってのにな。さて、本来ならこの場でてめえを始末するか、もしくは一味からたたき出すところだが――あいにくてめえのせいで、うちの盗賊団は大仕事を前に人手不足だ。今は猫の手でも借りたい」
「いいんですかい? まァべつに俺は、何もやましいコトなんかやっちゃいませんがね。汚名返上のチャンスがもらえるなら歓迎だ」
「好きなだけしらばっくれてろ。てめえには今回、特別な任務を与えてやる。名誉に思え。万が一くたばったら二階級特進させてやる」
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