006
マイクロフト・ホームズとピンカートン探偵社一行は、つぎにテキサス州ヒューストンへと訪れた。ソーヤー一味の活動している範囲で、とりあえずテキサスが一番近かったからだ。
かつてテキサス共和国の首都でもあったヒューストンは、州内でも一、二をあらそう大都市だ。現在は南部有数の綿花集積地であり、輸出拠点になっている。州内陸各地からの貨物は鉄道でテキサス州で合流し、ガルベストン港やボーモント港から外洋へと運ばれていく。
テキサス州には保安官事務所とはべつに、テキサス・レンジャーという独自の法執行組織があったのだが、南北戦争のゴタゴタで今は実質活動していない状態だ。その点、エドワーズたちにとって不幸中の幸いと言えるだろう。やっかいなライバルがひとつ減ってくれた。
とはいえ、あまりノンビリ構えているワケにもいかなくなった。街に到着して、その日の新聞を読んだエドワーズたちは目が飛び出そうなほど仰天した。そこにはソーヤー一味の幹部、ジョセフ・ハーパー殺害の一報がデカデカと載せられていたからだ。
「ふん、やったのはジョセフィン・〝ジョー〟・マーチか。メンドくせえヤツが競争相手になっちまったな……」
「いったい何者なんです?」
「ピューリタンの使命感で悪党をぶっ殺しまくる女ガンマンさ。そのプロフィールと見た目でわりと人気がある」
賞金稼ぎには二種類いる。単にカネが欲しいヤツと、合法的に殺しがしたいヤツ。ジョー・マーチは圧倒的に後者だろう。父親の仇討ちという名目で、賞金首を殺しまくっている。もっとも、最初はどうだったかは知らないが、三面の特集記事を読んだかぎり、今では相手が元南軍兵かどうかも関係なく、賞金首を仕留めてまわっているらしい。ゆえにハイドの懸賞金以上を支払って身柄を譲り受ける、といった手は通じない。純粋に獲物を奪い合うしかないだろう。
マイクロフトは心底感心したような、それを通り越してあきれ返った様子で、「それにしても、アメリカでは女でも賞金稼ぎなんてぶっそうな仕事に就けるんだな。さすが自由の国というべきか。英国人ではとても真似できそうもない」
「いや、賞金稼ぎで女ってのはさすがにめずらしいほうだ。どっちかっていうと、無法者の女ガンマンはけっこう多いけどな。盗賊の情婦とかで。ジョセフィン・マーチや、コーデリア・フィッツジェラルドみたいな女商人は例外中の例外だぜ。この国の女にも自由なんてねえ。ある意味じゃア奴隷みたいなもんだ」
「アメリカはみんな平等だって聞いてたんですけどね」と新十郎。「実際こっち来てみて、正直失望しましたよ。日本とたいして変わらない。まァそれ以上に、西部のこの野蛮なありさまのほうが衝撃的ではありましたが。ペリーが黒船で来たときは、いったいどんなに進んだ文明国なのかと思っていたのに。例の岩倉使節団はそのあたりの現実に目もくれず、大陸間横断鉄道でさっさと素通りしたようですが――と、話がそれちゃいましたね。同じジョーでも、今はジョー・ハーパーのほうが重要です。新聞に書いてあるとおり、ヤツがソーヤー一味を抜けたというのは本当なんでしょうか?」
「にわかには信じられねえ話だぜ。トム・ソーヤーとジョー・ハーパーが幼馴染で無二の親友ってのは、この西部じゃア有名な話だ。たとえ天地がひっくり返ろうと、太陽が西から昇って東へ沈もうと、ふたりが仲たがいするほうがありえねえってな」
「ですが事実だとすると、いったい何があったんでしょう……」
街で聞き込みしてみると、さらなるうわさが舞い込んできた。ジョー・ハーパーだけにかぎらず、ここ数週間でソーヤー一味を抜けた者が、なんと全体の半数近くもいるというのである。盗賊団がふたつに分裂したというのならまだ理解できるが、そういうワケではなく、みなてんでバラバラに脱走しているらしい。
原因として思い当たるのは、やはり一味にハイドが加入した以外考えられない。ヤツが例の薬を、ソーヤー一味の連中にも使ったのではないか。けれども、シカゴやニューオーリンズでのハイドのおこないからすると、一味にさらなるメンバーが増えるのならばわかるが、どんどん減っていくというのでは、まるでアベコベだ。いったい何が目的なのかサッパリわからない。
むろん一味の人数が減ってくれるのは、エドワーズたちにとっては好都合だ。敵が少なければ、ハイドを生け捕りにもしやすくなるだろう。それに脱走したヤツを捕まえて尋問すれば、一味のアジトの場所や、次に狙っている標的がわかるかもしれない――もっとも耳に入ってくる情報は、ジョー・ハーパーと同じく賞金稼ぎに殺された連中の話ばかりだったが。
また、ある意味で嫌がらせかと思うほど、ソーヤー一味とはべつの大物賞金首に関するネタが出てくるコトもあった。
「聞いておどろけ。ここだけの話……あのジェイムズ=ヤンガー・ギャングだが、今はアイオワ州に潜伏しているらしい」
「へえ、そいつはまたすげえビッグニュースだ……」
ジェイムズ=ヤンガー・ギャングと言えば、かつてトム・ソーヤーたちと同じく、クアントリル・レイダースに所属していた無法者の一団で、凶悪性ではソーヤー一味をはるかに上回る。なかでもジェシー・ジェームズが有名だ。あと、情報を教えてくれた肉屋の主人は、得意げにこんな話もしてくれた。
「ある日ジェシーのヤツが、モルモン教の牧師をぶち殺したときのコトだ。『最期に言い残すコトはあるか?』とジェシーが尋ねると、『|親愛なる妻たちよ、おまえたちが救いを確信するよう祈る《Dear Little Women,I pray that you're certain of salvation.》』と牧師は告げた。それを聞いたジェシーは、こう返した――『心配しなくても、モルモンのお仲間がまとめて救ってくれるだろうぜ』だってさ! どうだ、おもしろいだろ?」
「…………」
「アレ? おもしろくない? おかしいな? 町のみんなはこのネタを話すと、いつも大爆笑するんだが」
そんなこんなで、彼らの役に立つ情報は、まったく手に入らなかった。そろそろヒューストンでの情報収集は切り上げて、次はダラスかサンアントニオにでも向かってみようか、と考えはじめていたそのとき――三人は街の広場で謎のひとだかりに遭遇した。何事だろうかと思って馬車を寄せてみる。
ひとの輪の中心にいたのは、仰々しい燕尾服を身にまとい、シルクハットをかぶった初老の紳士だった。肩に一羽のカモメが留まっている。そばにはシカか何かに似た生き物がいて、尻の部分にはなぜか布をかぶせてあり、そこが奇妙に膨らんでいた。助手とおぼしきインディアンの少年――
紳士は聴衆に向かってうやうやしくお辞儀をして、「ハロー・ヒューストン。私はイングランドのパドルビーからやってまいりました、旅の博物学者で医学博士の、トーマス・スタビンズと申します。そちらの利発そうな少年は私の助手で、モーグリ・メシュア君。それから私の肩に留まっているかもめは、ジョナサン・リヴィングストンです。どうぞみなさんお見知りおきを。
私はメシュア君と同い年くらいのころから、偉大なるわが師ジョン・ドリトル博士とともに、世界じゅうを旅してまいりました。自慢ではありませんが、誇張でも何でもなく、この地球上で私が行ったコトのない国など、ひとつたりとも存在しないと言っても過言ではないでしょう。むしろ私は地球から脱出して、あの空に浮かぶ月へと昇ったコトさえあるのです。もちろん信じるか信じないかは、みなさんのご自由ですが。なにせここは自由の国ですからね。
さて、本日テキサスのみなさんには、世にも珍しい生き物をごらんにいれたいと思います。こちらのシカに似た動物は、かつて偉大なるジョン・ドリトル博士がアフリカのジャングルの奥地から連れ帰ったもので、その名をチュツテキと言います。あるいはプッシュミープルユー、オシツオサレツ、ボクコチキミアチなどとも呼ばれ、一説によればあの一角獣の末裔とも言われる、それはそれは大変めずらしい幻の生き物なのです。百聞は一見にしかず、彼の何がどうスゴイのかと申しますと――」
スタビンズはチュツテキの尻にかけられていた布を、いきおいよく取り払った。すると下から、なんともうひとつの頭が出て来た。それを見た見物人たちが、いっせいにどよめく。
「ごらんください。カラダの前後に――どちらが前でどちらがうしろかは不明ですが――頭がふたつあるのが、おわかりになりますでしょうか。ごらんのとおり、けっして作り物などではありません。まぎれもなく、どちらもホンモノの頭なのです。チャント頭蓋骨のなかに脳みそも詰まっていますよ。
地獄の番犬ケルベロスよりは頭がひとつ少ないですが、かの番犬と同様に、片方の頭が眠っているあいだも、もう片方の頭は起きているコトができます。またエサを食べるときも片方が周囲を警戒するコトで、敵に襲われないよう用心するコトができます。また、脳髄がふたつあるだけ、チュツテキは非常に知能が高い動物です。――メシュア君、例のモノを」
「ハイ先生」
助手のインド人が取り出したのは大きなカゴと、ヒモのつながった棒が一本、それとリンゴが一個だ。それを使ってよくある罠を作った。リンゴを取ろうとすると、猟師がヒモをを引いてカゴが落ち、獲物がカゴのなかに閉じ込められるというアレだ。
チュツテキはつっかえ棒を器用にくわえると、そのままカゴを弾き飛ばし、みごとリンゴを手に入れた。さらにそのリンゴの上で玉乗りまでしてみせたのだった。拍手喝采が巻き起こり、人々はスタビンズの脱いだシルクハットのなかへ、次々とコインを投げ込んでいった。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 実は今度、ドリトル先生との冒険を記した回顧録を、英米両国で出版する予定なのですが、そちらもぜひお読みいただければ幸いです!」
深々と観客へお辞儀をするスタビンズのもとへ、ひとりの利発そうな少年が駆け寄っていった。モーグリが止めようとするのをスタビンズが視線で押さえる。「坊や、楽しんでくれましたか?」
「スタビンズ博士! スタビンズ博士は世界じゅうを旅して、いろんな動物たちに会ったんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「今まで見たなかで、一番大きかったのって何?」
「ファスティトカロンですかね。とても大きなウミガメでして、ノアの大洪水の時代から生きていたんです。それから、月の巨人オーソ・ブラッジもかなり大きかったですよ」
「すごーい! じゃあ! じゃあじゃあ、竜には会ったコトある?」
「竜ですか……さすがにまだ竜に会ったコトはありませんね。ドリトル先生は私が助手になるより前、ピィフィロサウルスという竜と会ったそうですが。キミは――えっと、キミの名前は?」
「クインシー! クインシー・P・モリス! PはただのPだよ!」
「ではモリス君ですね。モリス君は竜に会いたいのですか?」
「うん! ボクは大人になったらねえ、竜退治するつもりなんだ! あの英雄ジークフリートみたいにね!」
「そうですか、ジークフリートみたいになりたいと。私のばあいはどちらというと、シグルドですけれどね」
「シグルド?」
「いえ、なんでもありません。私もいつか、竜と会ってみたいものです。いえ、何も竜だけにはかぎりません。ほかにも白鯨ことモービィ・ディックや、数年前に世間を騒がせた謎の巨大イッカク、北極点に生息するという謎の野蛮人――私の出会ったコトのない動物たちが、世界にはまだまだたくさんいますからね」
「うちの牧場にもねェ、牛がたくさんいるんだよ! 馬と羊もいるよ! あとは豚とォ、鶏ィ! 見たい? ねェ、見たいよね?」
「……お誘いは大変ありがたいのですが、二時間後の汽車でウィスコンシン州へ向かう予定でして。あのあたりに生息するという幻の動物を捜索するんです。ハイドビハインドにローパライト、ティーケトラー、アックスハンドル・ハウンド、陸上ます、グーファング、グーファス鳥、ピナクル・グラウス、そしてきわめつけは巨人ポール・バニヤン! いやァ今からもうワクワクしますねェ」
「そっかァ……ザンネン……でも、気が向いたらいつでも来てね」
「ええ。いずれ機会があれば。そのときを楽しみにしています」
クインシー少年と別れると、スタビンズはシルクハットのなかに集まったコインを一枚一枚、せっせと数え始めた。「しめしめ、これだけ稼げばさすがにダブダブも文句を言わないだろう――」
「スタビンズ先生。先生に話をうかがいたい、というかたがたがいらっしゃっていますが」
「オヤ、どなたですか? 新聞記者? それとも地元の博物学者?」
「トーマス・スタビンズ博士、私はスコットランドヤードのマイクロフト・ホームズ警部補と言います。こちらのふたりは、ピンカートン探偵社のバーディ・エドワーズとシンジューロー」
「そうですか。いや、まさかアメリカでスコットランドヤードの刑事さんに会うとは思いませんでした。バカンスですか?」
「いえ。あいにくと仕事です。もっとも、あなたに会えたのは偶然ですが。実のところスタビンズ博士、われわれスコットランドヤードはこの一年ほど、ずっとあなたを捜していたんです」
「それは申し訳ありません。なにしろ、ほぼ一年じゅう世界のあちこちを飛びまわっているもので。そろそろいったんパドルビーの自宅へ帰ろうかとは思っていたのですが。それで、刑事さんが私に何のご用でしょう? ……まさかご用なんてコトはありませんよね? 一応、警察のご厄介になるようなマネをした覚えは――」
「ええ。キツネ狩り真っ最中のフィールドへ乱入し、逆にキツネをけしかけて、ドリンコート伯爵ほか貴族のかたがたを襲撃した件につきましては、証拠不十分ですのでご心配なく」
スタビンズは額に冷や汗を浮かべて苦笑いし、「イヤですね。いったい何の話をしているのか、私にはサッパリですが」
「ですからご心配なく。今回はあくまで別件です。スタビンズ博士は確か、ヘンリー・ジキル博士と親しかったと聞いています」
「ハリーでしたら、ええ、彼とはダラム大学の同期です。もっとも、私は飛び級だったので年下でしたが。彼が何か?」
「……もしや、何もご存じないのですか? まいりましたね」
「彼とはもう何年も連絡を取っていませんし、さっきも言ったようにほとんど海外にいたので。……ハリーに何かあったんですか?」
マイクロフトはジキル博士の失踪について、要点をかいつまんで教えた。自分がハイドを追ってアメリカまで来たコトも。
「そうでしたか。まさかハリーがそんなコトになっていたとは……」
「失礼ですが、あまりおどろかれていないように見受けられます」
「白状とお思いかもしれませんが、べつに意外とは思いません。学生時代のハリーを知っている人間ならば、たとえ彼がハイドのような怪しい人物と付き合っていても、不思議には思わないでしょう」
「確かにおっしゃるとおり、ジキル博士の若かりしころに関して、よからぬうわさはありました。それについてもぜひ、スタビンズ博士から詳しく話をお聞きしたいと思っていたのです」
「ハリーの名誉に関わるコトですので、本人以外の口から勝手に語るべきではないと思いますが……状況が状況なようですし、さわり程度なら神も許されるでしょう。もっとも、私はエドワード・ハイド氏なる人物については何も知りませんし、お教えできるのはあくまで、ハリーの学生時代のコトだけです。それでかまいませんか?」
「ええ。どんなささいな情報が役に立つかわかりませんから。われわれがこうして出くわしたのも、きっと天の采配ではないかと」
「ええ、そうですね。私もそのように思えてなりません」
スタビンズは逡巡しつつも、ゆっくりと過去を語り始めた。
「ハリーはもともと、マジメで純朴な青年でした。それは私も同様ですが。ただ、田舎から出て来て世間知らずなだけだった私と違い、ハリーは厳しい両親に抑圧して育てられ、それを不満には思いつつも、禁欲的な生き方しか知らないので、道を外れようにも、道以外の場所も歩こうと思えば歩けるというカンタンなコトさえ、彼は知らないようでした。ゆえに一度悪い遊びを覚えてしまうと、ハリーはあっというまに堕落してしまいました。酒、タバコ、女、ギャンブル、アヘン、そしてソドミー――それこそ、遊びを教えた当のジャスさえあきれていたくらいです。もっとも、少年はいずれ大人になるもの。やがてハリーも分別と自制心を身に着け、無事に大学を卒業できたワケですが。以降、悪い遊びからはいっさい手を引いたと聞いていましたが、歳をとるにつれて昔が恋しくなったのでしょうかね。ふたたびハイドのような悪い人間と付き合うようになった、と。たいした昔話ではありませんでしたが、捜査の役に立ちそうですか?」
「それは捜査が進めば、おのずと明らかになるでしょう。ところで一応お尋ねしておきますが、ジキル博士に悪い遊びを教えた、そのジャスという人物について教えていただいても? そういう方面でジキル博士と親しかったなら、ハイドのコトも何か知っているかもしれません」
「あいにく、ジャスとは卒業以降まったく交流がなかったもので、住んでいるところも連絡先も知りません。自分のコトをあまり話したがらないタチだったので、出身地および家族関係さえなにひとつ。ハリーとは、わりと最近まで手紙のやり取りをしていたのですがね。ハリーが住んでいたロンドンの自宅にも、一度訪れたコトがあります。レスタースクエアにあるあの屋敷は、今からおよそ百年前、医学に革命を起こした伝説の外科医にして解剖学者、ジョン・ハンター博士の所有していたものでして、彼が集めた貴重な標本の数々が、まだいくつか遺されていて――おっと失礼、話がそれました」
「ジャスというのは愛称ですよね。あまり耳慣れない響きですが」
「海賊ジェームズ・フックをご存じですか? あのジョン・シルバーがおそれた、ただひとりの男です。フック船長はJas.Hookと署名していたので、彼もそれをマネしてみたのだそうです」
「つまり正式には、ジェームズという名前ですか」
「ハイ。フルネームはジェームズ・モリアーティです」
スタビンズがその名を告げた瞬間、マイクロフトがひそかに息を詰まらせたのを、エドワーズは目ざとく見逃さなかった。知っている名前だったのだろうか。何かおそれているようにも見えた。
「そういえば、写真がありますよ。学生時代に三人で撮ったものです。何だったらお見せしましょうか?」
「――え、ええ。よろしければおねがいします」
すると、てっきりふところから写真が出てくるのかと思いきや、スタビンズは肩に留まっていたかもめのジョナサンのほうに目を向けて、突然かもめのモノマネをしはじめた。あの港町と水平線を思い起こさせる鳴き声をしたかと思えば、両手を翼のようにバタつかせたり、燕尾服をしっぽのように振ってみせた。さながら狂人のよう。その異様な光景にみな、あっけにとられざるをえなかった。ただひとり、助手のモーグリだけが平然と眺めている。
そうこうしているうちに、かもめのジョナサンは東北東の空へ飛び去って行った。すぐに姿が見えなくなる。
「あのゥ……スタビンズ博士? 今のはいったい何を」
「お気になさらず」
と、東北東の空から、すぐにジョナサンが戻って来た。ただしその足に、何か板のようなものをつかんでいる。よく見ると、それは写真立てだった。スタビンズはまたかもめの鳴きマネをして――お礼でも告げたのだろうか? いやまさか――その写真立てを受け取った。
「お待たせいたしました。こちらが例の写真です」
「待ってください。いったいどこから持って来させたんですか?」
「もちろん、パドルビーにある自宅からですが? 書斎の机に飾ってありましたので それが何か?」
「いやいや、ご冗談を。いくら何でも早すぎるでしょう」
「ドリトル先生は昔、アフリカのファンティッポ王国で、ツバメを使った郵便局を開きました。ファンティッポからアラバマまで半日で往復する、当時最速の郵便制度でした。しかし、かもめはそのツバメの速度を、はるかにうわまわっているのですよ」
「さすがに限度というものがあります。今のはヘタをしたら、電信よりも速いではありませんか」
「偉大なるかもめの一羽なら、この程度は朝飯前ですよ。そんなコトより、今は写真をごらんください」
スタビンズにうながされて、マイクロフトたちは写真を覗き込んだ。そこには若く活力に満ちあふれた、三人の若者が写っている。
「おわかりでしょうか? まんなかにいるのが私です。その左にいるのが、ハリーことヘンリー・ジキル。そして、右側で私の肩に手を置いているのが、ジャスことジェームズ・モリアーティですよ。……オヤ? みなさん、どうかしましたか?」
写真のなかで不敵にほほえむその青年を見て、三人ともそろって絶句していた。マイクロフトにいたっては、まるで幽霊でも目撃したように、顔から血の気が引いて蒼ざめている。
「……彼が、ホントにジェームズ・モリアーティなんですか?」
スタビンズはいぶかしげに、「そうですが、何か問題でも?」
彼らは自分たちの目を疑った。そこにはありえない人物が写っていたのだ。しかし、いくら見直しても写真に変化はない。
――若きジェームズ・モリアーティの姿は、同一人物と言っていいほど、あのエドワード・ハイドと酷似していた。
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