005

 テキサス州アマリロにある一軒の酒場。西部の酒場では基本的に、宿と賭場と娼館を兼ねているコトが多い。ゆえに荒くれ者のたまり場となるのが常だ。またアマリロ北部に隣接する細長い空白地帯ノーマンズランドを抜ければ、すぐにカンザス州かコロラド準州内へ出られるため、州管轄の治安維持組織から逃れやすいという大きな利点があり、無法者たちからは大変重宝されていた。

 ――もっとも、彼らを追う賞金稼ぎからすれば、そこは入れ食いの漁場も同然なのだが。

 ジョセフィン・〝ジョー〟・マーチが酒場の店内に足を踏み入れると、それに気づいた客たちは奇異の目で彼女を眺めた。若い女が男みたいに髪を短くし、おまけにガンマンの格好なんてしていたら、誰だって怪訝に思うだろう。よく見れば女顔の華奢な男というワケでもなく、肢体は丸みを帯びて膨らむところは膨らみ、くびれるところはくびれている。正真正銘の女だ。むしろその男みたいな出で立ちで、よりいっそう女らしさが際立っていると言える。

 彼女に、酒に酔ったチンピラがからんできた。「なんだァ? ここはお嬢ちゃんみたいなのが来るトコじゃねえんだ。ミルクなんざ置いてねえぞ。ほら、とっとと帰んな帰んな」

「お、おい、バカやめろって! そのアマは――」

「それともォ? お好みだったら、俺様自家製のミルクならタップリ飲ませてやってもいいんだぜ?」

「ワイン樽をぶち壊して、ワインを浴びるように飲んだコトある?」

 そう問いかけるいなや、ジョーはナイフを抜いてチンピラの股間を容赦なく突き刺した。チンピラは股間から大量に出血し、けいれんして口からは泡を吹きながら、床に崩れ落ちる。

「ミルクを飲ませてくれるんじゃなかった? 楽しみにしてたのに」

 このチンピラも賞金首なのには気づいていたが、しょせん少額のザコだし、とりあえずこのまま放っておこう。本来の目的に移る。

 ジョーは店内を見まわし、捜している顔が見当たらないとわかるや、ドカドカと階段を昇って二階へ。ホルスターからソードオフ・ショットガンを抜き、一番手前の部屋へドアを蹴り破って押し入ると、バスタブでヒスパニックと売春婦が乳繰り合っていた。気づいた女は悲鳴を上げて胸を隠し、男は女の陰に隠れた。

「失礼。ジャマしたわね。さァ、退散するから続きをどうぞ」

 隣の部屋もその隣の部屋も、順番に確認していく。やがて一番奥の部屋へたどりついた。開け放った先には、ベッドに取り残されたハダカの女と、着の身着のまま窓から逃げ出そうとしている男がひとり。「そこを動かないで。動いたら撃つわ」

 こちらの気配に気付いて、てっきり女を人質にしているかと思っていたが、杞憂だったようだ。ジョーはベッドでおびえている女にめくばせして、さっさと部屋から出ていかせた。

 男は逃げきれないと判断したか、窓枠から足を下ろし、両手を挙げてジョーのほうを振り向く。

「盗賊団ソーヤー一味の、ジョセフ・ハーパーね?」

「ひと違いしてねえか? おれはそんな名前じゃ――」

「とぼけてもムダ」ジョーはふところから手配書を取り出して掲げた。そこには目の前にいる男と、うりふたつの人相書きが描かれている。「こんなところにひとりでいるなんて、どうやらあのうわさはホントだったようね。トム・ソーヤーの右腕であるアンタが、一味を抜けたっていうのは。おかげで仕事がラクになったわ」

「……おれもおまえさんのコト、知ってるぜ。女ガンマンのジョー・マーチと言やァ、西部じゃ有名人だ。なんだっけ? 北軍の従軍牧師だった親父さんが、南軍に殺されたって話だったか。不憫だとは思うが、それで逆恨みされちゃアたまらねえ。確かにおれもトムも南軍兵士として戦ったが、そもそも北軍が憎かったワケじゃねえ。べつに奴隷制に賛成でもなかった。ただ、故郷を見捨てられなかっただけだ」

「だから何? 奴隷制には反対だった? アンタらの故郷のミズーリ州政府は北軍側だったのに、わざわざ逆らって南軍に加わっておいてよく言うわ。それに、かつてどんな大義があったとしても、今じゃアンタはケチな盗賊。悪党でも改心すれば、天国へのチケットがもらえるとでも思った? アタシの家はピューリタンだから、そういう甘々な考えは理解に苦しむわ。全知全能たる神が、人間ごときの行動ひとつで意思を曲げるとでも? そんなワケないじゃない。神は誰を天国へ迎え入れて、誰を地獄へ落とすか、始まりからすべて予定してるのよ。アンタがケチな悪党に成り下がったのは、そもそも地獄へ落ちる人間だから、結局そういう行動しか取れなかっただけ。たとえ改心するなんて口ではいっても、またいずれ悪事に手を染める。だってアンタはそういう人間だから。そういうふうに最初から決められているから。そしてアタシは天の国へ迎え入れられるコトが決められた人間として、その証を立てるために、アタシは南軍くずれの無法者を殺す。ひとり残らず殺す。アタシたちの父さんが殺されたのも、かわいいベスが病死したのも、淫乱なエイミーにローリーを寝取られたのも、ぜんぶぜェんぶッ! 南軍のせいなんだから! ぶっ殺す! ぶっ殺してやる!」

「……ご高説痛み入るね、ホント。けど、だったらなんで、さっさと殺さねえ? おれは〈生死を問わずデッドオアアライヴ〉だぜ? 死体にして保安官事務所まで運んで、懸賞金を受け取ればいいだろ」

「ええ、殺すわよ。殺すけど、殺す前に訊かせなさい。ソーヤー一味のアジトはどこ? 何なら次に狙う銀行とかでもいいけど」

「しゃべろうがしゃべるまいが、どうせ殺されるんだろ。しゃべったところで、おれには一ペニーの得もねえじゃねえか」

「だったら、見逃すって約束したらしゃべってくれるワケ?」

「……おれをなめるなよ。誰がしゃべるかってんだ。いいか? よく憶えとけ。ミズーリの男は、仲間を裏切ったりなんかしねえ」

「でもアンタ、一味抜けたんでしょ? それって裏切りじゃないの」

「違う。裏切りなんかじゃ……いや、そうじゃねえ。おれは誓ったハズだ。たとえこの先に何があろうと、一生トムについていくって」

 突然、ジョー・ハーパーは頭を抱えてブツブツつぶやき出した。何か様子がおかしい。その目は焦点が合わず、もはやジョー・マーチのほうを見ていなかった。心ここにあらずだ。

「おれはミズーリへ帰る。おふくろには心配をかけた。元気な嫁さんをもらってガキ作って、おふくろに孫の顔を見せてやるんだ。それが善良な人間のすべき、正しい生き方なんだから。……けど正しいってなんだ? 正しけりゃアいいのか? おれの選択はホントに正しいのか? 友達を放り捨てて、ひとりまっとうに生きるコトが。――ああ! ハック! 教えてくれ! おまえはあのとき、どんな気持ちで――」

「チョット、何をさっきから意味不明なコト言ってるの? いいから、さっさとソーヤー一味の居場所を吐けって――」

「ありえねえ……なんでおれは一味を抜けたりなんか……おれがそんなコトするハズは……だっておれは、おれは?」

 ふと、ジョセフ・ハーパーは自分以外の人間の存在を思い出したように、ジョセフィン・マーチのほうを見つめて、「なァ、教えてくれ! ――おれは、おれはいったい誰なんだ?」

「――ハァ? 様子がおかしいと思えば、なにバカなコト抜かしてんの? この期に及んでまだとぼけられると――」

「だっておかしいだろ! ゼッタイおかしい! おれがこんなコトするハズねえんだ! いったいどうしてこんなコトに――そうだ。チクショウ、ハイドの野郎ォ! おれに何をしやがったァ!」

「ハイド?」

「クソッタレ! 何が善良な人間だ! 何が正しいおこないだ! ふざけんじゃねえ! おれはジョー・ハーパーだぞ!〈大海のならず者〉だ! 泣く子もだまる盗賊団ソーヤー一味の!」

 ジョー・ハーパーの手が、腰にぶら下げたガンベルトへ伸びる。

「おれは帰る。どこへ? ミズーリへ? 違う。トムのところへ。おれは友達を裏切ったりしねえ。おれはハックのヤツとは違う。おれは一生トムについていくって、あの日――そう決めたッ!」

 ――一発の銃声。至近距離から散弾を受けたジョー・ハーパーのカラダはいきおいよく吹っ飛び、窓枠を乗り越えて真っ逆さまに転落した。酒場の前を歩いていた通行人たちの、おどろく声が聞こえてくる。ジョー・マーチはいまいましげに舌打ちして、ショットガンをホルスターに戻した。イマイチ釈然としない結末だ。

「まったく、何だったのよいったい……肝心の情報も聞きそびれちゃったし」窓から下を覗き込むと、野次馬が死体に群がり始めていた。「あー、チョット、勝手にその死体を片づけないでくれる? ソイツはアタシの死体よ。アタシのカネよ。アタシが仕留めたの。このジョー・マーチがね。わかったら散った散った」

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