本日は傲慢になります⑧

 ほかほかの釜飯を頬張りながら、彼はます。

「なに、にいちゃん公務員試験こうむいん落ちたんかい」

容易よいじゃねえもんな。頑張った頑張った」

「まだチャンスはあるんだから、また受ければいいって」

「本当に、ありがとうございますー」

 事務所の職員さん達と、ガラス工房の先生が彼を息子か弟のようにかまってくれます。

 きっと彼は、親戚の集まりでもこんな感じなのかもしれません。



 こんにちはー、と女の子の明るい声が入ってきます。

 男所帯のような雰囲気が、一気に爽やかになりました。

「あれ、奈央ちゃん? 大きくなったねえ。中学生なんだ」

 職員さんに言われ、女の子は「はい!」と元気よく返事をして、ウィンドブレーカーを脱ぎます。

 「MINAMI junior high school」と書かれたウインドブレーカーの下には、セーラー服を着ていました。学校帰りなのでしょうか。

 短い髪に化粧気のない顔の子です。

 どこにでもいそうな田舎の子です。

 でも、清らかな雰囲気をまとっていて、「綺麗」と言いたくなります。



 がらがら、と建物の引き戸が動きます。

 入ってきた人を見るなり、女の子は「お父さん!」と呼びかけました。

「あっ、奈央ちゃん」

 やってきたのは、陶芸工房の先生・日下さんです。

 日下さんは、彼と私に気づき、女の子を紹介してくれました。

「娘の奈央です。今日は学校が半日で給食もないみたいだから、させちゃいました」

 女の子は、ぺこりと頭を下げます。

「南中学校3年の、日下奈央です」

 明るくて爽やかで、気持ちの良い子です。

 私もそんなふうになりたかったのです。



 女の子は、私達の隣のテーブルに着きました。

 あろうことか、狭い通路を挟んで私の隣です。

 日下さんは、職員さん達のテーブルに着いてしまいました。

 女の子は独りで寂しくないのでしょうか。

「お隣、お邪魔します」

 女の子は、私なんかに笑ってくれました。

 大人のビジネススマイルとは違う、無邪気な笑顔です。

「釜飯、おいしそうですね」

「……はい、おいしいです」

 まさか話を振られると思わず、返事がワンテンポ遅れてしまいました。

 女の子も釜飯定食を注文し、また私に話しかけてくれます。

「一緒に来た人、彼氏ですか?」

「……はい」

 いけません。中学生相手に緊張しています。

 彼とはそこそこスムーズに話せるようになったと思ったのですが、彼以外の人とはそうそう上手く話せません。

「いいなあ、彼氏。うちの中学校、カップルがひとつもないんですよ」

 女の子は、学校のことを話してくれます。

 小さな中学校で、全校生徒は15人。1学年5人だそうです。

 部活動は、男子はハンドボール部のみ。女子はバスケ部のみ。

 来年は廃校になることが決まっていて、女の子の学年は、最後の卒業生になります。

「良い高校に合格して、中学校に功績を残したいんです」

 女の子は目をきらきらさせています。高校入試に前向きなようです。

 そのような女の子に、私は人並みの言葉しかかけられませんでした。

「高校受験、頑張って下さい」

「はい、ありがとうございます」

 女の子は、ぺこっと頭を下げました。

 おそらくこの子は、垢抜けると美人になります。今は“田舎の子”ですが、お洒落をすればもっと綺麗になるでしょう。

 自分の目指す高校に合格して、色々な人に出会って、きっと多くの人から愛される……そのような可能性を秘めている女の子に、前向きな言葉をかけたかったのです。

 志望校は知らないけれど、合格できますように。

 今日会ったばかりの、もう会わないかもしれない女の子に、そう願ってしまうのです。

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