刈られる花⑥

 いけません。

 頭がふわふわしています。

 今日も仕事です。

 日課であるラジオ体操をしても、うわついたままです。



 お弁当用の野菜を茹でていたら、彼のことを思い出してしまいます。

 私の料理をおいしそうに食べてくれました……あれ、昨日も言った気がします。

 あの日の朝は、久々にご飯を炊きました。

 お米は、職場で扱っている2合炊きの真空パックを使いました。賞味期限が近くなったものを、たまたま買っていたのです。

 彼はきっと食べるだろうから、2合では少ないかな。

 4合炊いて残ってしまったら、おにぎりにして持って行ってくれるかな。

 そんなことを考えている間が楽しかったのです。

 すまし汁は、瑞樹くんから頂いた鰹節かつおぶしを使い、キッチンので栽培していたミツバも入れました。

 本当はみそ汁をつくりたかったのです。でも、味噌は普段から使わないので買っていません。

 みそ汁でほっこりする彼を見てみたかったのです。

 副食は、冷蔵庫にあったものでこしらえました。

 卵と顆粒だしで、だし巻き卵。

 彼と一緒にうちに転がり込んできた里芋と、買い置きのにんじんで、煮物。

 今思い出すと、ひどい田舎料理です。特に煮物。にんじんをお花の形に型抜きしたのが痛々しいです。



 りんごを切ろうとしても、彼を思い出してしまいます。

 一方的にキスをして逃げそうになった私を、彼は引き止めてくれました。

 こんな私にでも、彼は答えるようにキスをしてくれました。

 そのままお持ち帰りされていたら、きっと今日は仕事どころではなかったでしょう。

 すぐに帰してもらえて、安心しています。

 でもきっともしかしたら、お持ち帰りされる日が来るのではないか……と思っています。

 考え過ぎかもしれません。

 私は自惚うぬぼれているのでしょう。



 7時頃、外のチャイムが来客を知らせてくれます。

 兄です。間違っても彼ではないです。

「朝早くから、すまない。でも、この時間ならいると思ったから」

 兄は、厚みのある封筒をくれました。

 中を見てみますと、白と黒の折鶴が入っています。

 すっかり忘れていました。

 昨日、多胡たごのぞみさんというかたから、千羽鶴をうけたまわっていたのです。

「兄さん、ありがとうございます。でも、なぜ」

「昨日の夜、暇だったから。今日も土曜日だし」

 すっかり忘れていました。今日は土曜日なのですね。どうりで、朝のラジオ体操の放送がなかったわけです。

 それに、と兄は話を続けます。

「あの子、ちょっと警戒した方がいいかもしれない」

「多胡さんを?」

「うん。昨日見た感じだと、みづきを小馬鹿にしていたから。約束を破棄してくるとも限らない」

 私は否定できませんでした。

 昨日覚えた嫌な感じは、これかもしれません。

「折り紙ある? どうせ暇だから、また折ってくるよ」

「そんなこと、兄さんにしてもらうわけには……」

「みづきを殴ったことを後悔しているんだ! 頼む、手伝わせてくれ」

 兄に拝まれてしまいました。

 私は気にしていないのに。かっとなって殴ったことは私でもわかります。

 でもきっと、兄は「祖父に似たから」では済ませたくなかったのでしょう。

 私は、昨日買った白と黒の折り紙を、兄に渡してしまいました。

 兄は帰り際に何か呟きます。「フレンズ」と言ったように聞こえました。

 なぜでしょう、私は兄の顔をまともに見られませんでした。



 仕事の休憩時間は、折鶴をつくります。

 兄や多胡さんがつくってくれた折鶴も合計すると、294羽できています。

 白、90羽。黒、84羽。紺色、120羽。

 私も負けていられません。

 20分かけて10羽できたところで、多胡さんからメッセージがありました。



『できましたか?』



 私はすぐに返信します。



『300羽はできました。』



 5分くらい経って、再び多胡さんから。



『すごいすごい!

 じゃあ、半分できたようなものじゃん♪

 千羽鶴屋さんにお願いしてよかった(^-^)』



 もしも疑問符が実在していたら、きっと私の頭上に浮かんでいたことでしょう。

 多胡さんからのメッセージは続きます。



『じゃあ、試合の前に事務局に持って行けるかも!

 締切早めます!

 来週の月曜日にお願いします💦』



 私は「前向きに検討させて頂きます」と返信し、折鶴の制作を再開します。

 手を動かしているうちに、頭の中も除々に整理されてゆきます。



 私が送ったメッセージは、多胡さんを誤解させてしまったのです。

 私は、折鶴のトータルが300羽、という意味で「300羽はできました」と書きました。

 しかし、多胡さんには、私が300羽折った、という意味で伝わってしまったのです。

 昨日多胡さんからお預かりした折鶴は、150羽ほど。

 それにプラス300羽と解釈され、450羽だと思われたのでしょう。

 多胡さんのご要望に沿えるよう、ペースを上げて制作します。



 仕事を終えてアパートに帰りますと、郵便受けに封筒が入っていました。

 触っただけで、中身は折鶴だとわかりました。

 バッグを下ろして落ち着いてから、封筒を開けます。

 やはり、白と黒の折鶴が入っていました。

 それぞれ100羽ほど。合計200羽。

 今朝、折り紙をせびりに来た兄は、9時間以内にこんなに折ってしまったのでしょう。

 兄にメッセージを送ります。



『兄さん、折鶴をありがたく頂戴します。

 大変助かります。』



 すぐに返事が来ました。



『まだ折り紙が残っているから、明日も折れます。

 あと何羽つくればいい?』



 必要な羽数を兄に知らせます。

 私も紺色の折鶴をつくらなくては。



 外はすぐに暗くなってしまいます。

 カーテンを閉めて部屋の明かりをつけ、ローテーブルに置いたスマートフォンに目が行きました。

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