刈られる花②
仕事が終わると、一度アパートに戻りました。
千羽鶴制作のためのソーイングセットと、見本の折鶴と、折り紙を持って行きます。
堀越店長の喫茶店は、富岡製糸場の目と鼻の先にあります。
車は入れないので、歩くのです。
徒歩10分。良い運動です。
喫茶店に着いたのは、16時40分。
千羽鶴の依頼者は、まだ来ていません。
店長によると、依頼は電話で、若い女性の声で「タゴノゾミ」と名乗ったのだそうです。
私は折鶴をつくりながら依頼者を待ちます。
余程のことがない限り、千羽鶴は20色でつくると決めています。
イレギュラーだったのは、8月に依頼して下さった富田さんというかたです。
闘病中の旦那さんに「千羽鶴をつくっているから一緒に頑張ろう」と嘘をついてしまい、引っ込みがつかなくなってしまったそうです。
そのため、「自分がつくるような千羽鶴をつくってほしい」と頼まれました。
手芸は苦手、百均によく行く、三つ編みはなんとかできる……富田さんはそう仰いました。
それなので、私は百円均一で折り紙を購入し、普段ストックしていない色の折鶴は百円均一の折り紙でつくりました。
配色も、グラデーションではなく、ごちゃまぜに。グラデーションでなくても案外綺麗なものです。
折鶴のおしりは、ビーズの代わりにストローを短く切って止め、折鶴を綴る糸は全て白色。糸を束ねたら、三つ編みにして、フック等に引っかけられる穴もつくりました。
言葉は良くないのですが、「初心者らしさ」を意識しました。
それでも、折鶴の頭は折らず、白、黒、金、銀色は使いませんでした。
自分のこだわりが出てしまいます。悪い癖です。
暇つぶしに折鶴をつくっていると、お店のドアベルが鳴りました。
「いらっしゃいませー……あ、ヒデくん」
店長の声が耳に入り、私は顔を上げました。
兄・花村秋瑛が来ています。
市役所は17時15分までの勤務ですから、退勤のタイムカードを押して、ここまで歩いてくるとなると、さらに15分要します。
時計を見ると、やはりそれなりの時間になっていました。
「みづきちゃん、タゴさん遅くなるって連絡があったよ」
店長が教えてくれました。
私は、お店の電話が鳴ったことにも気づかないほど集中していたようです。
悪い癖です。
それから10分後。
慌ててお店に来たのは、私と年の変わらなそうな女性です。
「ごめんなさい。渋滞に巻き込まれてしまって、駐車場がわからなくて」
名刺代わりに、と学生証を見せてくれました。
名前は「
生まれた年は、私より1学年下のようです。3年生でしょうか。
背が高くて、垢抜けた美人さんです。女の私でも、見とれてしまいます。
私みたいな“ちんちくりん”なんか、きっと相手にならないでしょう。
そういえば、彼も群馬経済大学の学生さんです。
もしかしたら、ふたりはキャンパスで会っているかもしれません。
多胡さんはご友人と一緒に、サッカーチームに寄付する千羽鶴をつくっていたそうです。
しかし、就職活動や文化祭の準備などで千羽鶴完成のめどが立たない、でもそろそろ事務局に持って行きたい、とのことです。
そこで、残りを私につくってもらいたいと、できた分の折鶴を持ってきてくれました。
有名ブランドの可愛らしいポーチに入っていた折鶴をテーブルに出してくれます。
色は、白、黒、紺色の3色。
「この色は、チームカラーか何かですか?」
訊ねると、多胡さんは「知らないの?」と眉をしかめます。
「群馬のプロサッカーチームだよ。テレビでもラジオでも、新聞でもよく見るでしょ?」
「すみません。仰る通りです」
言われてみれば、群馬県がホームのサッカーチームのカラーです。
「では、この3色で1000羽になるようにおつくりすればよろしいですね?」
「うん、そうですけど?」
多胡さんの語気が荒いです。
私の無知で多胡さんを怒らせてしまったかもしれません。
「糸はいかがなさいますか?」
「糸?」
私は、スマートフォンで撮った過去の写真をお見せしようとしました。
しかし、多胡さんは「何でもいいよ」と興味がないようです。
2週間後の17時に、この喫茶店で待ち合わせて、千羽鶴の引き渡し、ということになりました。
多胡さんは、使わなかった折り紙を私に下さいました。
連絡先を交換し、多胡さんは喫茶店を後にしました。
多胡さんは、高校で同じクラスだった根岸
明らかに別人なのですが、背が高いことや、ぱっと見た印象が、根岸さんにとても似ているのです。
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