刈られる花③
近くの椅子が
カウンター席にいた兄が、私のテーブルに来たのです。
「みづき、昨日は大丈夫だったのか?」
「昨日って……」
昨日は、私は仕事が休みの日でした。
兄に心配されるようなことがあったのでしょうか。
心当たりはないのですが、昨日のことを思い出しましたら、頬が赤くなってしまいました。
「何かされたのか!」
「違います!」
兄につられて、私も声が大きくなってしまいます。
店内には、他のお客さんもいるのです。
兄に隠し事はできません。昨日のことを話します。
こんなことは言いたくないのですが、兄の早とちりと急に声が大きくなるところは、祖父に似ています。
兄は祖父のように怖くはないのですが。
私は要領良く話すことができません。
それでも兄は、遮らずに最後まで聞いてくれました。
「……田沢が、ね」
兄は、彼のことを苗字呼び捨てで認識しているようです。
「みづきは、田沢のことをどう思っているんだ?」
これも要領良く答えられませんでした。
しかし、兄には通じたようで、「あ、なるほどね」と納得してくれました。
「兄さん、ごめんなさい。間違っているよね」
「間違いじゃないよ」
兄は「でも」と続けます。
「謙虚なところは、みづきの長所だね。でも、期待に応えなくちゃ、とか、自分なんか、と思わないで。前向きな気持ちをそのまま伝えれば、田沢に伝わるんじゃないかな」
なるほどです。兄は5年間恋人がいるだけあって、説得力があります。
「兄さん、ありがとうございます。でも、今日はなぜここに?」
「堀越さんに伺ったら、みづきが来る予定だって仰るから。おとといの夜、瑞樹のやつがやらかしたらしいから、気になっていたんだ」
瑞樹くんが、彼を私のアパートに置いて行ったことでしょうか。
昨日は兄も瑞樹くんも二日酔いで会わなかったそうですが、今朝ブロック塀越しに喧嘩したのだそうです。
兄は歯を磨きながら「うさぎのケージにライオンを入れたようなものだぞ!」と怒鳴り、それに対して瑞樹くんは煙草を吸いながら「処女の
ふたりには、彼が野獣のようにみえるのでしょうか。
昨日の朝、ぐっすり眠る彼は、日向ぼっこをするゴールデンレトリバーのように可愛かったのです。
きらきらした目で世界遺産をとうとうと語る一面を「オン」だとすれば、眠っている様子は「オフ」でしょう。そのギャップがずるいです。
話の区切りが良いところで、店長が料理を持ってきてくれました。
私の分まで兄が注文してくれたのだそうです。
ひき肉のカレーライスです。ご飯は、白米に古代米がまざっています。ところどころご飯が紅色です。
これを全部食べたら、明日の朝まで胃もたれしてしまいそうです。
でも、おいしかったので、無理して完食してしまいました。
兄も久々に折り紙がしたいというので、多胡さんから頂いた折り紙を半分渡します。
長い指と大きな手でてきぱきと鶴を折ってゆく様子は、見ていて気持ちが良いです。
私も一緒に折ることにします。
「みづきは、お父さんに似たね」
「そうかな?」
「俺なんか、じいさんとお母さんに似ちまったよ」
「そんなことないよ」
そんなことを話しながら、折鶴がテーブルの上に増えてゆきます。
「お母さんは最近どう?」
「仕事はきちんとやっているみたいだけど、家に帰るとずっと寝てるよ。限界まで神経をすり減らしてきたんだな。回復するみたいに眠ることが多いよ」
母がそうになってしまったのは、私のせいでしょうか。
言おうとすると、兄は首を横に振りました。
「みづきのせいじゃないよ。じいさんとばあさんも、お母さんにつらくあたっていたみたい」
普段は話しづらいことも、折り紙をしながら話せます。
兄は意識していません。
父と母を“お父さん”、“お母さん”と呼んでいることに。
兄は悩んでいます。
祖父に似て、頭に血がのぼりやすく手をあげやすいことに。
兄は気づいていません。
「俺なんか」と自虐することに。
兄は後悔しています。
私を殴ったことに。……私は気にしていないのに。
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