第3章 タランテラとノラ

ブレザーを着ていた頃の自分達は (f)

 高校にピアノ同好会が発足したのは、俺が入学した年だった。

 「何でも良いから部活動に入ってくれ」と親に懇願され、産声を上げたばかりのピアノ同好会に入部したのだ。

 ピアノは小学生のころから習っている。高校に入学した今も、週一回のピアノ教室に通っているのだ。

 決して上手い方ではない。むしろ、実力は皆無に等しい。



 小学生のときも中学生でも、合唱の伴奏はしたことがなかった。俺よりも上手い人はたくさんいたのだ。

 そんな俺でも、音楽の時間の前にアニソンでも演奏すると、同級生が一緒になって歌ってくれた。

 それが手ごたえになったのだと思う。

 だから、高校生になっても続けられたのだ。



 ピアノ同好会の活動は、毎週金曜日。

 部室となっている空き教室に集合し、簡単なミーティングをして、後は自由。

 体育館のピアノが空いていればそれを使い、そうでなければキーボードで練習する。ミーティングに出席していれば、その後は帰っても良かった。



 ピアノ同好会の最初の目標は、9月に行われる文化祭に参加すること。

 6月になると、文化祭に向けた練習に重点が置かれた。

 俺は、文化祭で発表する曲を決めることができなかった。

 クラシックでもジャズでも、J-POPのピアノアレンジでも、何でも良い、と言われると、一層迷った。

 中学生のときにアニソンのうけは良かったが、高校ではちょっと……と思うところがあった。

 動画サイトを見てまわり、「これだ!」と思うものに出会えたのは、7月。

 譜面が手に入ったのは、夏休みに入ってから。



 選んだのは「Arkアーク」という曲。メジャーではないが知る人ぞ知る歌手の作品らしい。

 Aメロに向かう部分と最後のサビへ向かう部分がアップテンポになってゆく。この部分は聴いても演奏しても楽しい。

 アニソンのように聴こえなくもないが、一度はまったら抜け出せない中毒的な魅力がある。



 文化祭が近づくにつれ、強くなる思いがある。

 “彼女”にも演奏を聴いてもらいたい。

 4月の研修旅行にも6月の体育祭にも参加できなかった彼女に、文化祭は参加してほしい。

 俯いてばかりの彼女の、楽しむ顔が見たいのだ。

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