タランテラとノラ①

 「タランテラって何?」と訊かれた。

 俺はとっさにブルグミュラーのメロディーを口ずさむ。



「たたた、たたた……たたた、たたた……たたた、たたた……たたた、たたた……た」



 どこまで言ったのかわからなくなると、ふっと引き上げられる感じがした。

 アパートの天井が目に入る。

 あれは夢だったのだ。



 枕元のスマートフォンが示す時間は、ほぼ正午。

 睡魔は赤城山あかぎやまの向こうにとんでいった。

 本日は、富岡市職員採用試験の筆記試験の結果が、市のホームページで公開される。

 試験結果を確認してから、3限と4限の授業のために大学へ行く。



 3限のゼミでは上の空。

 4限の一般教養科目の教室の前で、見知った人と会う。

布施ふせちゃん」

「おお、!」

 その男は、なぜか俺を“ザワちゃん”と呼ぶ。

 高校で同じクラスだった布施聡大あきひろ。高校では裸眼だったが、今は丸眼鏡を伊達眼鏡としてかけている。1年浪人したため、学年は俺よりひとつ下の3年生。

「どうだった?」

 主語はないが、内容はわかる。俺が返事をすると「すげー!」と叫んだ。

「まじか! ザワちゃん、すげー!」

「まじだよ。筆記だけだけど」

 周りから変な目で見られてしまい、ふたりしてボリュームを下げる。

「それでさ……布施ちゃん、確かキーボード持ってたよね?」

「うん。家にあるけど」

「貸して!」

「いいよ。でも、まだ試験あるんだろ? 卒論も」

「あるけど、気持ちがそわそわすることが多いから、気晴らしに手でも動かそうと思って」

「そういうことか。ザワちゃん、ピアノやってたもんな」

 布施は納得してくれた。申し訳ない。

 それも理由のひとつだが、本当は練習したい曲があるんだ。



 4限が終わり、スマートフォンのロックを解除する。

 彼女からメッセージが来ていた。



『店長が、アルバイトを急募しているそうです。

 あさって16時頃~2時間程度。

 詳細は店長まで。

 ↓

 ×××-××××-××××』



 アルバイト!!

 なんと魅力的な響き!

 今までやっていた居酒屋のアルバイトは、筆記試験終了まで休ませてもらっていた。

 半月前から再開したが、卒論などもあるのでそんなにシフトを入れることができない。

 かといって、生活も楽なわけではない。

 幸いあさっては何も予定がないので、俺はすぐに堀越店長に連絡を入れた。



 彼女は珍しく、前置きせずに本題に入っていた。

 よほど急な伝言だと判断したのかもしれない。

 彼女は気兼ねなくメッセージをくれたのだと思うと、俺の頭の中がふわふわしてしまう。

 今の状態で帰路についたら、車のアクセルとブレーキを踏み間違えてしまうかもしれない。



 キャンパスの休憩スペースで、空いた席を見つけて腰を下ろす。

 少し寝ようとテーブルに突っ伏したが、心臓がざわざわして眠れない。

 いっそのこと、今の気持ちをキモいポエムにして彼女に送りつけてやろうか。

 でもそんなことをしたら、彼女は動揺して右に左折してしまうかもしれない。

 ここは素直に、アルバイトを教えてもらったことにお礼を言おう。

 それと、試験結果の報告も。



『アルバイト、教えてくれてありがとう!

 とても助かった。

 それと、筆記試験合格しました。』



 すぐに返事が来る。



『おめでとうございます。(*^_^*)

 やっぱり、田沢くんは恰好良いです。』



 心臓がばくばくし過ぎて筋肉痛になりそうだ。



 彼女のメッセージ画面は、忍野八海の写真にしている。

 旅行の写真を送ってくれたのだ。

 彼女のことだから、青柳と内海に気を遣って疲れたのではないだろうか。

 その日俺は送ってもらった写真に気づけず、2週間後の彼女と再会してから気づいたのだ。

 彼女は怒らなかった。

 白くて薄くて柔らかそうな頬を膨らませてくれたら、きっと愛くるしいだろうに。

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