お好きな羽数を承ります⑦
青柳さんと再会したのは、9月の第3日曜日。
正午に高崎駅の改札前で待ち合わせです。
私はアパートから車で行き、車は近くの立体駐車場にとめました。
青柳さんは、深谷から高崎線で来てくれました。
駅ビルでランチをしながら、千羽鶴の打ち合わせです。
クラシカルなお店でコーヒーとサンドイッチのセットを注文しました。
「できるだけ折ってきたけど、100羽くらいしかできなかったの」
青柳さんは、ジップつきの袋に折鶴を入れて持ってきてくれました。
お仕事もある中、つくってくれたのでしょう。
「どんな感じにしたい?」
私が訊ねると、青柳さんはスマートフォンの写真を見せてくれました。
老人ホームか病院の中のようです。
「祖母が入所している施設の鶴で、他の人のものを撮らせてもらったの」
一番下が紫、一番上がピンク色、というオーソドックスなグラデーションの千羽鶴です。1000羽ではなく、100羽くらいのようです。
「おばあちゃん、その人の鶴をうらやましそうに見ていたの。なんだか、いたたまれなくなっちゃった」
「あおちゃんは、優しい孫なんだね」
「そうかな? 一緒に住んで、育ててもらったようなものだから」
青柳さんは照れたように笑います。
おばあさまとの関係は良好のようです。
青柳さんの折鶴を拝見します。
いずれの鶴も首は折れていません。白、黒、金、銀の色もありません。
「色の順番、こんな感じでいいかな?」
折鶴を縦に並べて、青柳さんに見てもらいます。
「うん! そう、そうにしたかったの!」
青柳さんの声が、一瞬ではじけました。
店員さんの目を盗んで、折鶴を糸に通してみます。
糸は、青柳さんが持ってきてくれたものを使わせてもらいます。学校の教材で使うような木綿糸です。
折鶴は100羽はありました。10色10羽ずつです。
一本の糸に一色ずつ。10羽通したものを10本つくります。
糸は150cmくらいに切りました。私の身長が152cmなので、糸を持って両手を広げると、糸は身長とだいたい同じ長さになります。
糸にビーズを一粒通します。糸を半分にして、ビーズのぎりぎりのところで糸を結びます。折鶴のおしりから糸が抜けないようにするためです。
それから、針に糸を通して折鶴を綴ってゆきます。
簡単ではない作業ですが、青柳さんは早く覚えられたようです。
コーヒーを飲みながら、ふたりで作業をします。
いつの間にか、堂々とテーブルに広げて作業をしてしまいました。
青柳さんも私も、追加料金でコーヒーをおかわりします。
店員さん、ごめんなさい。
気がつくと、私はサンドイッチを食べ終えていました。
映画を見ながらポップコーンを食べる人はこんな感じなのだろうと思います。
折鶴を通した糸を一気に束ねます。
私だったらこの後はミサンガ編みをするのですが、青柳さんが例の写真を見て「三つ編みをやりたい」と言ってくれました。
三つ編みの途中で単語帳用のリングを入れ込み、適度なところで三つ編みをやめて糸を玉結びにします。
余分な糸を切って完成です。
ラッピング用の袋を持ってきたので“百羽鶴”はそれに入れました。
お会計のとき、店員さんが「喜んでもらえるといいですね」と言ってくれました。
入店からお会計まで2時間。
追い出そうとしなかった店員さんに感謝です。
「おつかれさまでした」
「はなちゃんこそ、ありがとうございました」
お店を出て、ふたりしてぺこぺこ頭を下げて、おかしくなってしまって笑います。
青柳さんの思いと“百羽鶴”、どうかおばあさまに届いてほしいものです。
せっかく会ったのですが、青柳さんは用事があるそうで15時までしか高崎にいられないのだそうです。
ウィンドウショッピングをした後、駅の改札のある階に戻りました。
「はなちゃん、今日はありがとう。どうかお元気で」
別れ際、青柳さんはなぜか向こうを見て、にこにこ笑っていました。
その理由はすぐにわかりました。
「花村さん?」
男性に呼ばれました。心臓を掴まれたように胸が苦しいです。でも、嫌ではないです。
「田沢くん!」
でもでも、なぜ彼がここにいるのでしょうか。
彼は背が高く、意外にも甘めな顔立ちをしていて、心の準備をしていないと赤面してしまいそうです。
彼は、白いポロシャツにグレーのチノパン、という服装ですが、鞄はリクルートバッグ、靴もかしこまったデザインです。
「青柳さんに誘導させられちゃったよ」
彼は苦笑いを浮かべます。
長らくSNSを休んでいたそうですが、昨日、翌日に控えた公務員試験の不安をSNSに呟いたところ、青柳さんからフォローされたらしいのです。
市役所の駐車場は混むから、交通機関を使った方が良い、とアドバイスも受けたそうです。
本日無事に筆記試験を終えると、無料通信アプリにメッセージの嵐。
彼はメッセージの履歴を私に見せてくれました。
『はなちゃん、今日も可愛い』
『はなちゃんと駅ビルランチ』
『はなちゃん、職人技』
『はなちゃん、まじで美人』
『百羽鶴できました』
『駅ビルの3Fにいます』
『はなちゃん、ジーンズも似合う』
『改札の階にいます』
これらはほんの一部です。
“職人技”と“まじで美人”の間に、写真がありました。
私が折鶴に糸を通しているところです。
恥ずかしいです。
「……まさか、これにつられて?」
「来ちゃった、です。来ないと、延々と送りつけられそうだから」
確かに、青柳さんから延々とメッセージを送りつけられたら怖いです。
“千羽鶴教えて”は口実ではないと思います。
彼と私が会えるように仕組んだのは、昨日か今日。
彼のSNSを見て思いついたのでしょう。
公務員試験の後に、彼を高崎駅に留めるために。
「試験、おつかれさまでした」
「応援、ありがとうございました。やれるだけのことはやったよ。広報、本当に役に立った」
「何よりです」
人の役に立てて、何よりです。
彼の役に立てて、何よりです。
「花村さんに訊いてもいいかな?」
私は平静を装うことができず、体が震えてしまいました。
「駅ビルの本屋にピアノの楽譜は売ってる?」
なんだ、そういうことでしたか。拍子抜けしてしまいました。
実は、富岡市内を案内すると言ったことを後悔しています。
デートに誘ったみたいだったから。
彼に会うと、にやけてしまいそうになるから。
私のいないところでは“はなちゃん”とか言っていたくせに、私の前では他人行儀に“花村さん”と呼ぶ彼に苛立ちそうだから。
そんな自分が嫌になるから。
私なんかが、人並みの幸せを求めたくなるから。
もしも
“
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