お好きな羽数を承ります⑤

 枕元のスマートフォンで時間を確認すると、そろそろ5時半になる頃です。

 内海さんは、すやすやと眠っています。

 青柳さんはいません。朝風呂に行ったのかもしれません。

 私は浴衣から服に着替えます。今日は黒いTシャツとキャメル色のサロペットにします。

 髪をシュシュで結わえて、今のうちにラジオ体操をします。音源がないので、鼻歌を歌いながら。やはり、第二は途中からわからなくなってしまいました。

 折鶴も少しつくります。手帳のポケットに折り紙を何枚も入れてきたのです。

 自分で言うのもおかしいですが、私は鶴を折るのが早いと思います。

 2分あれば1羽できてしまいます。休日は100羽くらいはつくれます。

 知らないうちに指先に力を入れ過ぎているようで、翌日に指が痛くなることがあります。

 初めて千羽鶴をつくったときは力加減ができず、最後は指に力が入らなくなってしまいました。

 今は慣れましたので、力加減もできています。



「はなちゃん、おはよう」

「あお……ちゃん!」

 急に話しかけられて、私は叫びそうになりました。

 青柳さんが戻ってきたのです。

「昨日はごめんね。ひとりだけ早く寝ちゃって」

「とんでもない。運転が大変だったんでしょう? まだ早いから、もう少し寝られるよ?」

「うーん……お言葉に甘えて、寝ちゃおうかな」

 青柳さんの視線が、私の手元に移動しました。

「折り紙の鶴?」

「うん、そう……です」

「はなちゃん、本当に器用だよね」

 私が折り紙をしていても怒らないのは、青柳さんと内海さんくらいです。

 だからといって、ふたりの前で堂々と折り紙をするのは態度が悪いので、やらないようにしてきました。

 今日は集中し過ぎました。反省だす……です。

「はなちゃんのイメージって、世界遺産と千羽鶴と、田沢くんなんだよね」

「たざ……なぜに?」

 なぜ彼の名前がここで出てくるのでしょうか!

「3年生のときかな。田沢くんが、千羽鶴を嬉しそうに持ってきたことがあって、『はなちゃんからもらった』なんて、見せびらかしていたの」

「はなちゃん……て」

「呼んでいたよ。“はなちゃん”と」

「私の前では普通に“花村さん”だったよ。この前だって……」

 うっかり口を滑らせてしまいました。

「この前?」

 青柳さんは、にこにこ笑って首を傾げます。

 しかし、これ以上訊くことはなく、布団に入って寝てしまいました。

 ずるいです、あおちゃん。

 青柳さんはいつも穏やかで、私なんかの味方をしてくれます。

 でも、まれにからかったり毒舌になります。ブラックユーモアというのでしょうか。節度があるので、嫌ではありません。

 私なんかにもそういう“おふざけ”をしてくれることが、嬉しかったのです。



 私達は朝食を頂いてチェックアウトすると、予定通りに勝沼へ向かいました。

 ワイナリーの見学をして、ワインを買って、柄にもなく自撮りなんかして。

 お菓子の工場にも行って、お土産も買いました。売店のきなこと黒蜜のソフトクリームも、衝動的に買って食べてしまいました。おいしいけれど、反省です。

 サービスエリアで昼食も摂りましたが、バターチキンカレーを半分以上食べることができました。



 青柳さんと内海さんに嫌な思いをさせずに済んで、良かったです。

 明日からまた仕事です。

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