お好きな羽数を承ります③

 運転は青柳さんがしてくれることになっています。

 私も運転ができるのでいつでも代われる、とお話ししたのですが、断られてしまいました。

 青柳さんの車の保険は、本人にしか適用されないのだそうです。

 青柳さんひとりに運転を任せてしまうのは心苦しいのですが、保険は大切です。



 内海さんが助手席に座るそうなので、私は後部座席に座らせてもらいました。

 東松山のインターチェンジまでの間、お菓子交換タイムです。

 青柳さんは、昔ながらのドロップをくれました。今のは1個ずつ包装されているのですね。

 内海さんは、酢昆布をくれました。私にとっては数年ぶりの酢昆布です。

 私は、一口サイズのチョコレートを渡しました。

 3人とも好みがばらばらです。でもこれが私達なのです。



 青柳さんは深谷市出身。

 短大を卒業して、今は地元の小さな会社で事務員をしています。

 本が大好きな“文学少女”。短大でも、日本文学で卒業論文を書いたそうです。

 身長は160cm(推定)。私達の中でお姉さんみたいな人です。

 以前も今もセミロング。今は少し茶色っぽいのですが、似合います。



 内海さんは行田ぎょうだ市出身。

 先程と重複しますが、高校ではダンス部でした。

 今は体育大学の4年生。ダンスを専攻しているそうです。

 実家を出て東京でひとり暮らしをしているそうですが、今は夏季休暇で帰省していたのだそうです。



 そんなことを頭の中でまとめていたら、自分のことも考えてしまいます。



 私は群馬県甘楽かんら町の出身。

 高校卒業後は、富岡の農協に就職し、金融の窓口担当をしていました。

 一身上の都合から3年で退職し、現在は雑貨屋でパートタイマーをしています。

 千羽鶴をつくるボランティアと、ハンドメイドアクセサリーの販売もしています。

 性格は、“傲慢”だそうです。実家、学校、職場から言われ続けてきました。自覚がないのが困りものです。

 謙虚になるように日々努力を重ねます。



 青柳さんは車の中でラジオを聴かないようです。

 スマートフォンをつなげて音楽を再生します。

 テクノボイスが特徴的な女性アイドルの曲です。

 聞いたことのない曲ですが、リズムに合わせて口ずさみたくなります。

 でも、我慢。

 友人にこそ敬意をはらうのが常識であると、親祖父母から教わってきました。



 狭山のサービスエリアで休憩した後、東京を通過して、談合坂でランチすることにしました。

 談合坂のサービスエリアはとても混雑しています。

 やっとのことでフードコートのテーブルを確保し、ごはんを買います。

 青柳さんと内海さんには先に行ってもらい、私はふたりが戻ってから買いに行くことにしました。



 10年ぶりの旅行です。

 旅行とは不思議なものです。

 心も財布の紐も緩んでしまいます。

 あきる野付近でテーマパークが見えたとき。

 山の中に突然、大きなラブレターが見えたとき。

 相模湖が見えたとき。

 狭山茶のお菓子がおいしそうだと思ったとき。

 今更だけど下仁田ねぎのおせんべいを食べたいと思ったとき。

 通常の生活ではかなわない見聞に、自律を忘れそうになります。

 でも、我慢。

 ひたすら我慢なのです。

 「我慢しなさい」が親祖父母の口癖でした。



 青柳さんと内海さんがトレイにラーメンを乗せて戻ってくると、今度は私が食事を買いに行く番です。

 近くの人が食べていた、海老フライカレーがおいしそうに見えましたが、ふたりに合わせてラーメンを注文しました。

 給水器でミネラルウォーターをもらって、テーブルに戻ります。



「はなちゃん、おかえり」

「はなちゃん、何にしたの?」

 青柳さんも内海さんも、食べずに待ってくれました。

 テーブルにはミネラルウォーターの紙コップが3つ。

 ふたりはガイドブックを広げています。

 実は、具体的な目的地を決めていないのです。

 アイスクリーム工場の見学か、山中湖か、忍野八海おしのはっかいか、決めあぐねております。

 ご飯を食べながら話し合いです。

 ふたりが意見を交わす中、私は思わず呟いてしまいました。

「世界遺産」

 忍野八海の項目です。

 ふたりの耳にもしっかりと入ってしまいました。

「忍野八海で決まりだね」

「うん、そうだね!」

 青柳さんも内海さんも、納得したようです。



 私は傲慢です。

 ふたりの意見も聞かずに口を出して、行き先を決めてしまいました。

 味噌ラーメンは三分の一しか食べられず、残りは内海さんが手伝ってくれました。

 私が余分に持ってきてしまったミネラルウォーターも、内海さんが飲んでくれました。



 私は傲慢です。

 だから、我慢。

 自分のことは後回しにして、常に周囲に気を配ります。

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