お好きな羽数を承ります②

 8月最後の土曜日となりました。

 空は薄雲におおわれていまして、いつもより涼しく感じられます。

 スマートフォンの目覚ましよりも10分だけ早い、5時50分に目が覚めました。



 いつものように着替えと化粧をします。

 ベランダのレタスには、多めに水をやります。

 掃除と洗濯も忘れません。

 ラジオ体操の放送はありませんでしたが、思い出しながら体を動かします。第二が途中からわからなくなり、ざっくりと済ませました。

 今日は7時に出発する予定です。

 朝食と編み込みの練習はお休みします。それなので、5時50分の起床でも、予定通りに出発できました。



 待ち合わせは、JR高崎線の熊谷駅に9時。

 アパートからの最寄りの駅は上信電鉄の上州富岡駅ですが、運賃や乗り換えを考えた結果、JR高崎線の新町駅から電車に乗った方が良さそうです。

 新町駅前の駐車場に車を置いて、上りの電車に乗ります。



 熊谷駅に着いたのは、8時40分頃。

 待ち合わせの時間まで少し余裕があるので、お手洗いと化粧直しをします。

 メイクポーチを開けたとき、その中に入れてきたピアスケースが目に入りました。

 職場の社員割引で買ったもので、ノンホールピアスを入れています。

 実は今日、ノンホールピアスをつけようか否か迷ったのです。

 服装は、白いブラウスに紺色のワイドパンツです。ノンホールピアスをつけても変ではありません。

 気にしているのは、ピアスのデザインです。

 “水に強い折り紙”という折り紙を5cm四方に切り、“カワサキローズ”という折り方をベースにした薔薇をつくり、それをノンホールピアスにしたのです。

 制作してウェブで販売しているのですが、自分がつけるとなると話は別です。

 変な人だと思われないか、拒絶されるか、怖くて仕方ありません。

 悪く言われることには慣れています。しかし、相手に不快な思いをさせてしまうことはいつまで経っても慣れません。

 ピアスケースは閉じました。ノンホールピアスはつけないことにします。



 待ち合わせ場所のロータリーには、まだ誰も来ていません。

 スマートフォンを見ると、ひとりから「今、改札出た!」とメッセージが来ていました。

 返信しようとすると「はなちゃん!」と声をかけられます。

 メッセージをくれた子です。

 内海うつみ静子しずこさん。高校ではダンス部に所属していたそうです。

 当時はショートカットでしたが、今はロングヘアです。

 身長は私より少し高いくらいです。ボーイッシュだとばかり思っていましたが、白地に細い紺と赤のボーダーのTシャツ、鮮やかな水色のスカートが似合います。

 久々に会う内海さんは、綺麗な雰囲気の女性になっていました。

「うみちゃん、お久しぶりです」

「はなちゃん、元気にしてた?」

「ぼちぼちです。……うみちゃんに、これ」

 私は内海さんに、冷凍してきたペットボトルの紅茶を渡しました。そのままだとびしょびしょなので、ハンカチに包んで。

「凍らせてくれたの? ありがとう!」

「2時間経ってしまったから、少しけているけど」

「全然平気! 本当にありがとう!」

 内海さんは、裏表のない素直な人です。

 私もつい、気が緩んでしまいます。



 9時ちょうどに、ロータリーに一台の普通自動車が来ました。

「お待たせー」

 車から降りて声をかけてくれたのは、青柳あおやぎ淑美よしみさん。彫りの深い美人さんです。山吹色のワンピースに、細いベルトを巻いていました。

「あおちゃん、おはよう!」

「おはようございます」

「うみちゃん、はなちゃん、おはよう」

 青柳さんは車のトランクを開けて荷物を乗せてくれました。

 私は青柳さんにもペットボトルの紅茶を渡します。

「はなちゃん、いいの?」

「いいの。うみちゃんにもあげたから」



 青柳さんは“あおちゃん”。

 内海さんは“うみちゃん”。

 私は“はなちゃん”。



 3人とも準備が整ったので、出発します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る