ブレザーを着ていた頃の自分達は (b)

 彼女の担任の先生に千羽鶴を持って行こうとしたとき、教室の扉が不細工な音をたてて開いた。

 教室に入ってきたのは、このクラスの女子生徒数人。

「あっ、花村さん。“久留米っち”がね、千羽鶴なんか頼んでないし要らないって。うちらで処分しとくね」

 “久留米っち”とは、入院している女子生徒・久留米さんの愛称だ。

 足を骨折した久留米さんは、手術やリハビリの必要性があって入院している。

 一週間前に、クラスの中で、久留米に千羽鶴を贈ろうという話が持ち上がった。

 千羽鶴専用の折り紙まで用意してつくり始めたは良いが、とても1000羽には足りそうにない。

 その上、千羽鶴制作は久留米本人や親の意思に反して始まったそうで、久留米も親も別に千羽鶴を必要としていないのだそうだ。むしろ、邪魔になるから要らないらしい。

 久留米はメールでクラスメイト数人にそのことを打ち明け、話を聞いた女子達が担任の先生に相談した。久留米の気持ちを汲んで千羽鶴を中止してほしい、と。

 しかし、担任は「クラス皆の気持ちだから」と女子達の相談を一蹴し、ひとりで地道に制作していた彼女に「今日の夜に持って行きたいから完成させて」と指示を出した。

 女子達は久留米の気持ちを汲もうとして、千羽鶴の処分に踏み切ろうとしたのである。



「久留米さんがそう言うなら、棄てようか」

 彼女が呟く。指先は震えたままだ。

 女子達が千羽鶴に触れる前に、俺はリングの部分を掴んで高々と持ち上げる。

「久留米さんが要らないなら、俺がもらっていいよね。俺の祖父じいさん、病気で自宅療養しているから、何か元気が出るものをあげたいんだ」

 女子のひとりが「あ」と呟く。俺と同じ中学校出身の子だった。親や近所の人から田沢家のことを聞いていたのかもしれない。

 その女子が「それなら持って行きなよ」と言ってくれたので、千羽鶴は処分を免れた。

 俺は彼女から奪うように千羽鶴をもらい受け、自分のクラスに向かったのである。



 彼女の表情を確認することはできなかった。

 きっと、千羽鶴を強引に持って行ったことを後悔するから。

 自分が傷つきたくないから保身にまわったと思いたくないから。

 黒目がちの大きな双眸に、浅はかさを見透かされると思ったから。

 俺は卑怯な人間だ。



 10月の放課後を染めるのは、東から迫るような闇と、西の稜線をわずかにふちどる夕焼けの橙色と、筝曲部の練習の音色。

 地につかないように高々と上げた千羽鶴は、蛍光灯の光を受けて虹のように綺麗なグラデーションに映え、歩みと共に藤の花のように揺れていた。

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