千羽鶴、承ります④
カーラジオからは、男性DJの陽気な声が流れてくる。
――「
『さとっちゃん、おはようございます。
先日、高校時代の同級生と偶然再会したんです。
当時から、ちょっと良いなーと思っていた男の子。埼玉の人だから、群馬に住んでいるとは思わなくて、本当にびっくりしました。
今日はその子に観光案内してきます。
今から心臓がばくばく言っています。こんなに緊張すること、滅多にありません。
では、行ってきます。』
平日の朝のラジオ番組。いつもは大学へ向かうときに聞き流しているけれど、今日は国道254号線をのんびり通りながら呑気に聞いている。
通勤ラッシュの時間も過ぎたから、車の流れは順調だ。
今日の予想最高気温は37度。この時間でも30度近くまで上昇している。
風に吹かれて青々と揺れる水稲が視界に入るうちに、外の空気を感じたくなり、エアコンを止めて窓を全開にする。
空気が生ぬるい。でも、たまには悪くない。
本日11時に、この間の喫茶店で待ち合わせの予定。
その前に寄りたいところがある。
富岡市役所の駐車場の隅に車をとめる。
DJの“さとっちゃん”が「ただいま9時55分」と言いそうで言い切らないうちにエンジンを切ってしまった。
市役所の入り口のフロアガイドに従って目的の課まで行き、「市政要覧を購入したいのですが、ありますか?」と訊いたら、対応してくれた職員から「そんなものを買っても」と言わんばかりの呆れた目で見られた。
でも欲しいのです、一応。筆記試験の後の、論文対策のために。
廊下で、若そうな男性職員とすれ違う。
こちらから「こんにちは」と挨拶すると、「こんにちは」とはっきり挨拶を返してくれた。
泣きぼくろ、というのか、目の下のほくろが小さいけれど印象的な人だった。多分、30歳くらい。
白い半袖のシャツとグレーのスラックスが爽やかに見える。
一方の俺は、薄いピンク色のシャツにベージュのチノパン。
なんでこの服を着てしまったんだろう。
市役所に車をとめたまま、喫茶店へ向かう。
「いらっしゃいませー……あ、田沢くん」
喫茶店の店長・堀越千博さんは俺のことを覚えてくれていた。にこにこ、というより、にやにやしている。
ツーテンポ遅れて、がたんと椅子が動く音が聞こえた。
そちらを見た俺は、目が釘付けになってしまった。
彼女だ。よいしょよいしょと椅子をテーブルにしまってから、テーブルの脇に立ち、綻ぶ花のような微笑をくれた。
「おはようございます、田沢くん」
背筋を伸ばし、お辞儀をする彼女。俺もつられて頭を下げてしまった。
彼女のお辞儀は意外にもビジネスっぽい。学生でなくて働いている人なのだと改めて思わせてくれる。
今日の彼女は、水色の半袖のブラウスに、紺色のフレアスカート。長い髪はハーフアップにしていた。何となく、この前とは違う感じがする。
「花村さん、早かったね」
「うん。この前の富田さんが来ることになっているから」
彼女は椅子の背に手をやったが、すぐに引っ込めてしまう。
「田沢くんも早かったね」
「うん。市役所に行っていたんだ」
「市役所?」
彼女に訊き返される。
ちょうどそのとき、店のドアベルが来客を告げる。
この前の“富田さん”だった。
俺はアイスコーヒーを片手に、カウンター席でおひとりさまを気取っていたが、ちらちらと彼女を見てしまう。
「こちらでございます。ご確認をお願いします」
彼女は、椅子の背に引っかけていたものをテーブルに置いた。
細長い半透明の袋に入っているが、色鮮やかな中身が遠目でもわかる。
千羽鶴だ。
「折鶴のおしりは、短く切ったストローで止めております。折鶴の配色はランダムに。糸は白一色で、三つ編みに、フックにかける穴は、これで」
彼女は“富田さん”に千羽鶴の説明をする。
“富田さん”はハンドバッグからハンカチを出し、口元にあてる。俺の席からは“富田さん”の背中しか見えないが、その動きはわかった。
「ありがとうございます」と、鼻をすする“富田さん”。彼女に「お代は?」と訊ねる。
彼女は首を軽く横に振った。
「ボランティアでやっておりますので、お金は頂きません」
ふわりと断る彼女を、俺はいつの間にか見つめていた。
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