暇つぶしショートショート

戸宮

第1話 空の時計

 終末論なんて聞き飽きていた。

 審判の日を知らせるラッパの音は聞こえることはなかったし、仏法が忘れ去られた時代に地面からひょっこり仏様が現れることもなかった。

 ついでに言えば大洪水も起きなかったし、小惑星が激突することも、世界中に黒い雨が降り注ぐなんてことは、それこそ映画や小説のなかの出来事に過ぎず、現実の、世界の終焉というのは驚くほどあっけなく、だけど小学校の夏休みに『将来のゆめ』というテーマの作文よりもはるかに漠然としたもので迎え入れられた。


 

 それは突然現れていた。デジタル式で99:99:99の真っ黒い数字。

 前日の23:59までは確実に存在しなかったその数字は世界中に驚きと恐怖、あとちょっぴりの興奮をもたらしていた。

 どこか一か所というわけではなく、世界各国、その首都の直上に出現したそれは、様々な疑問や、噂、熱狂的なオカルトブームを生み出してしまった。

 原理主義者達は審判の日が来たと歓喜し、学者は数字の仕組みを暴こうとやっきになり、新たな宗教団体が5000は増えた。

 

 

 ただ3年も動きがないものなので、燃料のなくなってしまった熱狂の炎は名残惜しそうに思い出の炭に変わっていってしまった。まぁ、つまりは飽きてしまったのだ。

 そんなこんなで頭上にある真っ黒な数字は不気味な存在感すら発することなく日常風景の一部と化し、観光名所にすらならなくなっていた。



 

 そんな黒い数字が動き出したのは大体3ヵ月と8日前。カウントダウンを始めた。

 音すら立てずに火を灯し続けた思い出の炭は、新たに投入された燃料を、以前の

 炎の勢いをあっという間に抜き去って、熱さを忘れた狂乱の炎に仕立て上げてしまった。



 映画ならば劇的に世界が終わるさまをまじまじと見ることができるんだけれども、残念ながら一般市民にはそんな席すら用意されていなかった。

 自宅のテレビでカウントダウンをペットボトルのお茶を飲みながら見ることしかできなかった。残念。

 


 もしかすると審判の日のラッパは数字が現れた日か、カウントダウンが始まった日に鳴り響いていたのかもしれない、たぶんイヤホンしながら音楽を聴いていたから聞き逃してしまったんだと思う。地面からひょっこり現れた仏様は人の波にまみれているうちに蹴っ飛ばしていたのかも。



 いつの間にか黒い数字は赤く染まり、心なしか怒っているようにも見えた。

 世界が終焉を迎えるにはいろんな後悔が脳裏に浮かぶのかと思っていたけど、そんなことはない、浮かんだのは賞味期限の近い大量のカンパンとペットボトルのお茶の処分方法くらいだった。期限を迎えることはもうなさそうだから、すぐに頭の中から振り払ってしまってけど。


 

 カウントダウンが10秒を示したとき、数字の隣に、より大きな文字列が浮かび上がった。

 

 

 


『アナログ世界は終了します。デジタル世界への移行をお願いします。』


 

 馬鹿馬鹿しい。やっぱり現実はつm

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