京王線スポッティング

りよく

第1話 府中・上

男は駅の改札を出てすぐにある商業施設の前に立っていた。

時間は昼の2時。あたりには様々な人たちが行き交っている。


幸せそうな家族連れ。子供はまだ4、5歳といったところか。楽しそうに走りまわり、それを少し後ろから親が歩いて着いていく。絵にかいたような幸せな家庭。


何をしているのか分からない老人。一見男性のようだが、もはやその身なりから性別を読み取ることはできない。彼(彼女)はまるでずっとそこにある銅像のように、ピクリとも動かずただただベンチに腰をかけている。手には350mlの缶ビール。それをどのように手に入れたのか…そこまでいって考えるのをやめた。


若い男女はまるで自分たちが漫画の主人公のように輝かしいオーラを放ち歩いている。親には見せたことの無いであろう笑顔を振りまきながら「次は何を食べる」「どの映画を見る」などと話しをしている。しかし、彼の頭の中は今晩のことでいっぱいだろう。


男は時計に目をやる。

2時5分。先ほどから5分しか経っていない。

商業施設前の交差点はたくさんの人で賑わっており、時間を潰すのに苦労はしない。しかし、すでに待ち合わせから5分経過しており、男は少し苛立ち始めていた。


そこへ一人の若者が歩いてきた。

男は若者へ気づき、二人はしばらく目を合わせる。

その視線の中にもう一人の若者が入ってきた。

三人はお互いの顔を見ながら立ちすくむ。

次第に顔が緩み始め、誰からともなく声を出した。

「おー!久ぶりだな!」

男たちはそう言うと駆け寄り、互いに抱きしめあった。

彼らは10年ぶりの再会だった。高校時代の友人で、当時はとても仲が良かったが、とある事件をきっかけに卒業して以来は一度も顔を合わせていなかった。

三人はそのまま近くの居酒屋へ入り、楽しそうに思い出話をはじめた。


ーーーー


「お待たせ致しました」

音量を小さくしていたため、イヤホン越しでも店員の声が聞こえた。

イヤホンを外し、スマートフォンをスリープさせて、一輝は少し緊張して顔をあげた。

四方を黒い壁に囲まれたこの1畳程度のスペースは、そこがスマートフォンの中なのかと勘違いさせるほど小ぢんまりとしていた。

一輝は目の前に置いていた使用済みの爪切りを店員に渡すと、立ち上がった。

店員は一輝の爪を確認し、問題の無い長さであることを確認すると右手をあげた。

「こちらへどうぞ」

店員に促されるまま黒い壁の続く通路を進む。所々に入り口はあるが、そこには黒いカーテンが引かれている。奥から何かをしているような物音はするものの、その黒いカーテンのおかげで何をしているのか外からは全くわからなかった。

突き当たりで店員が立ち止まり、一つだけカーテンの空いた入り口へ一輝を促した。入り口を潜ると先ほどより少し広い席があった。

一輝は慣れた様子で奥へ座り、店員に500円を渡した。

「かしこまりました。少々お待ちください」

店員はお辞儀をして去っていった。去る際に他と同じく、入り口にカーテンを降ろしていった。

しばらくして店員が生ビールを運んできたすぐ後に、その娘はやってきた。

「こんばんは。あ、まだこんにちは、か」

薄く笑うと、娘はおしぼりを渡しながら一輝の隣りに座った。

一輝は娘とたあいない会話を始めた。

今日の天気のこと、ここまでどのようにして来たのかということ、駅前の改装工事中のビルのこと、来月にある地元のお祭りのこと。それは誰の記憶にも残らない、雲のような会話だった。

しかし、ある質問で少し流れが変わった。

「お兄さんは何をしている人なの?」


ーーーカチッ

一輝は頭の中で何かのスイッチが入る音を聞いた。

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京王線スポッティング りよく @riyoku

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