第54話「手紙」


 約束を守れなくてごめん。

 この手紙を読んでいるということは、そういうことになったんだろうと思います。



 って、やっぱり無理。

 一度書いてみたい言葉だったんだけど、生きている間にこういうことを書くってとっても恥ずかしいですね。

 約束を破ってないけど、約束を破ったとか。

 まあでも、一応。

 もしものときのために、こんな手紙を書いています。

 ああ、すごい違和感。

 でも、書かないといけないので。

 やっぱり、もしももありうるから。

 と、いうことで、スイッチを入れます。



 父親として何ひとつできませんでした。

 ごめんなさい。

 できなかった。

 三和がこれを読んでいるときのお父さんはいないんですよね。

 モスクワから帰ることが、約束をちゃんと守ることが、父親としてやれることだと思っています。

 今まで何もできなかったお父さんだけど。

 残念です。



 ……いや、やっぱり恥ずかしい。

 ちゃんと帰る気満々なのに、できなかったことを書くって恥ずかしい。

 とりあえず、なんだっけ。

 三和は電話もでてくれないし、手紙も書いてくれないから。

 直接、そっち状況はわからないけれど(少し拗ねてます)

 伊原から元気に学校に行っているというのは聞いています。

 けっこうモテているって聞いています、おもに女子にって。

 まあ、お父さんは心が広いから、そういう相手が来ても許してあげます。

 むしろ野郎を連れてくるより、百万倍許します。



 で、なんの話だっけ。

 そうそう。

 お父さんとお母さんとが離婚して、三和に辛い思いをさせたことを謝ります。

 ごめん。

 ごめんなんかじゃすまさない。

 って君は言うと思う。

 でも、やっぱりごめんしか言えない。

 お母さんを責めないで欲しい。

 悪いのはお父さんだから。

 あの頃、精神的に不安定で、お母さんに暴力を振るったりしていた。

 それでも、病気だということでお母さんは耐えてくれていた。

 でも、とうとうお父さんが三和に手を上げたとき、お母さんは三和のことを選んで去っていった。

 ぜんぶ、お父さんが悪い。

 でもあの頃のことはよくわからないんだ。

 急に感情が高ぶって、何かに対してかもわからないけど怒りが込みあげてきて、それをお母さんや三和にぶつけてしまった。

 君は覚えていないと思うけど、頭を打たせて怪我をさせたんだ。

 だから。

 大きくなった君がうちに来てくれたときはうれしかった。

 つぐないができるんじゃないかって。

 これも謝らなくちゃいけないと思う。

 償いってよく考えてみると、君のためにすることじゃないんだ。

 結局、自分のため。

 償うことで、ひどかった自分を許してもらおうとしていた。

 もっと早く気づけばよかったんだけど、ダメ人間だからね、お父さんは。

 だから、もう一度声が聞きたかった。

 ちゃんとこの事も謝りたかった。

 気付いたのは最近だったから。



 ごめん。

 君を傷つけてごめん。

 戻ってくるといったけど。

 できなくてごめん。

 たぶん、お父さんは必死に生きようとしてがんばっていたと思います。

 がんばったけど、やっぱりだめでした。

 残念でしたってことなんだけど。



 違う。

 お礼も言いたい。

 まずは私の娘になってくれてありがとう。そして、数ヶ月だったけど、大きくなった三和が来てくれてありがとう。



 あと、心配ごと。

 お母さんに似てダメ人間に惹かれる要素があるから、それだけは気をつけて。

 ご飯はしっかり食べるように、胸がすくないことは気にしないように。

 何でもかんでも大きければいいというわけじゃない。

 お母さんはあれだけど、お父さんは小ぶりなのも好きです(ロリコンではない)

 他にもいっぱいあるんだけど、これくらいにしておきます。

 まあ、手紙を読まれることはないと思うから。

 だって、スーパーお父さんだもの。

 必ず帰ってくるはずだから。

 帰ってきたらちゃんと面と向かっていいます。

 もし、ほんとうにそうなって、三和がこの手紙を読んだら、何言ってんの馬鹿……って思うかな。

 そんときはごめん。

 でもさ、やっぱり直接言ったほうがいいでしょう? 

 だからお父さんは戻ります。



 やっぱり変だ。

 そうなったときのことを書いているのに、そうならないって言っている。

 だったら、こんな手紙も読まれることはないんだけど。

 変だね。



 最後に、これだけは間違いないから言っておきます。

 もし、本当にこんな手紙が読まれるとき。

 お父さんが動かなくなるとき。

 きっとお父さんは三和のことを考えていると思います。

 もし霊とかそういう世界があるのなら、一瞬だけでも三和の前に現れるので、無下にしないように。

 塩まかないように。

 大丈夫、君の元気な姿をみたら、すっといなくなるから。



 愛しの我が娘へ。

 父より。



 追伸

 やっぱり恥ずかしい。

 もし、私が生きている状態でこの手紙を見てしまったとしても、ぜったいに読んだことをお父さんに言わないでください。

 たぶん、恥ずかしくて爆発します。

 お願いします。



 もし、本当に私がいなくなった後だったら。

 それでもやっぱり捨ててください。

 なんだか格好悪いと思うので。

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