第27話「対戦車歩兵②」

 目の前の高台。

 那須高原にある、広い道路がポッコリした山の上を通っている。その山が邪魔をして向こう側とこっち側を完全に隠すような地形だった。

 俺たちはこの山をおにぎり山と勝手に名付けていた。

 そのおにぎり山。

 山の斜面を正面にして俺たちは息を殺して陣地を作っていた。

 いわゆる反斜面陣地というものだ。

 敵は遠距離からは撃てないし、攻撃する地形も山を越すまで見えない。

 そういう地形の特性を活かして防御しようとしていた。

 そんなところに、ノコノコと敵のデブ戦車がこっちにやってくれば、ドカーンとやる。

 そう連隊長が力強く言ってた。

 ここを敵の機甲部隊に突破されれば那須塩原の横っ腹がズドンとやられる。

 なんとか止めなくてはならない。

 敵にとってもここの地形の価値は高い。

 だから主力がくるぞ、と。

 そんな話をして一週間ぐらいたったころか。

 砲弾の雨が降ってきた。

 耳栓をしていても鼓膜がやぶれるんじゃないかという音。

 目の前の壁の様にたつおにぎり山が俺たちを守ってくれたが、肝心要かんじんかなめ、虎の子の対戦車ミサイルは少し高いところに陣地を作っていたため、文字通り鉄の雨が降り注いでいた。

 中隊本部を何度も呼ぶが無線は繋がらない。

 鉄の雨は降り注ぐ。

 俺たちがいた中隊の方向も、空中でキラッと光ったかと思うと地表面で土煙が上がっている。

 土煙しか見えないが、あの中は鉄の破片が見えないほどのスピードで踊り狂っているのだ。

 直感的に、中隊のやつらはほとんど生きていないだろうと思った。

 そんなことが小一時間続いていると、地鳴りのようなものを感じた。

 敵の戦車のお出ましだ。

 俺は諦めるような気持ちでそう思った。

「島村っ」

 俺が叫ぶと、鹵獲ろかく品の対戦車ロケットRPGを持ったおっちゃんが振り向く。

「馬鹿野郎こっちに向けるな!」

 緊張しているのだろうか、顔を向ける時に体も向けたもんだからRPGの先っちょを俺に向けてきた。

「くるぞっ!」

 俺は叫ぶ。

 対戦車中隊の陣地を振り向くと、五百メートルぐらい離れたところに陣取ってる一〇五ミリ対戦車砲が生きているのを確認した。

 草の間から出ている砲口が少し動いている。

 戦車が一両ぐらいしか動けない道。

 奴が見えたら後ろの奴らがぶっ放すつもりでいるらしい。

 その時だった。

 待ち構えている対戦車砲の方で銃声が聞こえた。

 機関銃と小銃だろう。

「歩兵がまわりこんできやがった! ちくしょう! いいか、撃てと言ったら撃て!」

 俺は無意識にそう叫んで分隊員に指示していた。

「山野!」

 機関銃を持っている、とび職だった三〇過ぎのおっさん。

「おうよっ!」

 チンピラみたいなおっさんだったが、いつになくうわずった声だ。

「後ろ、後ろがやられたら敵がこっちに来る、来たら殺せ!」

「おう」

 そんなあたりまえのどうでもいい指示をした。

 興奮していて、まともな判断力もないから、そんなことしか言えなかった。

 だが、そんなことをする前に目の前から突撃してくる戦車に踏みつぶされておしまいかもしれないが。

「まだ撃つなよ!」

 戦車も見えていないのにそう叫んでいた。

 しょうがない、うわずっているのは奴らだけではない。

 俺は狂いそうになっていた。

 叫んでいないと頭がおかしくなりそうだった。

「いいか、見えたら撃て、ぶち殺せ」

 いや、もう頭はいかれている。

装軌音ソウキオン!」

 島村が叫ぶ。

 俺はわかってる、聞こえてると叫んだ、いや、そんなことを自分が叫んだかもわからない。

 目の前の騒音の塊。

 聞こえないのだ。

 そして破裂音。

 一瞬真っ白になる視界。

「っかやろう」

 俺は叫んだ。

「島村っ! 撃つなら撃つって!」

 横を向いた瞬間、おっちゃんがいた場所におっちゃんはいなかった。

 島村は砕けていた。

 おっちゃんが撃った弾は外れ、戦車から顔を出した奴が重機関銃を撃ってきたのだ。

 一センチ以上ある弾。

 あんなもんくらったら人間なんかちぎれてしまう。

 いや、島村はちぎれる以前に破裂したような状態だったが。

 俺は我に返った。

 なんで、二発目三発目、無反動砲は撃ってないのかと叫ぶ。

 そりゃそうだ。

 無反動砲は同じ重機関銃にやられ、胴体がちぎれた野郎の手から外れ、そこに転がっているし、もう一個のRPGを持ってるもう田村はガクガク震えている。

「撃て! バカ! 田村! いいから撃て!」

 喉の奥が切れて血がでるんじゃないかというぐらいに声を上げる。

 破裂音。

 白い煙。

 戦車の横っ腹に何かが起こった。

 至近距離での爆発のためか音と光で目の前がチカチカする。

「ちくしょう」

 俺はそう呻きながらとっさに叫び走り出していた。

 砲塔が動く。

 ギュインといった感じにこっちを向いたからだ。

 それと同時だった。

 砲塔の連装銃が俺たちをなぎ倒していく。

 RPGを撃った田村が崩れ落ちた。

 後ろを振り向くと機関銃を持ったまま鉄帽ごと頭が割れたチンピラが機関銃を抱いていた。

 必死になって手榴弾を投げるが、むなしく破裂音と金属片が反射した音が聞こえただけだった。

「ちくしょう!」

 何度言ったかわからない。

 小銃を構え無反動砲の負い紐を引きずったまま戦車に近づく。

 重機関銃を構えた男と目が合った。

 その時だった、戦車からキラキラ響く火花と白い煙が周りを包んだのは。

「レーザー照射されたぞっ!」

 そんな声が聞こえる。同じ日本語を使うんだよなやっぱり。

 敵の戦車が対戦車ミサイルを避けるため、発煙弾をばらまいたようだ。

 煙の中で俺は戦車の上から上半身を出している男を小銃で撃っていた。

 顔面に二発。

 奴は崩れ落ちることもできず、開口部に脇を引っかかったまま息絶えている。

「……っ!」

 俺は無反動砲に持ち替え戦車に向かって撃ち込んだ。

 破裂音と共に戦車が揺れる。

 倒れもせず、砲塔がぶっとんだりもしない。

 俺がじいっと見てると、すさまじい勢いの炎の渦が重機関銃野郎の開口部から上がった。

 すると運転席だろうか、そこの開口部の蓋が開き、炎の渦と共に人の形をした火柱が踊り出てきた。

 それはのたうち回るように這い出てきて地面に崩れ落ちた。

 俺は無反動砲を捨て、小銃を拾い、単発で一発、二発、三発と撃ち込む。

 当たっているにも関わらず、その火柱はぐるぐる地面を泳ぐようにして這いつくばっていた。

 そんな光景をみた後、ぼんやりと炎の火柱が立ち上る戦車を見上げていた。

 白い発煙が消えるまでずっと。

 あの火柱人間も動きを止めたころだった。

 地響き。

 よろよろと座り込むぐらいに地面が揺れる。

 俺が敵の方向を見ると、その姿は一、二両しか見えないが、数十台分の装軌音が響いているように思えた。

 逃げようにも、もう体が動かない。

 生き残った分隊員が俺の肩を掴み引きずるようにして、物陰に隠れようとする。

「もうないのか、撃て、いいから撃て」

 俺は分隊員にそう指示をしたが、こいつらは頭を横に振るばかりだ。

 裸であんな化け物に正面から戦うようなバカはいない。

 対戦車やってるような奴らだけだ。

 頭が狂ってないとできない。

 ああ、そうだな。

 確かに狂っていないと、あんな化け物に向き合えない。

 敵は鉄で囲まれた化け物だ。

 俺らはそこらへんのガラスでもばっつり割れる柔肌ひとつ。

「ああ、ちくしょう」

 あいつらに踏まれて死ぬのだけはごめんだ。

 まだ、銃で撃たれた方がいいんじゃないかとか、変なことを考えだした。

 侍じゃねえんだから。

 死に方がどうだとか……。

 そんなくだらないことを延々と考える。

 自分たちの体が跳ねるぐらいの感覚。そんなところまで敵が近づいてきた。

 あの五十トンの化け物があらゆるものを踏みつぶしている音が響く。

 その光景が音だけでまざまざと頭の中にイメージとして浮かんだ。

 また、光と音が炸裂した。

 それ以降は鼓膜がおかしくなってキンキンした耳鳴りしか残っていない。

 俺が撃った豆鉄砲なんかとは違う。

 そんな爆発音。

 敵の横っ腹を突く様に山間から顔を出した対戦車ヘリが飛んでいる。そして、味方の方からは味方の戦車が突っ込んできているようだった。

 数メートル先に落ちた敵の戦車の砲塔。

 ドラム缶の中の弾薬が誘爆でもしてぶっとんだんだろう。

 あまりにも重いものだから、地面に突き刺さりがっつり固定されている。

 もう少し自分たちの方に跳んできていたら押しつぶされていたんじゃないかと思う距離。

 砲塔の裏には焦げ付いた何かわからないものが張り付いていた。

 敵の戦車乗りは、車長が頭を出して重機関銃を構えることが伝統。

 だから車長のなれの果てじゃないかと想像してじっと見る。

 まあ、よく目を凝らしても何が何だかわからない状態だ。

 次々に破壊される敵。

 不意にやられたせいもあるだろう。

 狭い路地でふんずまった敵の後続はどんどん対戦車ヘリのミサイルに次々と破壊されていった。

 虚しいのは俺らと同じ敵の歩兵。

 戦車を俺らのようなネズミから守るようにとその周りに張り付いていたが、戦車の爆発に巻き込まれるか、砲弾が裂かれるかどうにかなっていた。

 そんな戦場で、俺たちに残されたやるべきことは、とにかく逃げるか隠れることだった。

 生き残った男三人は、とにかく身をかがめ小さくしていた。

 地面の窪みに体を寄せあう。

 もうどうでもいいと叫んで駆け出したい気持ちを抑えながら。

 あと一歩で狂う自分を想像しながら。

 いや。

 三人とも。

 少なくとも俺は、もう狂っていたのかもしれない。

 意味不明な言葉を俺はひとり叫んでいたような気がする。

 敵か味方かわからない装軌音、砲弾の破裂音はもう目の前まで迫っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る