第26話「対戦車歩兵①」

~1991年(正化三年) 十月 那須塩原高原~

『帝国陸軍 決-二二連隊 第一中隊 野中見習士官(曹長待遇)』


「分隊長、子供は?」

 分隊長。

 それが今の役職だ。

 統合士官学校で学生やってるときにこんな戦争が始まった。

 あれよあらよと……よくわからんまま戦場で六カ月。

 怪我してこんなクソみたいな場所から逃げられると思ったら、治療後また第一線へ。

 同期見殺しにして、怪我をして、帰るところの中隊長も連隊長も死んだと聞いて、また第一線に向かったら、空爆で壊滅してバラバラになった。

 せっかく戻った部隊も消えちまったなんて笑うに笑えない。

 決-二二ケツニーニーなんて勇ましい名前がついた連隊に配置が決まっていた。

 『決』は文字通り決戦の決。

 もうジリ貧で決定打がないから、意地でもお前らが出血して決戦しろということらしい。

 まあ、でもみんな知っている。

 俺たちに求められているのは決戦なんかじゃない。

 ただの時間稼ぎ。

 九州の精鋭――機動打撃軍団――の攻勢が始まるまでの時間稼ぎ。

 関東から避難した人間をかき集めた部隊だ。

 昨日まで大学生してたとか、パン屋だ農家してた奴らの寄せ集め。

 たった数週間の教育を受けただけで、前線に来ましたこんにちは、なんて兵隊ばかりだ。

 ……そこんとこは、春まで統合士官学校で国家戦略だなんだをお勉強してた俺も同じなんだが。

 そんな俺にとぼけた質問をしてきたのは『島村』さんだ。

 正式には島村二等兵。

 歳は三十九で前職は農家、どっかでネギ作ってたとか言っていた。

 子供は四人いるらしい。

「この間まで学生していたんだ、女とやってできちゃいましたなんてへまはしてない、つうかできやしない」

 そう言って笑った。

「そうだと思った」

 島村さんはそう言って笑う。

「人の使い方を見とけばよくわかる」

 俺は何を言っているのか理解できなかったが、奴はそう言って笑った。



「野中見習士官」

 格式ばって呼ぶのはうちの小隊長しかいない。

 前の人が死んじまってから、この人が来た。

 四国の部隊から転属してきたそうだ。

「はい」

「命令だ」

「はあ」

「中隊は現在地に置いて陣地防御し敵の侵攻を阻止する、小隊も同じ」

 小隊長は右手を動かしメモは必要ないのかと催促する。

 俺は胸ポケットから鉛筆とメモ帳を取り出し筆記するふりをした。

 まあ、どうせ書く様な内容じゃない。

「一分隊」

押忍おす

 俺が答える。

 一分隊長だから。

対戦車たいせんしゃ中隊に配属」

「配属……?」

「配属完了時刻、一五〇〇ヒトゴーマルマル、五時間後だ」

「返事は」

「あ、了解」

 あんま関わったこともない対戦車中隊に配属。

 俺の分隊にある対戦車火器と言ったら八十四ミリ無反動砲一門。それと敵から鹵獲ろかくした携帯対戦車ロケットRPGが二発。

「対戦に配属ってなにすりゃいいんですか?」

「そりゃ、対戦車中隊のお手伝いだ」

 何を言っているんだという顔の小隊長。

「お手伝い」

「あいつらの防護だよ」

「防護」

「いいから早く戻って準備しろ」

 まあ、文字通り対戦の奴ら……いや、虎の子の対戦車火器を守れってことだろう。

 俺は言われるまま小隊を追い出され、見知らぬ対戦車中隊に顔を出すことになった。



 ――いいか、ここに敵が来たらこっちの対戦車ミサイル中マットで撃つから、残った奴をお前らがやってくれ。

 防護。

 対戦車中隊に行った俺らは防護なんかじゃなかった。

 保険。

 敵の極東共和国陸軍の奴らは、うちらと違って強烈な機甲部隊を持っている。

 俺たちが『ドラム缶』と言っている戦車は八〇式突撃戦車なんていう、五〇トン級の大型戦車だ。

 ソヴィエトの戦車をライセンスして無理矢理負荷装甲をつけているせいか、とにかくでかくて重い。

 でかくて重いもんだから橋も渡れない、渡ろうとしたら橋が落ちる。

 そういう特性からか、うちの連隊はこの国特有の地形――隘路あいろ――を使って防御しようとしていた。

 もともと対戦車ミサイルなんて敵のアウトレンジからバンバン撃ってぶち壊すというもんだが、なかなかそんな地形はない。

 数距離も見通せる線なんぞそんなにないのだ。

「まず遠くからミサイルを撃つ、次にこっちの反斜面陣地にあるこの一〇五ミリ対戦車砲を打ち込んで戦車をぶちのめす」

 中隊長がそんな説明をしているのをぼーっと聞いていた。

 一〇五ミリ対戦車砲なんて名前がついているが、急遽対戦車砲に仕立てた旧式の榴弾砲だ。

 ついこの間まで九州のどっかでグリスまみれで眠っていたような代物。

「野中見習い士官」

 そもそも対戦車ミサイルなんて言ってもこんな地形じゃ敵の戦車砲の有効射程内での撃ち合いになる。

 撃った瞬間撃ち返されて終わりだろう。

「野中!」

「っはい」

 ぼけっとするな。

 と怒声交じりに言われたが、本物のボスではないから別にどうでもいい。

「お前はこの戦車が通る場所で身構えて、とどめを刺す役だ」

「とどめ」

 棒読みで俺は復唱する。

「飛び出てきた奴らを殺せばいいんですか?」

 ためいきをつく対戦車中隊長。

「対戦車戦闘の経験は」

「ありません、前は歩兵戦闘のみでした」

「まあいい、戦車ってのはな、運がよけりゃ一発でいけるが、二発や三発じゃ撃破できんときもある、その時に撃ってくれ」

「撃つ」

「そうだ、お前にもあるだろう」

「あんな豆鉄砲で」

「至近距離で横っ腹に三発ぐらい撃ち込めばやれる、やれんでも履帯ぶっこわせば足は止まる」

 そういう訳で対戦車戦闘なんかやることになってしまった。

 どの面下げて分隊のところに帰ればいいのか。

 ドラム缶相手に火遊びしろなんて。

 あの鉄の塊に仕込まれた機銃でなぎ倒されるか、あのキャタピラに踏み潰されるか。

 敵は殻被っている戦車なので平気で味方の上に榴弾を被せてくれる。それにやられる確立の方が高いかもしれない。

「あと、一番前に出ているのはお前だ、しっかりと敵の状況も送れ……無線機は中隊のを渡すからな」

 ありがたくもなんともない。

 無線機もたせて、サボるなということだろう。

 余計なお世話というものだ。




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