第22話「スケスケお父さん」

「エロ親父」

 三和は私の腕の肉を抓るとそういう言葉を吐き出した。そして、汚いものを触ってしまったかのようにそこから飛び跳ねる。

「伊原さんも笠原さんもエニシさんもいるのに、今度は学生に手をだすなんて最低、不潔、汚い、汚物」

 ひどいことを言う。

「意味がわからん……同僚と友達だ、それに長崎は教え子のようなものだ、手をだすとか……三和も変な漫画とかに影響されて、妄想がすぎると思うぞ」

 ローキック。

 暴力反対。

 娘の部屋を掃除したときに、薄い雑誌のような何かを片付けたお父さんである。

「えっち」

「はいはい」

「エロリスト」

「それは言いすぎ」

「スケベ親父」

「もういいだろ」

「よくない」

 私はため息をつきいて廊下の先を見ると、エニシがゆっくりと歩いてきていた。

「親子仲良くしてるわね」

「ラブラブ過ぎてどうしようかと思っていたところだよ」

 ローキック。

 我が娘ながらなかなかいい蹴り方をする。

「お風呂入ってるんだ」

 エニシがニヤニヤしている。

「やっぱり、エロ親父ね」

 私は違う違うと慌てて言うが、ふふんと鼻で笑われる。

「エニシさん、冗談でもこんな人とお風呂なんか入らない、あの女を撃退するために言っただけ」

「あら、面白くない」

 ……面白い面白くないの世界じゃないだろう。

「ところで」

「ところで?」

「あなたの胸の大きな教え子ちゃんが、悪そうな男達にナンパされていたんだけど」

「そりゃ、あんな水着を着ているから悪い」

「それだけ?」

「あのな、今日はプライベートなの、面倒臭い事はしたくない」

「へー」

 ああ、もう。

「わかった、ちょっと行ってくる、三和、お前も気をつけなさい……ひとり行動は謹んで、エニシさんとみんなのとこにいっしょに戻るんだぞ」



「いやいや、お兄さん、この子は私の身内なので、そういうことされたら困るんですよ」

 ――声をかけただけだからいいじゃねえかよ。

 呆れるぐらいにありふれた言葉を吐いている。

 金髪、ピアス、タバコ臭い、そういうそれっぽい若者が四人。

 偏見で人を見たくないが、どうしてもそれが気になる。

 お堅い軍隊に居れば、こういう感じの子はあまりいない。

 周りは見て見ぬふりをして、早足に通過している。

 まあ、仕方がない。

 こんな馬鹿に関わる方が馬鹿だということはよーくわかっている。

「おい、いいかげんに」

 はあ。

 クダラナイ。

 男が私の肩を掴もうとした。

 私は間合いを一気につめる。

 相手の顔と私の顔がグッと近づいた。そのため男の手は空振りになり、宙を泳ぐ。

 数センチ低い男に対し、私は少しだけ見下ろす感じになった。

「そろそろ家族で遊ぼうとしていたところなんで、失礼したいんですよ、お兄さん」

 喧嘩を売っているわけではない。

 穏便に済ませようとして、よーく聞こえる距離に来ただけだ。

「やろうっ!」

 別の男が私の腕を掴んで引っ張ろうとした。

 クダラナイ。

 間合いを詰めた。

 さっきの男と同じように手が泳いでいる。

「このクソおやじ!」

 もう一人の男が私にペットボトルの中の液体をひっかけてきた。

 甘ったるい臭い。

 濡れるTシャツ。

 べったりと貼りつく感じが気持ち悪く感じた。

 クダラナイ、そして面倒くさい。

「ふざけんなよっ! てめえ、俺は金沢じゃあ、有名な……」

 男の言葉が止まる。

 目線が私の体に向けられていた。

 おいおい、おっさんのスケスケTシャツ見て欲情してんじゃないのか、この男の子は。

 それぐらい、私の肩口を凝視していた。

「……なんだてめえ、そんな傷見せつけて、俺を脅してんじゃねえよ」

 どこの傷だ。

 肩か、腹か、胸か。

「まったくどうしてくれるんだ、おっさんこの傷、恥ずかしいしコンプレックスだし」

 私はグイッと間合いを詰めた。

 男が私の首根っこを掴もうとする。

 そのたびに間合いを詰め、どんどんプール際に追い詰めていった。

 もう、面倒くさい、ああ面倒くさい。

 このガキども。

 ひとりの男がじゃんけんみたいなグーを握って振りかぶってきた。

 笑いたくなる様な殴り方。

 吹き出しそうになったので我慢しようと頭を下げる。

 なんだか頭上で風を感じたので頭を勢いよく上げてみた。

 びっくりした顔の汚いぼさぼさ金髪ガキ。

 私は耳元に顔を近づける

「あ!」

 鋭い声でびっくりしたような声をだす。

 男はその声に反応して腰をくの字に曲げる。そしてそのままプールサイドから落ちてしまった。

 勢いよく上がる水しぶき。

 私のTシャツが本格的に濡れてしまった。

 そんな私を見てなぜか怯える男達。

 まったく。

 見せたくもないものを。

 私は胸に刻んだ小さなシャレコウベが並んだ入れ墨を見た。

 自分が殺したと認識している敵の数分あるそれを私は手で抑えた。

 若気の至り。

 あの戦争で兵士たちの間で流行った入れ墨だ。

 知っているひとは知っている、そんなしろもの。

 私は男達を見る。

「び、びびってねえからな!」

 そう言って掴みかかってくる男。

 一歩遅れたもうひとりの男も何か煽るような事を言っている。

 まあ、理解できない言葉なので割愛。

「くっそ!」

 私はスッと横に避ける。

 ちょうど私の踵あたりがプールサイド際だから、後ろには下れない。

 その代わり、ずいっとさらに間合いを詰めた。

 プールサイドにそって動く私。そして、下がる男。

 が、男は何かに躓いたため、プールサイドで不思議なダンスを始めた。

 私は笑いそうになるのをこらえる。

 自爆にしては本当に滑稽すぎた。

 私は男に背を向ける。

 ドボン。

 また水しぶきが、ちょっと大きめのがふたつ上がった。

 ダンス野郎が仲間の手を掴んで道連れにしたらしい。

 私は、ため息をつく。

 少し怯えているように見える長崎に手招きをした。

「さあ、逃げようか」

 私は動かない彼女の手を引っ張った。

「トラブルは避ける、決して反撃なんかしない、それが大事」

 一応学校の教官としてトラブル回避を教えることも必要だ。

 少し説教地味た声でそんなことを言いながら、小走りで逃げることにした。

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