アリスはそこにいる。

 何時しかアリスと一緒にいるのが日常となって来ていた。

 

 アリスは何者なのかは分からない。

 

 だが悪い奴ではないようだ。


 それに自分の人生の中で唯一、自分の本心を晒せる相手でもある。


 その変わり、色んな本を薦めてくる。


 だが急かす様な真似はしない。


 本は時間をとって思う存分ゆっくり読むのが礼儀だそうだから。


 そうして過ごして暫く経ったある日の事だ。


「なあ、アリス――俺、バスケ部に退部届け出して来るわ」  


『あら? 急にどうしたの?』


「本当はこのままずっと、幽霊部員を続けても良かったんだけどな。だけど、このままだと何か一生ダメな気がして・・・・・・だからかな」


 上手く言葉に出来なかった。

 いや、言うのが恥ずかしかった。

 母親が恐いけどバスケ部を辞めたいなんて。

 

 だけどアリスは見た目よりも大人だ。


 ただ彼女はこう言ってくれた。


『私がいる限り、ここは子供の聖域よ。辛い事があったら何時でも逃げ込んでらっしゃい』


「・・・・・・ありがとう」


『どういたしまして』


 たったそれだけのやり取り。

 それだけで随分救われたような気がした。



 もし自分の人生が本だったら今迄の自分の人生が書き込まれたページはとても薄っぺらかっただろう。


 だがアリスと関わってから多少なりとも分厚くなって来た。


 そして今日は大変だった。

 

 顧問に懇切丁寧にバスケ部の退部について説明したら「よく話してくれたな」と拍子抜けするような感じで接してくれた。


 最後に「困った事があったら何時でも言ってくれ」とまで言われた。


 本当に意外だった。


 そして家で親に怒られた。


 親に怒られるのは恐かった。


 だが客観的に色々と考えてみれば親の怒りは当然である。


 実はと言うと幽霊部員になっていたのは親には隠していた。

 高い金を払ってバスケ部に入部してこれであるからだ。


 だが同時に母は自分が幽霊部員になっている事は理解していたらしい。


 その辺りの事については触れなかったが、よく考えてみれば思い当たる節はある。

 購入したユニフォームや道具に全然手をつけてなかったからだ。

  

 他にも冷静に考えれば不審な点は幾つもある。


 つまりずっと分かっていて黙っていたのだろう。


 で、ここまでの一連の出来事を通して分かった事だが。


 ようするに自分は、「母親や他人のせいにして自堕落な生活を送るだけの人間だった」――文章にしてみればそれだけの人間でしかなかったのである。


 

 そして後日―図書室。


『で? 図書室に来ていいのかしら? そんな暇があるなら勉強でもしなさいとか言われそうなものだけど?』


「別にテキトーにブラブラして夜遊びしているわけじゃないんだ。ある程度真実を暈かして伝えてる」


 放課後は図書室にいる。

 ただそれだけ簡潔に伝えたら親は黙ってくれた。

「勉強ちゃんと頑張りなさいよ」と釘は刺されたが。


「勉強に役立つ本は無いかな?」

 

 ふとそう尋ねる。


『勉強しようと言う意欲を持つのはいいことだけど、勉強を習慣づけないと意味は無いわ。それに何の為に勉強をするのか――それを探すのもまた勉強する上で重要よ』


「・・・・・・そこまで深く考えた事はなかったな」


 勉強なんて親の機嫌取りのためにやるもんだと思っていた。

 だが近い将来高校受験がある。

 その先は大学受験。

 そして就職活動。

 

 ただ何となく勉強するだけではダメなのだろう。


『真の意味で読まれた本はきっと貴方の、人生の手助けになるわ。私は本の精霊だからそうとしか言えないわ』


「真の意味――」


 アリスは教師の様な側面を保っている。

 悩みの答えを安易に提示せず、考えさせる時があるのだ。

  

 ふと手に取った本を眺める。


 自分は馬鹿な中学生に過ぎない。


 真の意味で読まれた本とか言われても分からない。


 どう言う形であれ、本を読まなければ真に読まれた本の手掛かりすら掴めないのだ。


 アリスは何を思っているのかクスクスと笑みを浮かべている。


 それでも俺は本に目を通した。



 これでアリスと俺との物語はいったん幕が降りる。


 だがアリスと俺の物語は例え作者がENDマークをつけても続いていく。


 作者が出来るのは二人の物語を書き記すだけである。

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図書室のアリス MrR @mrr

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