第四節
寒かったはずの風が、今となっては涼しいとさえ思える。
「もうすぐクリスマスだね。今年もアンタんとこと一緒にパーティーするんだろうなって思ってたのに、こんなことになっちゃうなんてねぇ」
彼女は笑顔を浮かべ、しみじみと言った。
「……ねぇ」
「んー? なーにー?」
「いつまで、こうしてんの……?」
彼は繋がったままの手をちょっとだけ持ち上げた。
「いつまでってなによぉ、不満なわけ?」
「いや、不満じゃないけど……でも、恥ずかしいよぉ」
彼の頬は変わらず赤い。
「アンタねぇ、告白までしておいて、今更なに言ってんのよ。私たちはもうそういう関係になっちゃったんだから、腹を括りなさいな、腹を。……まったく、ひとの大事なファーストキスを奪おうとしたあの勇気はどこに行ったのよ……」
「えっ、ファーストキス……なの?」
「あっ、しもた……」
「へぇー、そうなんだ、へぇー!」
「へぇー、ってなによぉ。こっちだってね、色々初体験で、実は一杯一杯なんだからね! 私だって恥ずかしいの! でも、こうしていたいの! 悪い!?」
彼は首を左右に振った。
「くっそぉ、今までは弟みたいなものだって思ってたのに……意識したら気づいちゃったじゃんかぁ……」
「気づいたって、何を?」
「それ、聞く? ちょっとは察しなさいよねぇ……好きだってことによ!」
「あ……ごっ、ごめん」
「謝られても困るし……あーもう! いい! もういい! 言う! まだ返事してないし、言うから! 私もアンタが好き! 可愛いところとか大好き! 弟みたいな存在だと思ってたけど、もう違うから! 男として見るから! はい、以上っ!」
彼女は苛立って、勢い任せにまくし立てた。その迫力と内容に、彼は思わず息を飲む。その顔はさらに赤く染まって、ちょっぴり涙目で、けれども笑顔で、感動しているのか、小刻みに震えている。
その姿を例えるならば、チワワなどの小型犬が、それも大人しい性格の子が、散歩に連れて行ってもらえると知ったときのよう、である。
つまり、可愛い。
「……で? 感想は無いの?」
「えっ!? あ……す、すごく嬉しい。すごく……!」
彼は頭が取られるんじゃないかという勢いで、首を縦に振った。
「そ、そう……」
告白した本人も感極まっているようで、そう呟くと黙ってしまった。一方の彼はすでに黙っているので、自然と会話が途切れてしまった。
それからしばらくは、無言のままに歩いていた。手は繋いだままである。
「――あっ、あのさ!」
急に声を上げたのは彼女だった。彼はびくりとし、慌てて隣を見やる。
「告白してくれたクラスメイトだけどさ、いま考えたらね、アンタに雰囲気が似てるかも。可愛い感じだし、なんか子犬っぽいし……だから、ちょっといいかもって思ったのかも」
彼女は照れくさそうにしている。
「……俺って、子犬っぽいの?」
「うん、子犬っぽい。だから好き。あ、もちろんそれだけじゃないよ。でも、子犬っぽいアンタが好き。だって、可愛いんだもん」
「そ、そうですか……」
「なんで敬語なのよ、フフッ。……それにしても、ほんと可愛いよねぇ。なんかこうさぁ、ぎゅーってしたくなっちゃう。う~、したくてウズウズする。家に帰ったら絶対してやるんだから。もう我慢しないもん」
「うう……俺、どんな反応すればいいんだよぉ」
「嫌なら嫌がればいいし、嬉しいなら喜びなさい」
彼女は意地悪そうに言った。
「そんなの、嫌なわけないじゃん!」
彼はからかわれていると察し、ふくれっ面を浮かべた。その反応を期待していたのか、彼女はニッコリと笑った。
「ねぇねぇ、今度のクリスマスだけどさ、どうしよっか? せっかくだし、二人っきりでしちゃう? デートとかさ」
「デート……」
彼はそのときの様子を想像し、思わずにやけた。
「クリスマスだし、プレゼントは必須よね。アンタ、なんか欲しいものってある? 私は手袋が欲しい。出来ればっていうか、絶対お揃い!」
「お揃いですか……ブランドものは勘弁して」
「中坊のアンタにブランドものなんか期待してないって。んで? 欲しいものは? 私はお姉さんだからね、ブランドものはさすがに無理だけど、それなりのものは用意できるよ」
彼女は胸を張り、フフンと鼻を鳴らした。
「欲しいものかぁ、なんだろう? うーん……」
「……ファーストキス、とか?」
頭を捻る彼の耳元に顔を近づけて、そっと囁いた。すると、ようやく赤みが取れてきた顔がユデダコのようになった。
「ほっ、欲しいけどっ!」
「欲しいの!?」
興奮のあまり、つい本音が飛びだしてしまった。そんな大胆な発言をするとは思いもせず、仕掛けた本人もドギマギしてしまう。
そしてまた沈黙。
「……こ、こういった話はこれ以上はやめとこ。今の私たちには荷が重い。免疫ないし」
「うっ、うん」
「でっ!? それで!? 何が欲しい!?」
彼女は強引に話を戻した。
「えっ、えーっと、えーっと……あっ、これ」
彼はデジプレを取りだした。
「これももう古いし、そろそろ買い換えたいかなって。同じメーカーので、ちょっと前に新しいのが出たんだ。そんなに高くないよ」
「ん、じゃあそれで決定ね」
「やった!」
彼は満面の笑みを浮かべた。顔が急に幼くなった気がする。中学生とはいえ、まだまだ子供なようだ。
「それじゃあ、クリスマスのデートはその二つを買うのがとりあえずの目的ってことで」
「う、うん……!」
デートという言葉を耳にすると、つい意識してしまう彼。不思議なもので、また顔つきが変わって、今度は大人っぽくなった。
さすがは思春期。男の子と、男を、言ったり来たりしている。
「ちょっと、それぐらいで恥ずかしがってて、当日は大丈夫なの? 鼻血とか出しちゃうんじゃない?」
「ん、出るかも……」
彼は不安そうに鼻を触った。
「いやいや、肯定しないでよ。もー、やーよー、せっかくの初デートが血まみれのクリスマスになるのは。まぁ、赤はクリスマスカラーだけど。――そういえば、これも赤だね」
彼女はイヤホンを指差した。
「もうすぐクリスマスだから、この色にしたとか?」
「え……あ、いや、違うけど……」
「ん? なんでモジモジ? なによ、恥ずかしい理由でもあんの?」
理由が知りたくて、意地悪な笑みを浮かべた顔を近づける。
「……赤、好きじゃんか」
彼女を指差す。
「えっ、私が好きだから、赤にしたの?」
彼は首を左右に振った。
「違うの?」
「ううん、違わないけど……それもあるけど、その、あの……おまじない、知ってる?」
「おまじない? どんなの?」
「いま学校で流行ってるんだけど、赤いイヤホンを、好きな人と一緒に聞いたら、両想いになれるっていう……赤い糸だから……そっ、それで、赤が好きだから、もしかしたら、一緒に聞いてくれるかもって……」
赤面した顔を隠すように俯いて、小さな声でボソボソ。彼の声が聞き取りづらくて耳を近づけていた彼女も、思わず顔を赤らめた。
「な、なるほど……って、もう! もうぉ~! アンタってば、どんだけ私のこと好きなのよぉ~! こらぁ~っ!」
彼女は満面の笑みを浮かべ、今までにない勢いで彼の頭を撫で回した。喜びがあまりに大きくて、幸せでしょうがなくて、辛抱できなかったのだ。
彼がそんなおまじないに頼るぐらい自分を好きでいてくれたことに、彼女は感激した。頭を撫でたのは照れ隠しだったが、そのスキンシップが我慢していた衝動を刺激したようで、さらなる大胆な行動へと走らせる。
「あー、もう無理! もう我慢できない! ぎゅーってするー!」
繋いだままの手を引っ張って正面に回り込むと、頭を撫でるのに使っていた腕を伸ばし、彼の身体をぐいと引き寄せた。そしてぎゅっと抱きしめて、胸に顔を押しつけた。
無論、彼は大慌ての大混乱。緊張と興奮のあまり、“気を付け”のように全身をピンと伸ばして、微動だにしなくなった。
お互いの心音が、とてもよく聞こえる。
激しく脈を打っている。
暑い。
熱い。
「小さい頃は、よくこうしたよねぇ」
「……」
「アンタは甘えん坊でさぁ」
「……」
「あ、いい匂い。なんか落ち着く。シャンプー、なに使ってんの?」
「お、男物……」
「そうなんだ、フフッ」
「な、なんで笑うの?」
「なんか可愛くて」
「そ、そう……」
「なーに? 男としては微妙? 嬉しいような悲しいような?」
「……うん……」
「フフッ、素直でよろしい。ハァ~、あったかいなぁ~」
「うん……」
「ずっとこうしていたいねー……」
「う、うん………………ね、ねぇ、帰らないの?」
「帰るさー。でも、もうちょっとぉ……」
「あううう……」
クリスマスの前に、春はやってきた。
【完】
クリスマス・スプリング 小野 大介 @rusyerufausuto1733
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