第20話
授業の合間の休み時間、そうちゃんが携帯電話を取り出して、高岡君と城嶋君に話しかけていた。
「連絡先を交換しよう」
「なんだよ、おれたちには教えたくなかったんじゃないのかよ」
「前は教えたくなかったけど、今はお前らのことを友達だと思うようになったから、交換したくなったんだ」
高岡君と城嶋君が笑顔になる。
「おせーよ。おれたちはとっくに友達だと思ってたんだぞ」
最近学校で見せるそうちゃんの笑顔が、昔の快活な笑顔に戻っていた。あの見てると不安になる、どこを見ているのかわからない虚ろな目もしなくなった。
よかった、そうちゃんは日々を楽しもうと前向きになってくれたんだ。
よし、あたしも前を向こう。
自分の性格を考えれば、もう少しそうちゃんにアプローチしてから告白しようとか、クリスマスに告白するとか、バレンタインデーに告白するとかって思ってると、その日が来るまで、日を追うごとにどんどん告白するのが恐くなってしまって、結局告白できなくなると思う。だから、告白できなかったあの時みたいな後悔は絶対にしないっていう決意があたしの中から消えない内に告白するべきだ。それはつまり、できるだけ早く、可能ならば今すぐに告白するってことだ。
告白する場所は決めている。ゾウ公園だ。放課後か学校が休みの日に、そうちゃんにゾウ公園まで来てもらって、そして告白するんだ。そのためにはまず、そうちゃんを呼び出さなければいけない。
今はちょうど休み時間なんだから「ゾウ公園に来て欲しい」って今言えばいい。今言おう。……ダメだ。そうちゃん高岡君と城嶋君と話してるし、邪魔しちゃ悪いし、こんなこと周りに聞かれたら恥ずかしい。内容からして告白しようとしてることがバレるに決まってる。もし菱田たちの耳に入ったら、絶対にからかわれる。どうしよう。言わなきゃいけないのに、言いに行けないよ。そんなことを考えてる内に休み時間は終わってしまった。
言えなかった。でも大丈夫。次の休み時間に言えばいいだけのことだ。しかし次の休み時間も、トイレに向かうそうちゃんの邪魔しちゃ悪いしとかって、自分で言い訳作って結局言えなかった。そうこうしている内にとうとう放課後になってしまった。
なにやってんだよあたし! 告白するって決意したんじゃなかったのかよ! あたしのへたれ!
直接言わなくても、連絡先知ってるんだからメールするか、そうちゃんが家にいるだろう時間に電話すればいいんだろうけれど、そんなことしてるようじゃ、多分まともに告白なんてできっこない。だから今、直接言うべきだ。
「そうちゃん!」
鞄を持って教室から出て行こうとしていたそうちゃんの背中に、やっとの思いで声をかけた。
立ち止まって振り返ったそうちゃんに駆け寄る。
「そうちゃん今日暇?」
「これからバイトなんだ」
「そっか」
あたしの家は門限が十九時だ。さすがに門限を破って親に怒られてまで今すぐに告白する必要はない。だから今日告白することはやめにする。そうとわかって内心ほっとしている自分がいた。それではダメだとほっとしている自分の背中をバシッ! と叩く。
「じゃあ明日は? 時間ある?」
明日は土曜日で、学校は休みだ。
そうちゃんは首肯した。
「午後からバイトだけど、午前中だったら空いてる」
「だったら明日の朝十時に、ゾウ公園に来て」
「ゾウ公園? あそこでなんかあんのか?」
「話があるんだ。だからゾウ公園に来て欲しい」
「わかった」
こうして明日の朝十時にゾウ公園でそうちゃんに告白する段取りが整った。
あたしがゾウ公園に着いたのは朝の九時半だった。
今日もあたしは桃にメイクしてもらって、桃に見繕ってもらった服を身に着けていた。遊園地の時とは違う服装だけれど、今日もミニスカートで、髪型はもちろんポニーテールだ。
容姿は完全武装してきた。あとはあたしの心の準備だけだ。
考えてきたセリフを、頭の中で何度も何度も反芻して、シミュレーションを繰り返す。そうちゃんを待っている間、ずっと心臓が破裂しそうなほどバックンバックンしていた。
そうして待つこと三十分。そうちゃんは十時ちょうどにゾウ公園にやって来た。
目が合って、あたしは手を振る。
そうちゃんがあたしの前にやってきた。
「ごめんね。朝早くに呼び出したりして」
「それで、話って」
「あの……」
そうちゃんに真正面から見つめられる。それだけで緊張が頂点に達する。あんなにシミュレーションしてきたのに、なにも言えなくなってしまう。
わかってたことだけど、面と向かって好きって伝えることって、こんなにも恐いことだったんだ。でも言わなきゃって必死に言葉を紡ぎだそうとしたけれど、やっぱり恐くて言えなくて、代わりにあたしの体が震えだす。
「……えっとね」
声も震えてしまう。きっとあたしの顔、真っ赤になってる。こんな無様な姿をこんな近くからそうちゃんに見られてる。あたしのこんな様子を見て、あたしが今からなにを言おうとしてるのか、きっとそうちゃんに既に伝わってしまってる。恥ずかしい! 逃げ出したい! けれど、もうあの時みたいな後悔はしたくないんだ。伝えようって決めたんだ。
震えて歯がカチカチなる口を必死にこじ開ける。そして震える声で言う。
「あ、あ、たし、そうちゃんのことが好きなの。昔も好きだったんだけど、今のそうちゃんのことも好きになったんだ。優しくしてくれるそうちゃんが、好きです。だから、よ、良かったら、あたしと付き合ってください」
言い終えた後、答えを聞くのが恐くて顔を上げられなくなる。
あたしたちの間に暫くの時間、沈黙が漂う。
「ごめん。お前のことは嫌いじゃないけど、彼女作る気ないから、付き合えない」
フラれちゃった。
「……そっか。それ前にも言ってたもんね」
「うん。それじゃ」
「来てくれてありがとう」
そうちゃんが帰って行く。
あたしは一人、公園に取り残される。
あっさりフラれちゃったなあ。やっぱりダメだったなあ。わかってたことだけど、辛いよ。
小さくなっていくそうちゃんの後ろ姿が、涙でぼやけて見えなくなる。
あたしは一人そこに立ち尽くし、いつもでもいつまでも涙を零し続けた。
週が変わって月曜日。登校していたあたしの前方に、そうちゃんの姿を見つけた。あたしはどうしようか迷った挙句、そうちゃんに駆け寄った。
「おはよう」
あたしはそうちゃんの横に並んだ。
「おはよう」
「今日寒いね」
「そうだな」
いつも通りの他愛ない会話。でも一昨日までとは明らかにあたしたちの間の空気が違う。いつも通りに喋っているのに、気まずい。ちっとも楽しく感じない。
そうちゃんの話し方が固いのがわかる。多分あたしも固いんだろうな。それをそうちゃんも感じてるんだろう。二人ともが平静を装うのに必死で、それがお互いに伝わってしまっている。
朝のあいさつをするのに勇気が必要になってしまったことが、あたしたちの関係が変わってしまったことを証明していた。
それからは、あたしが話しかけたらそうちゃんは普通に喋ってくれるけれど、そうちゃんの方からあたしに話しかけてくることはなくなった。
告白しようって決めた時にわかってた。告白してもしもフラれたら、これまでの二人の関係が壊れてしまって、元に戻らなくなるって。わかってたことだけど、これからずっとこのままなのかなって思うと、やっぱりきつかった。
フラれたっていうのに、気がついたらあたしの視線はそうちゃんに向いてしまっている。フラれたんだから、そうちゃんのことは諦めなくちゃいけないのに。そうちゃんに視線を向けていて目が合うと、今までだったら嬉しくなって胸が高鳴ってドキドキしてた。でも今はそれよりも気まずさを感じてしまっている。だから見ない方がいい。見るべきじゃない。心の中で何度もそう唱えて、そうちゃんを見ないように意識してみても、やっぱり見てしまう自分がいた。
好きだってこと、そうちゃんに伝えることができたなら、たとえフラれたとしても満足して諦められると思ってた。
フラれて暫くの間は、そうちゃんのことばっかり考えてしまうのはしょうがないと思ってた。だって人生で初めての告白をして、初めてフラれたっていう、おそらく一生忘れられないだろう経験をしたんだから。でもいつまで経ってもあたしの頭から、そうちゃんが消えることはなかった。考えるのはフラれたあの日のことも、もちろんあるんだけれど、そうちゃんとの楽しい思い出とか、他愛ない会話を交わしたこととか、今家でなにしてるんだろうなとか。フラれる前となにも変わってなかった。
あたしはちっとも吹っ切れていなかった。意識して諦めようとしてみても、うまくできない。男と違って、女は一つの恋が終わったら、すぐに次の恋に向けて気持ちを切り替えることができるとかってよく聞くけれど、ちっとも諦めきれないじゃん。あんなことを言い出したのは一体誰なんだよ。あんなの絶対嘘じゃないか。
あたし、神崎に悪いことしたのかもしれない。さすがに同じ相手に十回も告白するのはやりすぎだと今でも思うけど。告白してフラれたのに、いまだにそうちゃんのことを諦めきれてないあたしに、神崎を怒って注意する資格なんてなかったんだと思う。
昼休み。どうしても目がそうちゃんの方に向いてしまうあたしは、またまたそうちゃんのことを観察していた。今日もそうちゃんのお弁当のおかずは、そうちゃんのおばあちゃんが作った、あたしたち若者があまり食べないようなものばかりだった。
遊園地に行った時、あたしが作ったカツサンドをおいしいって言ってくれてたし、今日のあたしのお弁当に入っているトンカツは、昨日の夜にあたしが夕飯用に作ったやつの余り物なんだけど、これを分けてあげようかな。フラれたけれど、あたしたちは友達なんだし、あたしが話しかけたらそうちゃん普通に喋ってくれるし、友達として話しかける口実として、トンカツをあげるだけだ。だから分けてあげてもなんの問題もない。
本当に純粋にそれだけが理由?
……嘘だ。あわよくば自分の作った料理で、少しでも自分のことを好きになってもらおうって、あたし考えてる。
あたし、少しも諦めきれてない。
あたしってこんなに未練がましくて女々しい奴だったんだ。
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