第19話
「そうちゃん木登り得意だったじゃん!」
「転校先でジャングルジムのてっぺんから落っこちて、腕を骨折したんだ。それがトラウマになったんだよ」
「そうだったんだ」
「柊君汗びっしょり!」
そうちゃんの顔に冷や汗がびっしり浮かんでいた。
「ごめんそうちゃん。高いところが苦手になってるなんて思わなくて。目瞑ってていいよ。降りる時になったら教えるから」
「ああ」
暫くして、あたしはそうちゃんに声をかける。
「そうちゃんもう降りるよ。目開けても大丈夫だから」
そうちゃんが恐る恐る、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。そして恐怖に顔を強張らせた。
「おい、てっぺんじゃねえかよ! 騙しやがったなこの野郎!」
あたしの嘘に気づいたそうちゃんが、自分の体をゴンドラの真ん中へ押しやろうと慌てふためいた。
「あはははは! そうちゃん格好悪い!」
そのリアクションが可笑しくて、あたしと桃と尾上は一斉に笑った。
観覧車から降りたそうちゃんは既に疲れた顔をしていた。
「くそっ、騙しやがって。今度は地上の乗り物がいい」
「じゃあどれ乗る?」
「コーヒーカップなんかどうだ」
「いいよ、行こう」
そうちゃんの提案で、次はコーヒーカップに乗ることにした。
桃と尾上はあたしがそうちゃんのことを好きだと知っている。だから気を利かせてくれて、あたしとそうちゃんに一つのカップに乗るように言ってくれた。
カップに乗るとそうちゃんがニヤリと笑う。
「さっきはよくもやってくれたな」
カップの中央にある、丸くて小さなテーブルみたいな奴を、そうちゃんが思いっきり回し始めた。
「ちょっと待って!」
急激に風景が回転し始め、体が遠心力で倒れそうになる。あたしは必死にカップの縁を握りしめて耐える。
「回しすぎだってば!」
「うるさい! さっきのお返しだ!」
あまりの回転の速度に恐怖を感じたけれど、なんだかそれが段々楽しくなってきて、あたしは笑っていた。
コーヒーカップの動きが止まり、降りる時にはあたしの目は激しく回っていた。それはそうちゃんも同じらしく、二人してふらふらしながらカップから降りると、隣のカップに乗っていた尾上の情けない声が聞こえてきた。
「春比奈さん回しすぎだよ~」
ぐるぐるする視界の中、尾上に顔を向けてみると、いつもの挙動不審な動きに加えて、目が回ってふらふらになった尾上が、とてもおかしな千鳥足になっていた。
「あははは! なんだよ尾上その動き!」
あたしと桃とそうちゃんの三人で大爆笑する。あたしはお腹を抱えて笑いながら、そうちゃんに目を向けた。
あ! そうちゃんの笑顔、普段の作り笑いじゃなく、昔の快活だったあの頃の笑顔になってる! よかった。少しは楽しんでくれてるみたい。
次にあたしはお化け屋敷に行くことを提案した。今日はみんなでそうちゃんを楽しませるために来たわけで、そうちゃんとデートをしに来たわけじゃないけれど、やっぱり好きな男の子とお化け屋敷に入ってみたかったのだ。
ここのお化け屋敷は和風で、自分で歩いて進んでいくタイプのお化け屋敷だった。今回も気を利かせてもらって、あたしとそうちゃん、桃と尾上のペアになり、ちょっと時間をずらして二人っきりで入った。
暗いお化け屋敷の中で突然、生首が降ってきたり、大きな音が鳴る度に、あたしはびっくりして、きゃーきゃー叫んでいた。それに対してそうちゃんは、少しは驚くものの、そんなに恐がっていなかった。
お化け屋敷に来た理由は、当然そうちゃんにしがみついたりしてイチャイチャしたかったからなんだけど、あたしたちは付き合ってるわけでもないし、しがみついたりしたら馴れ馴れし過ぎるんじゃないかと思って、あたしは遠慮していた。でも恐いから、せめてそうちゃんの服を掴んでいたかった。でもそれもしていいのかどうかわからなくて、手をそうちゃんの服に伸ばすものの、掴もうかどうしようか、ずっと手が迷っていた。
ふいにそうちゃんが振り返る。あたしは咄嗟に伸ばしていた手を引っ込めて、目を逸らした。
「掴みたいんだったら掴んでていいぞ」
「え、いいの?」
「いいって言ってるだろ、ほら」
そうちゃんがあたしに向かって腕を伸ばす。
「ありがとう」
あたしはそっと、そうちゃんの服を掴んだ。
服を掴んでいるだけで、すごく安心感があって、それと同時に掴ませてくれたことがとても嬉しかった。
暗いお化け屋敷から明るい外に出ると、あたしは掴んでいたそうちゃんの服から手を放した。
「あー、恐かった……」
暫く出口で待っていると、半べそをかいた尾上が桃の腕にしがみつきながら出てきた。桃が苦笑する。
「尾上君、恐がりすぎだよ」
「ご、ごめんよ。男のぼくがしっかりするべきなのに……」
この二人の場合、あたしたちとは立場が逆だったらしい。
「で、でもぼく絶叫マシン系は好きなんだ。だから次はジェットコースターに乗りたい」
「わたしも乗りたい!」
「え、っと。あたしはそういうの苦手だから……」
あたしは高所恐怖症ではないんだけど、絶叫マシンは苦手だった。
「おれもパス」
「じゃあどうしよっか」
「二人だけで乗ってきなよ。あたしたちは適当にぶらついてるからさ。降りたら連絡してよ」
「うん、わかった。じゃあ後でね」
桃と尾上はジェットコースターのある方へと歩いていった。
「あたしたちも二人でなんか乗りに行く?」
「そうだなあ」
そうちゃんが周囲に首をめぐらせる。そしてゲームセンターコーナーに目を留める。
「お前、おれが昔ゲーセンで取ってやったキーホルダー、もうボロボロなのに家の鍵に付けてまだ使ってるだろ」
「え!? なんで知ってるの!?」
「後夜祭の後、家まで送っていっただろ。あの時に見た」
見られてたんだ! 恥ずかしい!
あたしはそうちゃんから顔を逸らした。
「新しいの取ってやるよ」
「え、いいの?」
「ああ」
そう言うとそうちゃんはゲームセンターコーナーに向かって歩き出した。
あたしたちはゲームセンターコーナーの中にある、景品がキーホルダーのクレーンゲームの前に来た。
「ほら、好きなやつ選べよ」
数ある中からあたしは一つを指差す。
「じゃあ、これがいい」
あたしは男爵ヒゲを生やした偉そうな表情の、ダンディーなアヒルのキャラクターのキーホルダーを選んだ。パッケージにアヒル男爵と表記されている。一体なんのキャラクターなのかさっぱりわからなかったけれど、小憎らしいところがなんだか可愛かったからこれにした。
「こんなのがいいのかよ。昔からお前の趣味ってわかんねえ」
「だって可愛いじゃん」
「そうか? まあいいけど」
そうちゃんは一発でアヒル男爵をゲットした。クレーンゲームが得意なところも、昔と変わっていないらしい。
「ほらよ」
そうちゃんが景品取り出し口からパッケージされたアヒル男爵を取り出し、あたしに差し出す。あたしはそれを受け取った。
やっぱり、そうちゃんは優しい。
「ありがとう」
あたしは笑顔になってお礼を言った。すると、またしてもなぜかそうちゃんは、すぐにあたしから目を逸らした。
桃と尾上の二人と合流した頃には、時間は正午を少し過ぎていた。あたしたちはフードコートに移動して、お昼ご飯を食べることにした。
「あたし作ってきたから」
フードコート内にある自由席のテーブルの真ん中に、あたしはバスケットを置いた。バスケットを開くと、中にはあたしが早起きして作ってきたサンドウィッチが並んでいた。手作りご飯でアピール作戦をするべきだと、桃に指示されて作ってきたのだ。
「これ全部小鳥ちゃんが作ってきたの? すごーい! ね、柊君」
あたしに作るように言ったのは桃だから、当然桃は知っていたのに、あたしの作ったサンドウィッチを引き立たせるために、わざわざ演技をしてくれてるんだろう。
「料理得意なのか?」
「得意ってわけじゃないんだけど、作ってみたんだ」
あたしはなんだか照れくさくて、手をもじもじさせながら言った。
「さ、食べて食べて」
飲み物はフードコートでみんなそれぞれ好きなのを買ってきていた。そしてみんながいただきますと言って、サンドウィッチに手を伸ばす。
あたしはそうちゃんの口に合うかどうかが気になって、自分は食べずにドキドキしながらそうちゃんの様子を窺う。
そうちゃんがカツサンドを手に取った。そしてそれを口に近づけていく。
おいしいって言ってくれるかな? もしもまずいって言われたらどうしよう!? 一口食べてどんな顔するんだろう? どうかな? どうかな? どうかな!?
そうちゃんの視線があたしに向いて、目が合う。
「……そんなに見られたら、食べづらいんだけど」
「ご、ごめん!」
そうちゃんにプレッシャーを感じさせるほどに、ガン見してしまっていたらしい。あたしは慌てて目を逸らした。でも気になってどうしてもチラチラ見てしまう。
そうちゃんがカツサンドを一口齧る。
あたしは体を固くする。
「どう、かな?」
そうちゃんが瞠目した。
「これうまいな!」
「ほんと!?」
「ああ」
ほっとしたあたしが破顔すると、そうちゃんはすぐにあたしから目を逸らした。そして二口目、三口目と食べていく。
「ほんとにおいしいよ」
「うん、おいしい」
桃と尾上もおいしいって言ってくれた。良かった、嬉しい。早起きして頑張って作ってきた甲斐があった。
お昼ごはんを食べ終えたあたしたちは、午後からも色々な乗り物に乗った。
ゴーカートで最後にしようということになり、あたしたちは四人でジュースを賭けたレースを行うことにした。三位と四位が一位と二位に奢るというルールだ。
抜きつ抜かれつ白熱したレース展開になり、みんなはしゃいだ声を上げながらゴールした。優勝したのはそうちゃんだった。
「よっしゃあ!」
快活な笑顔を浮かべてガッツポーズをして子供みたいに喜ぶそうちゃんは、心から楽しんでいるように見えた。明るかった昔のそうちゃんが戻ってきたみたいに感じられて、あたしは嬉しくなった。
後は帰るだけとなったあたしたちは、遊園地の出入り口となっている、入退場ゲートに向かっていた。
「ねえ、なにあれ?」
桃が指差す先を見ると、入退場ゲート付近で、ボードに写真が張り出されていて、それが売られていた。近くに寄って見ると、イカダDEスプラッシュというアトラクションに乗ったお客さんたちの写真だった。
イカダDEスプラッシュというのは、イカダを模した船の乗り物に乗って、人工の川を進んでいくアトラクションだ。最後に急角度の下り坂が待っており、そこをイカダを模した乗り物が下っている時に、設置されているカメラが自動的に写真を撮る仕組みになっていると、写真の売り子さんが教えてくれた。
あたしたちも午後からイカダDEスプラッシュに乗っていた。
「わたしたちの写真あるかなあ?」
ボードに張り出されているたくさんの写真の中から、自分たちが写っている写真を探す。
「あったよ!」
尾上が指差す写真を全員で見る。急角度の落下時の風圧で、あたしたちもあたしたち以外の乗客も、全員の髪がたなびいている。笑顔の人、叫んでいる人、恐くて目を瞑っている人。二十人の乗客のリアクションは様々だった。
「なによこれ、写真写り最悪じゃない」
その写真の中で、桃が白目になって写っていた。超絶美少女だとはとても思えないブサイクな写真写りで、それを見たあたしとそうちゃんと尾上で一斉に大爆笑した。
「ちょっとひどい! 笑うことないじゃない!」
頬を膨らませてぷりぷり怒る桃が可笑しくて、あたしたちは長いこと笑い声を上げ続けた。
「記念に買っていこうよ」
「そうだな」
「うん」
「いらないよこんな写真! 買わなくていいから! お願いだから買わないでってば!」
買おうとするあたしたちを邪魔してくる桃を押しのけて、あたしとそうちゃんと尾上はそれぞれ写真を買った。
帰りの電車の中で、あたしたちは四人が向かい合って座れる座席に座った。
あたしは笑顔で言った。
「今日は楽しかった!」
「うん、楽しかったね」
「ぼくも楽しかった」
「そうだな」
みんな笑顔で言った。そうちゃんも自然な笑顔を浮かべていた。
尾上がぽつりと言う。
「これで、友達になれたかな。柊君ってぼくのこと友達だと思ってくれてないよね。連絡先教えてくれないし。ぼくとしてはまた、こうして遊びに行きたいんだけど」
あたしも同じ思いだった。
「あたしも教えて欲しい。またどこかに遊びに行こうよ」
「わたしもまた行きたい!」
三人でそうちゃんを見つめる。
そうちゃんは苦笑した。
「わかったよ。おれも行きたいし」
あたしと桃と尾上は顔を見合わせて笑顔になった。
あたしたちはようやく、そうちゃんと連絡先を交換することができた。
地元の駅に到着し、あたしたちは自分たちの町に帰ってきた。
駅のホームに設置されている時計を見上げた桃が、あたしたちに振り返る。
「今日はもう解散する?」
時刻は夕方の四時半という、中途半端な時間だった。
「解散でいいだろ。疲れたし」
「あたしそうちゃんの家に行ってみたい」
「はあ!? なんでだよ」
「だって昔と住んでる家変わったんだろ? そうちゃんの新しい家に一回も行ったことないから行ってみたい」
「ダメだ。つうか嫌だ」
「いいじゃんか別に」
「ダメだっつってんだろ」
「あーあ。あたし七時間も待たされたのになあ……」
あたしはこれ見よがしに悄然と俯く。
「その埋め合わせはもうしただろ」
「しかも雨の中で。雨の中、一人で待ってるの、寂しかったなあ、辛かったなあ、寒かったなあ」
「小鳥ちゃん可愛そう。柊君サイテー」
「それはぼくも酷いと思うよ」
「ぐっ、……わかったよ!」
「やったあ!」
「お前らも来るのかよ」
「だってぼくたち友達だろ?」
ということで、みんなでそうちゃんの今の家に行くことになった。
そうちゃんの家は瓦屋根の一軒家だった。
あいさつして中に入ると、そうちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんが出迎えてくれた。
あたしたちは居間に通されて、適当に座る。
あたしはそうちゃんに訊いた。
「おばさんとおじさんは?」
「いない」
「どっか出かけてるのか?」
「そういう意味じゃない。この家にはいない」
「え、じゃあどこにいるんだ?」
「さあな。どこか遠いところじゃねえの」
「それって……」
「勘違いすんなよ。死んだわけじゃない。多分、今もどっかで生きてるはずだ」
「それじゃあ、おじさんとおばさんは……」
「離婚したんだ。だから一緒に住んでない」
「え? おじさんともおばさんとも?」
「ああ」
両親が離婚して、そのどちらとも一緒に住んでない? そんな状況、有り得るだろうか。あたしは考えてみた。そして答えに行き着く。
「それって……」
「そういうことだ。わかったらこれ以上詮索すんな」
両親のどちらにも引き取られなかったってことか。だからあたしたちを家に連れて来るのを渋ったのか。
あたしと会わなくなっていた間に、そうちゃんがそんなことになってたなんて、あたし思いもしなかった。そんな辛いことを経験してたんだ。そして今のそうちゃんになったんだな。なんて声をかければいいのかわからない。そんなことを考えていると、あたしの瞳から涙が溢れ出てきた。
「泣くなよ。だから家には来られたくなかったんだ」
そうちゃんのおじいちゃんとおばあちゃんは、そうちゃんがこの家に引っ越してきてから、初めてそうちゃんが家に友達を連れてきたということで、とても嬉しそうで、あたしたちに良くしてくれた。あたしたちは夕飯をご馳走になった。食卓を囲みながら、学校でのそうちゃんの様子を色々と訊かれた。あたしはご馳走になった夕飯を見て、そうちゃんのお弁当の中身がいつも煮物、漬物、魚、サラダばっかりな理由をようやっと理解した。
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