第18話


「別にいいんだけどさ、なんでこいつらまで来てるんだよ」

 あたしとそうちゃんと桃と尾上は駅前に集合していた。

 あたしはこの前の埋め合わせとして、遊園地で遊ぶ約束をそうちゃんと交わしていたのだ。

「この前の時も二人を誘ったんだけど、そうちゃんに一方的に約束を取り付ける作戦のことを話したら、それで本当にそうちゃんが来るのか信用できないって言われて、一緒に行くことを断られたから、あの時はあたしだけだったんだよ。みんなで行った方が楽しいだろ?」

 正直に言えば、そうちゃんと二人でデートがしたい。でも転校してきてからずっと楽しそうじゃなくて、たまにどこか遠くを見ているような目をしているそうちゃんが、彼女作る気ないと言うそうちゃんがあたしは気になっていた。だからまずは、いつもつまらなそうにしているそうちゃんを楽しませることの方が先だと思ったから、桃と尾上にも来てもらったんだ。

「まあな」

 そう答えるそうちゃんは、あんまりというか、見るからに乗り気じゃない様子だ。この前の埋め合わせという理由で、仕方なく来たというのが明らかだった。でも今日一日かけて、いつもつまらなそうにしているそうちゃんを楽しませてやるんだ。あたしはそう決めていた。

 あたしは今日、精一杯のおしゃれをしてきた。桃に化粧をしてもらい、桃と一緒に買いに行った服を着てきた。あたしは恥ずかしいから嫌がったんだけど、桃が「小鳥ちゃんの美脚は武器になるから」の一点張りで、ミニスカートを買ったというか買わされた。

 この前の待ち合わせの時も、あたしは今と同じ格好をして行ったけれど、結局行けなかったし、あの時は暗くてよく見てもらえなかったと思うから、今日もまた同じ格好をしてきたのだ。

 今も好きなのかわからないけれど、髪形は昔そうちゃんが好きだと言っていたポニーテールだ。昔ポニーテールが好きだと聞いてから、ずっとポニーテールにしてみたけれど、昔は結局意味を成さなかった。もしかしたら今日も意味がないかもしれない。でも、やれることは全部やっておきたいので、今日もポニーテールにしてきた。

 あたしはそうちゃんの目の前に立つ。

「どう、かな?」

 手を広げて見せてみる。

「良いんじゃないか」

 そうちゃんは一言そう言っただけで、すぐにあたしから目を逸らす。

「それだけ?」

「ああ」

「もうちょっとちゃんと見てよ」

「もう見ただろ、うるせえな」

 なにそのリアクション。頑張ったんだから、もっと褒めてくれてもいいじゃん! そうちゃんあたしのこと女の子だって言ってくれたじゃん。女の子がファッションを見てもらいたくて、見せただけでうるせえなってなに!? ひどくない!?

 電車に乗って、あたしたちは遊園地がある町に向かった。そして遊園地に到着した。

 全員が入場ゲートを通ったところで、桃がみんなに訊ねる。

「どれ乗ろっか?」

「そうだな、まずは観覧車でいいんじゃない?」

 あたしはとりあえず無難な乗り物を提案してみた。

「おれあっちで休んでるから」

 そうちゃんがベンチに向かって歩いていこうとする。あたしは慌ててそうちゃんの腕を掴んだ。

「ちょっと! 来たばっかでなに言ってんだよ」

「電車乗って酔ったから気分悪いんだよ」

「あたしに対する埋め合わせなんだから、ちょっとは頑張って一緒に楽しんでよ! 酔ってても観覧車だったら平気だろ!」

「おいやめろって! 引っ張るなよ!」

 あたしはそうちゃんを引っ張って、無理矢理観覧車に乗せた。

 あたしたちは一つのゴンドラに四人で乗った。狭いゴンドラの中に座り、上昇して行く視界を楽しもうと思っていたら、そうちゃんがずっと目を閉じていることに気がついた。

「そうちゃんなにしてんの? 目瞑ってたら景色見えないじゃん」

「見たくない」

「なんで?」

 そうちゃんは黙り込んで答えようとしない。

「もしかして柊君、高所恐怖症なの?」

 そうちゃんは答えなかった。でもその沈黙が肯定を示していた。

「ええ! あのそうちゃんが高所恐怖症!?」

 あたしは驚きに目を瞠った。


 昔二人でよく遊んでいた頃、木登りをしたことがあった。あの頃そうちゃんは、ジャングルジムのてっぺんでもなんでも高いところに登るのが好きで、得意だった。

 その日、木登りが得意だったそうちゃんは、まるで猿のように余裕で木に登り、太り枝の上に跨った。そして自分の手を双眼鏡みたいにして、景色を眺めた。

「うひょー! 良い眺め!」

 あたしは高所恐怖症ではない。でも人並み程度に高いところは恐かった。

自分の身が保障されていれば、観覧車のてっぺんだろうが高いビルの最上階だろうが恐くなかったけれど、体のバランスを崩せば落ちるかもしれない状況だったら話は違った。自分の身長の何倍もの高さの木に登ることは、小さかった子供の頃のあたしにとってはかなり恐いことだった。

 遥か上にいるそうちゃんがあたしを手招きした。

「ほら、小鳥も早く来てみろよ。すげー良い眺めだぜ」

「そんなに高いところに上るの恐いよ」

 枝に跨っているそうちゃんが落ちやしないかと心配で、足をぶらぶらさせているそうちゃんを見ているだけで、あたしは体を縮こまらせていた。

「平気だって。恐いのは最初だけだ。何回か上ったら、すぐに慣れて恐くなくなるから」

「でも……」

「勇気を出せば、その先には別世界が待ってるんだ。だから騙されたと思って勇気振り絞ってみろよ。ぜってー上ってみた方がいいって。こんなすげー景色、見なきゃもったいないって」

「うん、やってみる」

 あたしは勇気を出して登る決心をした。固い木肌を手と足で感じながら、一生懸命に登った。しかしあと一歩というところで、見なければいいのに、あたしは下を見てしまった。そして恐怖の限界が来てしまい、体が震えてその場から動けなくなってしまった。

 半べそをかくあたしをそうちゃんが励ました。

「あと一歩じゃないか。あと一歩の勇気を出すだけで、すげー景色が見られるんだ。だから頑張れ。勇気を出して一歩を踏み出せ!」

「うん!」

 あたしは勇気を振り絞り、そうちゃんが跨っている枝の、そうちゃんが前にずれて空けてくれた、そうちゃんの真後ろのスペースに跨った。そうちゃんの胴に腕を回してぎゅってしながら、あたしはそうちゃんの背中越しにその景色を眺望した。

「うわあ、すごい!」

 背が低かった子供のあたしたちにとって、自分の身長の何倍もの高さから見る景色は、そうちゃんの言った通り、まるで別世界の景色に見えたんだ。

「な、言っただろ?」

「うん!」

 あたしたちは瞳をキラキラ輝かせながら、その景色を二人で眺めた。

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