第17話
休み時間。あたしは今朝の下駄箱でのできごとを桃に相談していた。
「格好つけてるだけじゃないかな。彼女作る気ないからって言うのが格好良いと思ってるんだよ。本当は彼女欲しいんだと思うよ」
「そうかな?」
「そうだよ。むっつりスケベってやつだよ。だから小鳥ちゃんは自分の魅力を前面に押し出してアピールすれば良いんだよ」
「あたしにはそうは思えない。そうちゃんが変わったのには、なにか理由があるんだと思う。彼女作る気ないって言ったのも、多分それが関係してるんだと思う」
「理由訊いても教えてくれないんでしょ? 難しいね」
「うん。でもあたし諦めない。気持ち伝えるって決めたから。彼女作る気ないって言ってる男の子を、どうすれば振り向かせられるのか、さっぱりわかんないけど。そうちゃんが毎日楽しくなさそうにしてるのは嫌なんだ。昔みたいに毎日楽しそうにしてて欲しい。そうちゃんを楽しませることだったら、あたしにもできると思うから、まずはそれを頑張ってみる」
そのためにまずはそうちゃんの連絡先を手に入れよう。
あたしはそうちゃんの席に向かった。
「そうちゃん、連絡先交換しようよ」
「なんで?」
「なんでって、休みの日とかに連絡取りたいから」
「だからなんで休日にお前と連絡取る必要があるんだよ」
「友達なんだから、連絡することもあると思うし」
「はあ? 友達じゃねーだろ」
「え、あたしたち友達だろ?」
「昔は友達だったかもしれねえけど、今は違うだろ」
「酷い、あたし友達だと思ってたのに」
「藤木の時と一緒だろ。お前が一方的に友達だと思ってただけで、こっちは思ってなかったんだよ」
「じゃあどうして後夜祭にあたしを誘ったりしたんだよ」
「それはお前と並んで歩くことをおれが嫌がってるとかって、お前が言ったからだよ。その誤解は解きたかったんだ。友達だからじゃない。とにかくお前に連絡先を教える気はないから」
そうちゃんは席を立つと、教室を出て行った。さっきまでそうちゃんと喋っていた高岡君と城嶋君があたしを見て苦笑する。
「残念だったな大木さん。でも気にすることないって。あいつおれたちにも連絡先教えてくれないから」
「そうそう。結構仲良くなれたと思って訊いたら、教える気ないって言われた。ははは」
「誰にも教える気ないんじゃないかな」
高岡君と城嶋君は、休み時間によくそうちゃんと話している。それなのにこの二人にも教えてなかったなんて。一体なんで?
あたしは尾上の席に向かった。
「尾上、そうちゃんの連絡先知ってるか?」
尾上は首を横に振った。
「ぼくが描いたマンガを読んでくれるから、友達になれたと思って嬉しかったのに、連絡先訊いたら教えてくれなくて、ショックだったよ」
高岡君の言う通り、本当に誰にも教える気ないの? あたしのこと友達だと思ってなかったのに、あたしを助けたり、優しくしたりしてきたっていうの? あんなことされたら普通友達だと思うじゃん。友達だと思わせといて友達じゃないだって? なにそれ頭にきた。ふざけんなよあの野郎!
どうして教えてくれないのかわからないけど、そっちがそういう態度取るんだったら、こっちにも考えがある。こうなったら強硬手段だ。
放課後になった瞬間に教室を飛び出し、待ち伏せていたあたしは、下駄箱で靴を履き替えて、昇降口から出てきたそうちゃんに近づいて言った。
「そうちゃん、明日学校休みだから二人で映画見に行こう」
途端にそうちゃんが怪訝な表情になる。
「はあ? なんでお前とそんな友達みたいなことしなくちゃいけねえんだよ」
「そうちゃんがあたしのこと友達だと思ってなくても、あたしはそうちゃんのことを友達だと思ってるんだ。だからそうちゃんと友達みたいなことしたいんだよ。じゃあ明日、十時にゾウ公園で、あたし待ってるから」
ゾウ公園は昔そうちゃんとよく二人で遊んだ場所だ。滑り台がゾウの形をしているから、近隣の住民たちからゾウ公園と呼ばれている。
一方的に言い終えたあたしは、走ってその場から逃げ出す。
「おい、おれ行かねえからな!」
あたしの背中に飛んできたそうちゃんの声は聞こえていたけれど、あたしはそれを無視して走り去った。
◆◆◆
小学二年生だった頃、おれと小鳥は放課後も学校が休日の日も、よく一緒に遊んだ。休日に遊ぶ時、おれたちはいつも昼の十四時にゾウ公園で待ち合わせをした。特に用事がない時は、いちいち遊ぶ約束を交わさなくても、十四時にゾウ公園で会うことが暗黙の了解となっていた。
ある日の金曜日、小鳥と二人で下校していたおれは、別れ道に来たところで小鳥に言った。
「明日はちょっと用事があるから」
「うん、わかった」
そして小鳥と別れて家に帰った。しかし翌日の用事の最中に、よくよく考えてみると「明日はちょっと用事があるから」という言い方では「明日はちょっと用事があるから遊べない」のか「明日はちょっと用事があるから遅れるのか」どっちなのかがよくわからないということに気がついた。でもまあ、あれで伝わったと思うし、もしも小鳥がいつものように、十四時にゾウ公園に行ったとしても、おれが来ないとわかるとすぐに帰るだろうと思った。でもなぜだかそのことがずっと気になって、おれは用事が終わるとゾウ公園に行ってみることにした。すると小鳥がずっとおれのことを待っていた。おれがゾウ公園に着いたのは夕方の十七時頃だった。おれが来たことに気づくと、
「そうちゃん!」
小鳥はいつもの笑顔でおれを出迎えた。
待ち合わせて遊ぶ時、必ず小鳥の方が早く来ていて、おれが行くといつも「そうちゃん!」と言って、八重歯が覗く満面の笑顔で、小鳥は出迎えてくれたんだ。
「今日は用事があるから行けないって言ったつもりだったんだ。ごめんな」
小鳥は首を横に振った。
「来てくれたから、もういいよ」
今日はあいにくの雨だった。
おれはこの町に戻ってきてからすぐに、ガソリンスタンドでアルバイトを始めた。引き取ってくれた祖父母の負担を少しでも減らすため、少しでもお金を稼ぎたかった。
今日も十三時から十七時までバイトがあった。だから昨日小鳥に誘われた映画に行く気なんてなかった。
バイト中、昔のことを思い出していた。もしかしたらこの雨の中、小鳥はおれのことを待ってるんじゃないだろうか。おれ行けねえからな! って大きな声でちゃんと言ったし、まさか待ってないだろう。あれから何年も経ち、お互い変わったんだ。おれがもう昔のおれじゃなくなって、昔のおれがどこにもいなくなったように、昔の小鳥ももういないんだ。そう思うのに、なぜか小鳥のことが気になってしまって、バイト中ずっとそのことが頭から離れなかった。そのせいでうまく仕事に集中できなくて、いつもはしないようなしょうもないミスを連発してしまい、先輩に怒られてしまった。
十七時過ぎにバイトを終えて、おれは傘を差して家路を歩いていた。雨足は昼間よりも強まっていた。泥水を吸いこんだ綿のような色をした雲が空を覆い、周囲の風景全てが暗く沈んでいる。
おれはまだ小鳥のことが気になっていた。小鳥が言ってた待ち合わせの時間は十時で、今は十七時過ぎ、待ってるはずがない。そう思うのに、おれの頭の中に、雨の中ずっとおれを待ち続けている小鳥のイメージが浮かび続けていた。
まさか、待ってないだろう。待ってないに決まってる。
おれの足が止まる。そして踵を返してゾウ公園の方角を目指しておれは走り出していた。
おれなにやってんだろ。なんで確認しに行こうとしてるんだ? 一体なんのために?
自分で自分の行動が理解できないのに、体は勝手にゾウ公園に向かって走り続ける。
ゾウ公園に到着する。肩で息をしながら中に入っていく。すっかり暗くなった公園の中、街灯の下で傘を差した小鳥がぽつんと立っていた。
俯いていた小鳥がおれの足音に気づいて顔を上げる。
「そうちゃん!」
髪型をポニーテールにした私服姿の小鳥が、笑顔になって八重歯を覗かせた。それを見た瞬間、心が締めつけられる。
雨が傘を叩く音が耳を打つ中、おれは口を開いた。
「おれ行かないって言っただろ」
「たとえ一方的な約束だったとしても、待ってるからって言えば、そうちゃんだったらきっと来てくれるって思ってた。そうちゃんってそういう奴だって、あたし知ってたからさ。だから来てくれるって信じてた。昔、そうちゃんが突然引っ越してった日はさすがに来てくれなかったけどさ。あの日もあたしここでずっと待ってたんだぞ」
「あの時の引っ越しは急だったから、行けないってことも伝える暇がなかったんだ。あの時は悪かった。でも昔のおれを信じてどうすんだよ。おれのこと変わったって、お前言ってただろ。だったら今のおれは待ってるからって言われても、来ない奴になってるかもしれないだろ」
「そうちゃんのそういう部分は変わってないだろうなって思ってた。そしたらやっぱり変わってなかった。でもあたし、もう少しで泣いちゃうところだったよ」
「悪かった。今日はバイトがあったんだ」
「そうちゃんバイトしてるんだ」
「ああ。寒かっただろ」
小鳥はミニスカートを穿いていた。長くすらりとした足が、スカートから伸びている。
「うん。でも来てくれたから、もういいよ」
小鳥はそう言って、もう一度笑顔を見せた。小鳥の笑顔を見ると、なぜだかまた胸がざわついた。
「この埋め合わせはするから」
「うん。じゃあとりあえず、あたしを友達だって認めてよ」
「わかったよ」
血の繋がった親でさえ、おれを捨てた。だからおれなんかが友達を作っても、その内裏切られて捨てられるんだと思ってた。だから学校でも上辺だけの付き合いしかしないようにしてた。でも小鳥だったら、信じていいのかもしれない。
◆◆◆
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