第13話


 次の日、登校してきたあたしが下駄箱で靴を履きかえていると、そこにそうちゃんがやってきた。

「おはよう」

「あ、おはよう、そうちゃん。ん?」

 あたしは首を傾げる。そうちゃんがいつもより格好良く見えたからだ。なんでだろう?

「なんだよ?」

「そうちゃん髪型変えた?」

「いや、変えてないけど」

「ワックスかなんかつけてる?」

「つけてない」

「あっそう?」

 髪型が変わってるからかと思ったんだけど、違うらしい。じゃあ、なんでだろ? よくわかんない。

「こらたいぼく、男子が女子の制服着てきたらだめじゃないか」

 下駄箱にやってきた菱田がおどけながら言った。

 あたしはいつものように言い返そうとした。しかし、『うっせえ! 誰が男子だよ! あたしは女子だ!』というセリフが喉に引っ掛かって出てこなかった。

 あたしは菱田ではなく、そうちゃんの方に顔を向けていた。そうちゃんがあたしを見ている。

「どうしたんだよたいぼく、今日元気ねえじゃねえか」

 なんでいつもみたいに言い返せないんだろう。あれ? あたし、乱暴な言葉使いをしてるところをそうちゃんに見られたくないって思ってる。どうして?


『恋をしたら、好きになった相手の全てがキラキラしてるように見えちゃうものだし、好きな人に可愛いって思ってもらいたくなるのは女の子として当たり前だよ』


 あたし、そうちゃんのこと好きになっちゃったんだ。


 そうちゃんに恋しちゃった。どうしよう。ついこの間まではなんともなかったのに、目が合うだけで恥ずかしいんだけど。そう思うのに、視線が自然とそうちゃんの方に向いてしまう。

 こっち見て、こっち向いて、心の中で何度も念じる。すると想いが通じたのか、そうちゃんがこっちを見て、目が合った。こっち見てくれたー! 嬉しい! 恋をしたら、目が合っただけでこんなにドキドキするものなんだ。久しく忘れていたこの感覚、でもかすかに覚えている。懐かしい感覚。

 休み時間が終わって授業が始まっても、あたしはそうちゃんのことばかり考えていた。そうちゃんのことがどうしても頭から離れなくて、考えまいとしても考えてしまう。

「じゃあ次の問題、大木答えて。……聞いてるのか? 大木!」

 先生に大きな声で名前を呼ばれ、あたしはハッとした。

「え! あ、えっと、聞いてませんでした……」

「授業中にぼーっとしてるんじゃない! 集中しなさい!」

「はい、すいません……」

 それから意識して授業に集中しようとしてみたけれど、結局うまくできなかった。

 六時間目の授業が終わり、掃除の時間になった。掃除の時間になっても寝ていたら、もしかしたらまたそうちゃんが頭を叩きに来るかもしれない。そう企んで、あたしは寝たフリをしてみた。暫くすると、

「あいたっ!」

 狙い通り、そうちゃんが頭を叩きに来てくれた。

「掃除さぼんなって言ってんだろ」

 そうちゃんに頭触ってもらえたー! めっちゃ痛いけど嬉しい!

 掃除が終わり、終わりの会が始まった。その間もあたしはそうちゃんのことを考え続ける。

 そうちゃんに可愛いって思ってもらいたいから、これからは男みたいな言動やめようかな。でもやめたらきっと菱田たちから今まで以上にもっとからかわれるようになるに違いない。それは嫌だ。でもそうちゃんの前で男みたいな言動はしたくないし。でもでも急に男っぽい言動をやめたら、そうちゃんに変な奴だと思われやしないだろうか。気味悪いとか思われたりするかも。そんなの絶対やだ。じゃあどうしよう。やめるか続けるか。…………あーわかんない! このままいくら考えても答えが出る気がしないから、とりあえずトイレにでも行って、ついでに顔を洗ってリフレッシュしてから、改めて考えよう。

 終わりの会が終わるとあたしはトイレに向かった。そして個室から出ようとした時、気になる話し声が聞こえてきたので、動きを止める。

「四組の柊君ってさあ、なんかクールで格好良いよね」

「うんうん、わかるわかる」

 理沙と遥もそうちゃんのこと格好良いって言っていた。今まで気にしてなかったけど、そうちゃんって女子に人気あるんだ。ということはつまりライバルが多いってことか。

「でも柊君ってたいぼくとよく一緒にいない?」

 あたしに面と向かってたいぼくと呼んでくる女子は一人もいない。でも陰であたしのことをたいぼくと呼んでいる女子がいることは前々から知っていた。

「ああ、一緒にいるとこ、わたしも見たことある」

「なんかあの二人って、小学生の時に一緒のクラスだったことがあるらしいよ」

「そうなんだ。ていうか柊君別に背低くないのに、隣にあいつがいるとちっちゃく見えない?」

「見える見える。ちょっと柊君の方がたいぼくよりも背低いっぽいし。あいつと一緒にいるせいで柊君、せっかく格好良いのに格好良さ半減だよね」

「ていうかたいぼくって彼氏いんのかな?」

「あははは! いるわけないじゃん! あんな大女の相手する男なんていないでしょ!」

 話していた女子たちの笑い声が遠ざかっていく。トイレから出て行ったんだろう。

 あたしのせいで、そうちゃんに迷惑かけちゃってたんだ。なんで今まで気づかなかったんだろう。今までだって男子から同じようなこと、散々言われてきたじゃないか、お前と歩くと男として惨めになるって。そうちゃんだってあたしとなんか並んで歩きたくないんだ。

 あたし久しぶりに恋したからって、なに一人で浮かれてたんだろう? あたしに恋なんか無理に決まってるのに。バカみたい。


 翌日、いつものように歩いて登校していると、

「おはよう」

 そうちゃんがあたしの隣に並んできた。

「あ、あたし宿題やらなくちゃいけないから先に行くね!」

 あたしはダッシュでその場から逃げ出した。無論、そうちゃんと並んで歩くことを避けたかったからだ。

 一時間目の生物の授業は理科室で行われるため、あたしは桃と一緒に理科室に向かっていた。

「生物の宿題やってきた? めっちゃ難しかったんだけど」

「難しかったよね。わたしちゃんと解けてるか自信ないよ」

 つと桃が後ろを振り返る。

「柊君はちゃんと解けた?」

 え!? とあたしがビックリして振り向くと、あたしたちの真後ろをそうちゃんが歩いていた。

「あ、あたし先に行ってるね!」

 あたしは桃を置き去りにし、慌てて理科室までダッシュして逃げた。

 放課後、教室で文化祭の準備をしている時、気がつくとあたしの傍をそうちゃんが通ろうとしていた。同じクラスなんだから当たり前だ。

 あたしは咄嗟に近くにあった椅子に素早い動きで座った。セーフ。危うくそうちゃんと並んで立ってしまうところだった。ふう、危ない危ない。

 そうちゃんがあたしのことをじっと見下ろしていた。あたしは目を合わせないようにした。

「おい」

「な、なに?」

「なんかおれのこと避けてないか?」

「へ!? 避けてないよ」

「嘘つけ、なんで避けるんだよ」

「だから避けてないってば!」

「あ、おい!」

 あたしはすばやく低空姿勢でそうちゃんの前を通りすぎ、そのままダッシュで桃のところに避難した。そうちゃんは暫くあたしの方をじっと見ていたけれど、幸いそれ以上追求してくることはなかった。

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