第12話


 学活の授業と放課後の時間を使っての、文化祭の準備が始まった。

 あたしの予想通り、みんなは談笑しながらだらだらと作業をしている。こんなペースで文化祭当日までに間に合うのか、あたしは不安を覚えたけれど、あんまり急かすと、昔クラスメイトたちの反感を買ってしまった小学二年生の時の二の舞になってしまう。あの時の教訓をいかして、あたしはこの時点ではまだなにも言わないことにした。

 文化祭委員である桃とあたしも、いずれかの催し物の担当にならなければならない。文化祭委員の仕事がなにもない時は、自分の担当している催し物の準備作業をすることになる。あたしと桃は二人とも、ハンドメイドファッションショーの衣装を作る、お針子の担当になっていた。

 あたしたちは今、お針子とモデル計六人で集まって、衣装のテーマとデザインをどうするのかを話し合っていた。

 普通お針子は女子がやるものだと思うんだけど、なぜか男子である尾上もお針子担当の一人だった。もちろん男子でお針子になったのは尾上だけで、あとの三人は女子だ。担当決めの人数合わせの移動でそうなったわけではなく、尾上は自分で黒板のお針子のところに名前を書いていた。

「テーマどうする? アイディアある人」

 教室の一角に集まり、適当な席に座っているみんなに訊いてみるけれど、当たり前のように誰も発言しない。文化祭などのイベント事で、やる気のある人はどんどん発言するけれど、やる気のない人ってとことんなにも言わないものだ。あたしもアイディアがないんだから、人のこと言えないんだけど。

 困っていると、

「お嬢様とそれに仕える執事」

 尾上がアイディアを言ってくれた。

「なんでお嬢様とそれに仕える執事なの?」

 桃に問われた尾上は頭を掻きながら答える。

「なんでって言われても、二人を見てて、なんとなくそんな感じのイメージが浮かんだんだ」

「他になんかアイディアある人いない?」

 再度問いかけてみたけど、結局アイディアを出してくれたのは尾上だけだった。

「じゃあ、尾上のアイディアで決定だな。次は一人一人衣装の具体的なデザインを考えてみて」

 みんなそれぞれ白い紙に、衣装のデザインの絵を描き始める。

 描き終わり、真ん中の机の上に全員の描いた絵を並べて置く。それを一つ一つ見ていく。どれもパッとしない中、一つだけ飛びぬけて素晴らしいやつがあった。

「これすごい!」

 あたしがすごいと思ったやつを、他のみんなも口々に褒めそやす。

「これ描いたの誰?」

「……ぼくだけど」

「尾上君がこれ描いたの!? 絵描くのすごく上手なんだね!」

 桃に褒められた尾上が照れくさそうにはにかむ。

「ぼ、ぼく家で漫画描いてるから、キャラクターデザインとか得意なんだ。だからハンドメイドファッションショーの衣装のデザインだったら、ぼくでも役に立てるんじゃないかと思ったんだ」

「あ、そうなんだ」

 ペコッと首肯する尾上。

「漫画描いてるのかよ。だったら今度、お前が描いた漫画読ませてくれよ」

 そうちゃんが言うと、尾上がパッと破顔する。

「ぼくの漫画読んでくれるの!? ほんとに!? じゃ、じゃあ今度持ってくるよ」

「楽しみにしてるよ」

「うん!」

 そういえばそうちゃんって昔から漫画が好きだったよな。そうちゃんは変わってしまったところもあるけれど、変わってない部分もやっぱりあるんだ。


 それから一週間が経ち、あたしと桃はそれぞれの催し物の進捗状況を確認した。

 あたしたちのクラスは、自分たちの教室を使っての出し物として、未来の電化製品というテーマのクラス展示を行うことになっていた。そのクラス展示とハンドメイドファッションショーの衣装作りが、このままのペースではおそらく間に合わないということが判明した。だから仕方なしにあたしはみんなを急かすことにした。あたしが急かすと、案の定「わかった」とみんな返事はするものの、談笑に興じることの方がメインになってしまっていて、みんなの作業スピードは相変わらずだらだらしていた。でもあたしは昔みたいなことにはなりたくなかったから、昔みたいにしつこく、きつく言うことはせず、あとは黙っていた。

「少し遅れてるから急いでね」

「うんわかった! 任せといてよ春比奈さん!」

 桃に急かされた男子たちの作業スピードは格段に上がった。

 男子に注意し終えた桃が、女子のところに向かう。

「このままだと間に合わないかもしれないから、ちょっと急いでね」

「あーはいはい、わかったわよ」

 桃に急かすように言われた女子たちは、鬱陶しそうに生返事した。桃に急かされた男子たちが急にやる気を出すところを見ていた女子たちのやる気はあからさまにダウンしていた。そのせいで女子たちの作業スピードは男子たちとは逆に落ちてしまった。それらを足すと大体プラスマイナスゼロだろうから、桃の注意は意味がなかった。

 桃があたしのところに寄ってきて言った。

「ねえ、もっとみんなを急かした方がいいんじゃない?」

 あたしは首を横に振る。

「いや、こういう時はあんまり急かしたら、みんなのテンションが下がってやる気をなくしちゃうから、あんまり急かさない方がいいと思う」

「わかったよ。小鳥ちゃんがそう言うなら、もう少し様子を見ることにするね」

 たまに井岡先生が様子を見に来ては「少し遅れてるんじゃないか? もう少し急げよ」とみんなに注意して周った。あたしが自分で注意したのは一度だけで、そのあとはみんなに注意することを井岡先生に任せることにした。そして文化祭まで、残すところあと一週間になった。

 文化祭委員は文化祭実行委員会に、進捗状況を定期的に報告しなければならない。別に少しくらい嘘を吐いてもバレないんだろうけれど、あたしは毎回正直に報告していた。すると文化祭当日まで残り日数があと少しだというのに、進捗状況が芳しくない一年四組を、文化祭実行委員会の統括顧問である山下先生が、視察しに行くと言い出した。そして一年四組の教室に視察に来た山下先生が、あたしたち一年四組のクラス展示とハンドメイドファッションショーの衣装を見て、眉間に皺を寄せた。

「まだこんだけしか進んどらんのか! お前ら今までなにしとったんや! ちゃんと作業してりゃあもっと進んどるはずやぞ!」

 いきなりの山下先生の登場と、山下先生の険のある言葉に、教室内で談笑しながら作業していたみんなは黙り込み、教室内が静まり返った。

 山下先生があたしと桃に顔を向ける。

「おい文化祭委員、お前らみんなに急ぐように言わんかったんか?」

「言いました」

 桃は縮こまってあたしの後ろで頷くだけだった。

「もっと言わなあかんやんけ! みんなを叱咤激励して間に合わせるんがお前らの仕事やろうが! こりゃあもう間に合わんぞ! どないするんやこれ! こんな未完成の不細工なもんを、学校外から来てくれたお客さんに見せられへんぞ! 一年四組のクラス展示は中止や! ハンドメイドファッションショーの参加も認められん! お前らのクラスは不参加にするから、お前ら今すぐ作業やめてさっさと帰れ!」

 怒鳴り終えると山下先生は早足に去って行った。

 教室内はしばらく静まり返っていたが、次第にあたしたちに対する不満の声が上がり始める。

「どうすんだよ」

「せっかくここまで作ったのに……」

「どうしてこんなことになるまで、おれたちのことほっといたんだよ!」「ほっといたわけじゃない。急いでって、あたし言ったじゃん」

「言ってたけど、こんな切羽詰った状況になってたなんて、ちっとも知らなかったんだけど。なんでもっと早く教えてくれなかったの!?」

「そうだよ。文化祭委員に立候補したんなら、文化祭委員の仕事ちゃんとしてよ!」

 急かさなかったら急かさなかったでこうなるのか。じゃあどうすればよかったんだろう。秋実だったらもっとうまくやれたんだろうな。やっぱりあたしにはリーダーシップなんかないんだ。みんなをまとめる才能がなかったんだ。あたしにこういうことは向いてないんだ。とにかくみんなに謝ろう。あたしに今できることはそれだけだ。

「ごめん」

「みんな、ごめんなさい」

 桃と二人して頭を下げる。

「ごめんじゃねえよ! どうするんだよ!」

「責任取れよ!」

 みんなあんまりやる気がなかったはずなのに、できなくなるとわかったら怒るのか。一見やる気がないように見えていても、みんな文化祭を楽しみたいんだ。あたしがみんなの楽しみを奪ってしまった。また昔みたいに嫌がらせされるようになるんだろうか。

 裁縫ができなくて、衣装ができるまではほとんどすることがないからクラス展示を手伝っていたそうちゃんが立ち上がった。

「おいお前ら待てよ。こうなったのはこの二人だけの責任じゃねえだろ。ちゃんと状況をみんなに伝えてなかったこいつらも悪いけど、急かされてたのに急がなかったおれたちも悪いだろうが。問題が起きたら文化祭委員に責任を押し付けたらいいと思ってんじゃねえよ」

 あたしたちに向けられていた怒りの声がぴたりと止む。

「他の担当の奴等から何人か借りてきて、今から作業スピードマックスでやって、もっかい山下先生に見てもらって納得させられる完成度にできてたら、山下先生も許してくれると思う。そんなにやりたいんだったら、諦めるのはまだ早いんじゃないのか? こいつらを責めてる暇があったら動くべきだろ」

「確かにそうだよな。つい熱くなっちまった。悪かったな、たいぼく、春比奈さん」

 一人、また一人と、次々に謝罪の言葉が飛んでくる。 

 あたし、小学二年生の時の、星の集いの時のトラウマを、乗り越えてなんてなかった。今だってみんなに責められて、昔みたいに嫌がらせをされるようになっちゃうんじゃないかって思って、すっごく恐くて体が震えてた。だったらどうしてそんなあたしが文化祭委員に立候補できたのか、その理由が今やっとわかった。そうちゃんがいたから立候補できたんだ。今のそうちゃんは昔とは違う。変わってしまったそうちゃん。でも昔あたしが好きだったそうちゃんの、あたしが一番好きだった優しいという部分が、今も変わってなかったとしたら、薬指のサインを出さなくても、必ず助けてくれるはず。どこが変わっていようが、あたしの好きだったそうちゃんの、あの優しさだけは変わってて欲しくないっていう、あたしの願望と、もしまたあたしがみんなをうまくまとめられなくて、昔みたいな状況になっても、そうちゃんだったらきっと助けてくれるっていう、ほんのちょっぴりの確信が、あたしの背中を押したから、文化祭委員に立候補できたんだ。

 みんなが精力的に動き出す。一人の男子が他の担当の生徒を借りに、走って教室を出て行く。教室に残ったみんなが、作業スピードを上げて手を動かし始める。

 あたしはそうちゃんのところに向かった。

「助けてくれてありがとう」

「できもしないのに文化祭委員に立候補してんじゃねえよ」

 昔のそうちゃんだったら絶対にしなかった冷たい言い方。でも本当は優しいんだ。その優しさは昔と一緒、変わってない。

 ハンドメイドファッションショーのモデル決めの時に立候補したのは、あたしをかばったわけじゃないって言ってたけど、あれはやっぱりあたしのことをかばってくれたんだろうな。 

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