第11話


 秋実たちとの一件以来、あたしと桃はクラスの女子たちから、以前よりも更に避けられるようになっていた。男子にモテる桃は以前から嫌われていた上に、秋実たちから嫌がらせをされた。女子たちも悪いのは桃じゃなくて秋実たちだと当然わかってるはずだ。でも集団の中でこういうことが起こった時、被害者側が避けられるようになるというのは珍しいことじゃない。なぜならみんな、あんなことをされてしまうような面倒な奴とは関わりたくないからだ。関らなければ自分に面倒ごとが降りかからないんだから、関らなければいい。みんなそう思ってあたしたちのことを避けてるんだろう。更にそれに追い討ちをかけているのは男子たちだ。悪気はないんだろうけど男子達は、嫌がらせをされた桃のことを必要以上に気遣うようになっていた。そんな男子たちの態度を見て、女子たちはより一層、桃に対してのイライラを募らせていた。なぜそんなことがわかるのかというと、男子にはわからないかもしれないが、女子には女子がピリピリしていたら、そういう空気が肌で感じられるのだ。無論、そんな桃と行動を共にしているあたしも、あからさまではないものの、女子から避けられるようになっていた。もちろん、あたしたちは女子たちから嫌われたいわけではなかったから、今の状況は好ましいものではなく、なんとかしたかった。

「わたし独りの時は嫌われてても、しょうがないかなって諦めがついてたんだけど、それに小鳥ちゃんを巻き込んじゃうのは本意じゃないから、なんとかしたいよ。みんなと仲良くしたい」

「でもこの状況、どうすればいいんだろうな」

 あたしはあたしたちを避ける女子たちを眺めながら言った。

「わたし考えたんだけど、次の学活の授業の時に、文化祭委員を決めるって井岡先生言ってたでしょ? あれに二人で立候補しようよ。文化祭委員になれたらみんなと話す機会が自然と生まれるから、そしたらなんとかなるかもしれないよ」

 もうすぐ文化祭が行われる。文化祭の準備の時に、クラスをまとめるのが文化祭委員の仕事だ。

 今桃が提案したことというのは、小学二年生の時に、なかなかクラスに馴染めなかったあたしが考えたことと同じだ。あたしはあの時みんなをうまくまとめることができなくて、嫌われてしまったことが、今もトラウマになっている。

「その方法で仲良くなろうと思ったら、みんなをうまくまとめるリーダーシップが必要なんだよ。あたしみんなをうまくまとめられる自信なんかないし、やりたくない」

「じゃあ他になにか良い方法でもあるの?」

「いや、ないけどさ」

「じゃあ、やってみようよ。うまくできるかどうかは、やってみないとわからないんだし。なにもしなかったら、ずっとこのままだよ」

「でもあたしはやだ。そんなもんやりたくない」

 どうしても、あの時のことを思い出してしまって、あたしは桃の提案に頷くことができなかった。

 そして学活の授業の時間がやってきた。井岡先生が予告していた通り、文化祭委員の立候補者を募る。文化祭委員の定員は二名だ。

「文化祭委員をやりたい奴、誰かいないか?」

 誰も手を挙げようとしない。

 桃があたしの方をじっと見てくる。視線によってプレッシャーを与えてきているのだ。手を挙げろ、早く挙げろ、と。

 先に桃が手を挙げて、あたしが手を挙げなかったら、桃と一緒だったら文化祭委員をやりたい男子はたくさんいるだろうから、すぐに男子の内の誰かが挙手するだろう。そうなると、あたしたち二人で文化祭委員になることができなくなってしまう。そのことをわかっているから桃は手を挙げず、あたしが手を挙げるのを待っているのだ。

「誰かいないのか? 早く文化祭委員を決めないと、文化祭の準備が遅れることになるぞ。立候補がいないなら、推薦でもいいぞ」

 早く挙げろ、手を挙げろ、さあ早く! 桃からのプレッシャーも勢いを増してくる。

 また、星の集いの時みたいにうまくできなかったらどうしよう。そう考えると恐くなる。でも、確かに女子に避けられてる今の状況をどうにかしたいし、それに桃が本当は良い奴だって、みんなにもわかってもらいたい。

「おっ、大木やってくれるか」

 あたしの手は自然と上がっていた。

 あれ? あの時のこと、トラウマになってたはずなのに、意外にもすんなり手を上げられた。そっか、あたしはいつの間にか、あのトラウマを乗り越えていたんだ。考えてみれば、あれから何年も経ってるんだし、とっくに乗り越えてたことに、自分で気づいてなかっただけだったんだ。

 すかさず桃が手を挙げる。

「他にいないか?」

 あたしたち以外に挙手する生徒はいなかった。もし今誰かが手を挙げたら、十中八九じゃんけんで決めることになるだろう。桃と一緒に文化祭委員をやりたい男子はいるだろうけど、じゃんけんで桃が負けてしまったら、桃と一緒にはできない。しかも、もしかしたらあたしなんかと一緒になってしまうかもしれない。そう考えて、手を挙げないんだろうな。そこまで理解したあたしは、男子に敬遠されたことに対して独りで勝手に傷ついた。

「じゃあ大木と春比奈で決まりだな。二人前に出てきて、司会をやってくれ」

 あたしたちは席を立ち、黒板の前まで行って司会進行を始める。

 教室を使用してのクラスの出し物をなににするかを決めたり、誰がどの催し物を担当するのかを決めていく。

 あたしが黒板に催し物の名前を全部書く。それからみんなに黒板の前まで来てもらって、やりたい催し物の名前の下に、自分の名前を書いてもらった。すると『ハンドメイドファッションショーのモデル』とあたしが書いた下には誰も名前を書いておらず、空白になっていた。気持ちはわかる。

 ハンドメイドファッションショーというのは、自分たちで作った服を、男子一名、女子一名のモデルの生徒が身に着け、体育館に設けられた花道を歩くという催し物だ。そんな恥ずかしい役回り、あたしだってやりたくない。

 それぞれの催し物の担当人数には定員があるから、偏ってしまった場合、誰かが少ないところに移動しなければならない。みんながそれぞれ自分の席に戻ってから、担当人数の調整を行っていく。案の定、最後まで決まらなかったのは、ハンドメイドファッションショーの二名のモデルだった。

「誰かモデルやりたい人いませんかー?」

 何度目かのあたしの問いかけに、菱田が挙手した。

「たいぼくを推薦します! 男モデルとして!」

 男子たちが一斉に爆笑する。

「そんで男子の誰かが女装すりゃ絶対ウケるぜ!」

 更に教室に笑いが巻き起こる。

「それぜってー面白え! やろうぜ!」

「たまには良いこと言うじゃねえか菱田」

「いやあ照れるなあ」

 菱田がわざとらしく自分の後頭部をさする。

「たいぼく男モデルやれよ」

「そうだよ、やれよ。絶対似合うって」

 大口開けて笑いながら男子たちが菱田に同調していく。

 あたしの心が大きく傷つく。

「やらねーよ! 大体それルール違反だから無理だっつの!」

 あたしの指摘を無視して男子たちは勝手に話を進める。

「女装誰やる?」

「たいぼくと並んで歩くと男として惨めな気分になるから、ちょっとなあ……」

 男子たちがあたしと並んで歩くことを渋る様子に、あたしの心が更に傷ついた。

 ふざける男子たちを見かねた井岡先生が、フォローに入ろうと口を開きかけた時、

「おれやってもいいよ」

 そうちゃんが手を挙げていた。

 菱田が嬉しそうな声を出す。

「おお! やってくれるか女モデル!」

「女装はしない。そんなもんやりたくねえし。男のモデルだったらやってもいい」

 あたしの勘違いかもしれないけれど、もしかして今、そうちゃんはあたしのことをかばってくれたんじゃないかな? あたしの自惚れかな?

 桃が話を進める。

「他にいないようなので、男子のモデルは柊君にやってもらいます。女子のモデルやりたい人いませんか? 推薦でもいいよ」

「だったら春比奈さんでいいんじゃね?」

 菱田の推薦に、男子たちが同調する。

「ほ、他にいませんか?」

 このまま自分に決まってしまうのが嫌なんだろう。他に立候補か推薦がないか桃が訊くが、やはりいない。

 このクラスに桃よりも可愛い女子生徒はいないんだから、他に推薦があるはずがなかったし、超絶美少女である桃を差し置いて立候補できる自信のある女子もいるはずがなかった。

「じゃあ、他にやりたい人いないみたいだから、わたしやるよ」

 ということで女子のモデルは桃に決定した。

 決めなければいけないことを一通り決めると、井岡先生が口を開いた。

「今年の後夜祭を取り仕切るのは菅原先生に決まった」

 菅原先生は英語の女性教諭だ。

「知ってる奴もいると思うけど、菅原先生は高校生の時はアメリカに住んでいた帰国子女なんだ。アメリカの学校では卒業する時に、卒業式とは別に、学校主催の卒業パーティというのがあるそうだ。それには男女のペアでなければ参加できないというのが通例らしい。だから今年の後夜祭に参加できるのは男女のペアのみにすると菅原先生が決められた」

「えー!」という後夜祭に参加するためのハードルが上がったことに対する不満の声が、教室のあちこちから上がる。

「ペアといっても別に恋人である必要はない。友達でもいい。菅原先生からの伝言で、この機会を異性をデートに誘う練習だと思って、頑張ってください、だそうだ。だから参加したかったら勇気を出して後夜祭までに異性を誘っておくように」

 ここアメリカじゃないし! と心の中でつっこむ。まあ、あたしは元々後夜祭に行くつもりがなかったから、関係ない話なんだけど。

 学活の授業が終わり、休み時間に入ると、あたしはそうちゃんの席に向かった。

「さっきはありがとう」

 そうちゃんが怪訝な顔になる。

「はあ? なんのことだよ」

「さっきモデルに立候補してくれたのって、あたしをかばってくれたんじゃないの?」

「なんでおれがお前をかばわなくちゃいけないんだよ。意味わかんねえし。誰もやりたがらなかったから、おれがやろうと思っただけだ」

「あ、そうなんだ」

 なんだ。助けてくれたと思ったのは、あたしの勘違いだったのか。

 あたしは今のそうちゃんに、昔のそうちゃんを重ねて見てしまってる。今のそうちゃんは昔とは変わっちゃったっていうのに。

 昔あたしが好きだった、明るくて優しかったそうちゃんは、もうどこにもいないんだ。

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