第10話
次の日、登校の途中で桃と一緒になった。
あたしたちの少し前には、二人組の女子生徒がいた。
一人の男子生徒があたしたちを追い抜いた。その男子生徒は歩くのが速くて、二人組の女子生徒も追い抜いていく。
女子生徒の内の一人が、男子生徒に気づいて笑顔になった。
「あ、白石君おはよう」
「おはよう」
男子生徒はそれだけ言うと、女子生徒たちを追い抜いていった。
男子生徒にあいさつをしていた女子生徒が、うっとりした瞳で男子生徒の背中を見つめる。
「今日も白石君、格好良いなあ」
「はあ!? あいつのどこがよ。ていうかあんた、ついこないだまで白石のこと、どっちかって言ったらブサイクな方だって言ってたじゃない」
「そうだっけ? 白石君格好良いじゃん。ねえねえ今日のあたしの前髪変じゃないよね? かわいい?」
「かわいいかどうかはわかんないけど、いつもと一緒だよ」
「えー、おっかしいなあ。かわいく決めてきたはずなのになあ。白石君かわいいって思ってくれなかったかなあ?」
「知らないわよ、そんなこと」
「あ、でもでもさっき白石君わたしにあいさつしてくれた時、笑顔だったよね? あれってわたしのこと好きってことかも!?」
「はあ!? なに言ってんの!? 普通にあいさつしてきただけじゃん! あちゃあ、こりゃダメだわ。完全に恋わずらいになっちゃってるよこの子」
もう片方の女子生徒が顔を手で覆った。
あたしは恋煩いらしい女子生徒に白い目を向けていた。
「なんだありゃ、あほにしか見えん」
「あほじゃないよ。わたしはわかるよ、あの子の気持ち。恋をしたら、好きになった相手の全てがキラキラしてるように見えちゃうものだし、好きな人に可愛いって思ってもらいたくなるのは女の子として当たり前だよ」
「そういうもんかね」
長いこと恋なんかしてなくて、恋してた時の気持ちをほとんど覚えてないあたしにはよくわからない。昔そうちゃんのことを好きだった頃のあたしの目にも、そうちゃんの全てがキラキラしてるように見えてたんだろうか?
「小鳥ちゃんって今彼氏とか好きな人とかいないの?」
どうして女子は恋の話が好きなんだろう。
「いないよ。あたしのことをからかってくるか、ビビッてる男子のことなんかに興味ないし。そう言う桃は?」
「わたしもいない。でも恋はしたい。小鳥ちゃんもそうでしょ?」
「あたしは別に恋なんかしたいと思わないね」
あたしは昔、そうちゃんのことが好きだった。でも今は別にそうちゃんのこと、好きじゃない。あたしはそうちゃんの快活な笑顔が好きだったんだ。今のそうちゃんの、心から笑ってないように見える笑顔は好きじゃない。あたしが好きだったのは昔の明るいそうちゃんで、変わってしまった今のそうちゃんじゃない。昔のそうちゃんだったなら、あたしが男子にからかわれてるのを見たら、絶対に助けてくれた。でも今のそうちゃんは助けてくれない。あたしが昔と違って自分で言い返せるようになってるのを見て、助けなくても大丈夫って思ってるのかもしれないし、薬指のサインを出せば助けてくれるのかもしれないけれど。
冷たくなったそうちゃん。どうして変わっちゃったんだろう? あたしが男っぽい言動をするようになったのに理由があるように、そうちゃんが変わったのにもなにか理由があるはずだ。
昼休み。お昼ごはんを食べ終えたあたしは、まだ食べているそうちゃんのところに向かった。
転校してきたばかりの頃、あたしのこと覚えててくれてるのか気になって、そうちゃんのことをまるで観察するように、あたしはそうちゃんをちらちらと見ていた。そして少し気になってることがあった。そうちゃんのお弁当の中身だ。転校してきてからずっと、そうちゃんのお弁当のおかずがいつも煮物、漬物、魚、サラダばっかりなのだ。
「そうちゃんってそういうの好きだったっけ?」
あたしはそうちゃんのお弁当の中を見ながら言った。
「いや、好きじゃない。こういうのしか作ってくれないんだよ」
多分、そうちゃんのお母さんがそうちゃんの健康を考えて、こういうお弁当を作っているんだろう。
「そうなんだ。揚げ物好きだったもんね」
「ああ。今も好きだ」
食べ物の嗜好は変わってないらしい。でも、性格は変わった。
「そうちゃんはなんでそんな風に変わっちゃったの? 昔はもっと明るかったのに」
「お前には関係ない」
にべもない返答だった。つまり、そのことについては踏み込んでくるな、と言われたということだ。
「そっか」
あたしだって男っぽい言動をするようになった理由を誰かに訊かれても答えたくない。言いたくないことをしつこく詮索するつもりもないし、関係ないなんて言われたら、これ以上はもう訊けないや。
昨日夜更かししたせいで、今日は寝不足だった。授業を真面目に聞こうと頑張ってみたけれど、六時間目の授業中に限界が訪れて、あたしはいつの間にか眠ってしまっていた。
頭に強い衝撃を受けて目が覚める。
「いってえ……!」
後頭部を手で押さえながら顔を上げると、あたしの席の前にそうちゃんが仁王立ちしていた。
「もう掃除始まってんぞ。さぼってんじゃねえよ。それから汚ねえから涎拭けよ」
それだけ言うとそうちゃんは立ち去った。
寝てる間に六時間目の授業は終わり、掃除の時間になっていたらしい。
掃除が始まってるのに寝てるあたしをそうちゃんが叩き起こしたってことか。
あたしがそうちゃんに注意されるところを見ていた男子が笑い出す。
「涎垂らして寝てるなんて、女子力の欠片もねえな! あ、たいぼくは男だから当然か!」
「うるっせえ! これでもあたしは女だよ!」
涎を垂らしてる姿を嘲笑され、恥ずかしくて赤面しながら、あたしは慌てて制服の袖で涎を拭く。
あたしが涎垂らしてること、周りに聞こえるように言わないでよ、恥ずかしい! 周りに気づかれないように、小声で教えてくれるくらいの気遣いしてよ、あたし女子なんだから! 昔はあんなに優しかったのに、でかくなったあたしには、そうちゃんさえも女子扱いしてくれなくなるのかよ!
かなり強い力で叩かれたせいで、後頭部がまだ痛い。掃除の時間が始まってるのに寝てたのは悪かったけど、あんなに強く叩くことないじゃん! 昔のそうちゃんだったら絶対に暴力を振るわなかったのに!
なかなか消えない後頭部の痛みを感じていると、怒りが沸々と沸いてきた。
変わっちゃった今のそうちゃんなんか嫌いだ!
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