第8話
放課後、あたしは桃と帰るか、秋実たちと帰るか迷ったけれど、迷ってる間に先に秋実が誘ってきたので、秋実たちと帰ることにした。
廊下に出ると秋実が訊いてきた。
「つうか小鳥、あんたなんで春比奈なんかと仲良くしてんのさ」
「喋ってみたら、みんなが言うほど悪い奴じゃなかったんだ。みんな桃のこと誤解してるだけなんだよ」
「はあ? なに言ってんの? あんなあからさまな八方美人のなにが誤解だよ。小鳥、前からあんたはわたしたちとは違うかもって思ってた。わたしらがあいつの悪口言ってる時、いつもあんただけなにも言わないしさ。もしかしてあんた、わたしらがあいつの悪口言ってる時、心の中でわたしらのこと見下してたってわけ?」
「違う。あたしはただ人の悪口とか陰口を言うのが嫌いだから、なにも言わないだけだよ」
「やっぱり見下してんじゃん」
「そんなことない。あたしは文句があったら直接言うタイプってだけで、文句があったらあたしだって言うよ? だから別に見下してたわけじゃないんだって。やり方が違うってだけで」
「そっか。わかった」
なんか険悪な雰囲気になりかけたけど、わかってくれてよかった。そう思ってあたしは安堵した。でも安心できていたのは束の間のことだった。この日別れ道まで一緒に帰った時までは、秋実たちはあたしに普通に接してくれた。でも次の日からいきなりあたしは、秋実たちから避けられるようになった。
朝、あいさつしたら無視された。聞こえなかったのかと思って、さっきよりも大きな声で言ってみたけれど、それも無視された。移動教室の時、今までだったらあたしが教科書などを準備し終えるのを待っててくれたのに、あたしを置いてさっさと三人で行ってしまうようになった。昼ごはんを一緒に食べようと言ってみたけど、無視されて輪に入れてもらえなかった。授業中に好きな者同士でグループを作れと先生に指示された時、グループに入れてもらえなくなった。放課後一緒に帰ってくれなくなった。
「ねえ、なんであたしのこと避けるの?」
あたしを無視して帰ろうとする三人に向かって訊いてみた。すると理沙が立ち止まって振り返った。
「小鳥のことをハブにするってことになったから。ごめんね」
それだけ言って、理沙は二人を追いかけて行った。そしてそれ以来、三人は二度とあたしと口を利いてくれなくなった。
どうしてそんなに簡単に友達を切り捨てることができるの? というかもしかして、そもそもあたしたちって友達じゃなかった? だったら一緒に過ごした時間の中で、あたしに向けてくれてた、あの笑顔はなんだったの? あたしなにか間違ったことしたかな? 神崎の時みたいに尾上を追い払うべきだった? 秋実の恋敵である桃と親しくしたらいけなかった? ううん、やっぱりあたし間違ったことしてないと思う。だったらどうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないの? 誰か教えてよ。
秋実たちに避けられるようになったあたしは、桃と行動を共にするようになった。桃が申し訳なさそうな顔をして言った。
「ごめんね。わたしと話したせいで、藤木さんたちにハブかれたんでしょ? だったらもうわたしと話してくれなくてもいいよ」
「そんなこと、桃が気にすることじゃないから。あたしが桃と話してみたいと思って、話したんだからさ」
「でも……」
桃と話してみたいと思ったことは本当だし、話してみたらやっぱり桃はみんなが思ってるような悪い子じゃなかった。でもあたしは桃と関って秋実たちからハブかれてから、なんだかずっと気持ちがもやもやしてる。なんだろうこれ?
「実は桃は、秋実の恋敵なんだよ。だから秋実の恋敵と仲良くしたら、秋実にとって面白くないっていうのはわかるんだけど。でもそれくらいのことでいきなり無視する?」
「それくらいのこと、じゃないからだよ。恋をしてる女の子にとっては」
そうか、もしかしたら恋をしてないあたしからすれば「それくらいのこと」でも、恋をしている秋実にとっては「それくらい」では済まされないことだったんだ。
友達だった秋実の恋をあたしはもちろん応援してた。でもだからって秋実の恋敵と少しでも話したらハブかれなくちゃいけないの? って恋をしてないあたしはやっぱり思ってしまう。たとえそれくらいのことではなかったにしても、何回考えてもやっぱりあたしは悪くないと思うし、当然桃にも罪はないと思う。
いきなりハブかれたことが、心のもやもやの原因の一因だ。でも全部じゃない。
秋実たちにハブかれるくらいだったら、桃と関らなければよかったって、あたし後悔してるのかな? いや違う。
「間違ったことしたわけじゃないってわかってるから、桃と関ったこと、あたし後悔してないよ。だからこのことについて桃が気にすることはなにもない」
後悔じゃないなら、このもやもやは一体なに? ……そうか、秋実たちにとってあたしが、簡単に切り捨てられる程度の奴だと思われてたことが悲しいんだ。そんな上辺だけの薄っぺらい絆しか築けてなかった自分の未熟さが情けなくて悔しいんだ。
秋の冷える朝の中、あたしはいつもどおりに歩いて登校していた。いつもどおりじゃないのは、登校途中に秋実たちを見つけても、声をかけることができなくなったこと。
あたしの前方に秋実たち三人がいた。秋実たちは楽しそうに笑顔を交えながら話に花を咲かせていた。
あの輪の中に、あたしが入ることはもうないんだ。いや、もしかしたら話し合えばわかってくれるかもしれない。……いきなりハブかれるなんてひどいことされておいて、あたしまだあそこに戻りたいって思ってる。あたしが秋実たちにとって、どうでもいい取るに足らない存在だったって、認めたくないんだ。
「おはよう」
隣から声がして顔を向けると、あたしの横にそうちゃんが並んでいた。
「おはよう」
あたしは覇気のない声であいさつを返した。
「一緒に行かないのか?」
そうちゃんの視線は秋実たちに向いていた。
「友達だと思ってたの、あたしだけだった。友達ってなんなんだろう。わかんない」
気持ちを吐露すると、一緒になった涙まで零れ出てきた。あたしの目に映る、秋実たちの楽しそうな姿がぼやけていく。
「けんかしたのか?」
「けんかっていうか、一方的に嫌われただけ」
「なんか嫌われるようなことしたのか?」
「したけど、でも間違ったことはしてない」
「お前が間違ったことしてないって言うんなら、お前にとってあいつらが良い奴等じゃなかったってことだろ。それが早めにわかってラッキーだったって思っとけば良いんだよ」
そうちゃんがあたしの頭をポンポンと優しく数回叩いてくれる。
嗚咽でうまく喋れなくなったあたしは、代わりに大きく頷いた。
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