ブリーフィング

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 数日後の深夜、統合作戦センターがおかれた農場の納屋に三十名ちかくの捜査官が集結した。

 そのほぼ全員が戦闘服とボディアーマー、騎銃で武装しており、装備の配色はふたつの系統にわかれている。ひとつは灰色がかった緑、SWATのもので、ニーナや緊張した表情のトラヴィスの姿があった。そしてもうひとつ、あかるいカーキや茶色を基調色にした迷彩柄マルチカムの装備に身をつつんでいるのは人質救出部隊、HRTとよばれる連邦捜査局でもっともたかい練度をほこる特殊部隊だ。

 情報戦部隊の一員として作戦に参加するクレアの車椅子くるまいすにはシュリが寄りそい、納屋のすみには紺地に黄色で連邦捜査局のロゴがしるされたレイヤードジャケットをまとったダニエルの姿もあった。

 彼らのまえにたつ三人の中央はリチャード・ベイカー主任捜査官だ。ロマンスグレーの髪で柔和な雰囲気をただよわせる彼の左隣では、アーネスト・クロフォード管理捜査官が巌のごとき相貌そうぼうで無言の重圧を放つ。レイヤードジャケットを身につけた彼らとは対照的な戦闘服の人物はクリストファー・バレット、HRTの指揮官である。

「では始めようか」

 テロリズム対策課をすべるベイカー主任捜査官のおだやかなひとこえで、捜査官たちに緊張が走る。

「みてのとおり、今回はHRTが情報収集の段階から力を貸してくれている。バレット指揮官、なにかひとことお願いしてもいいかな」

 コッキングレバーをひいてライフルをかまえるように、うなずいて一歩まえにでたバレット指揮官は、捜査官たちを見まわした。

「HRT隊員たちは知っているだろうが、ここにいるベイカー主任捜査官はつい数年まえまでHRTに所属していた私たちの同僚だ。そしてもうひとり、わすれてはならない人物がいる。ジェイムズ・モーリス、HRT時代のベイカー主任捜査官の相棒でもあり、私たちの英雄だった男だ」

 きびきびとした口調のなかで不意にきこえた父親の名前に目をみひらくクレアに、バレット指揮官はしずかなひとみをむけた。

「HRTに所属するものであれば、かならず一度はその名を耳にする人物、ジェイムズ・モーリス。これから諸君らがおこなうのは、そんな私たちの英雄にかかわる作戦だ。作戦行動に私情を差しはさむのは、無論ゆるされることではない。だが諸君らにはふたつの事実を胸にとめて行動してほしい。

 ひとつ、本作戦は卑劣な犯罪によって家族をうばわれた彼の遺志をつぐものであること。

 そしてもうひとつ。本作戦には彼の息女が参加していること。

 クレア・モーリス捜査官。あのいまわしい事件で重傷をおいながらもふたたび立ちあがり、不断の努力で困難を克服して父親の正義を引きつぎ、犯罪とたたかう道をえらんだ君の不撓ふとう不屈ふくつの精神に、心から敬意を表する」

 バレット指揮官がおくった拍手は、またたく間にふたつの部隊にひろがった。おどろくクレアを中心に連体感が形をなすと同時に、すべての隊員たちに闘志がみなぎっていく。

「私からは以上だ。作戦についてはベイカー主任捜査官にしたがっておけばまちがいない」

 バレット指揮官がさがるとベイカー主任捜査官が拡張現実を操作した。捜査官たちの共有レイヤーにはディヤーナ・マンディールの本拠地パシュパティナートの立体図と、数名のプロフィールが表示される。

 つづくジェスチャーでひとり分のプロフィールが最前面に移動した。神経質そうな小太りの男だ。儀式の最中にとられた法衣をまとった画像もかさねられる。

「今回のターゲットのひとり、オーウェン・ビショップ。仲間うちではクンバカルナというインド神話に登場する羅刹らせつの名前でよばれている。ディヤーナ・マンディール、そしてその前身であるマハー・アヴァター・サマージで情報インフラストラクチャの構築、および電脳工作をおこなっている男だ。

 もともとクラッカー集団をひきいて種々の犯罪に手をそめていたが、国家安全保障局に拘束された際、司法取引で対立するクラッカー集団をうったうえにまんまと同局に入局。全世界的な盗聴システムの構築にたずさわるかたわら、扇動や人心操作の技術をまなんだのちに逃亡、追っ手のエージェントを殺害して行方をくらました。

 先日発生した日本人女性殺害事件、および連邦捜査局をはじめ、かずかずの情報システムに対する不正アクセスの犯人だと目されている。この男は以前、SWATの通信に侵入したことがあるため、作戦中に拡張現実に侵入してくる可能性があるので注意が必要だ」

 ベイカー主任捜査官がプロフィールを入れかえる。これといった特徴のない、存在感のひどく希薄な白人男性がこちらをみていた。はじめてにじをみた子供のような視線で。

「だが、おそらくはこちらの人物の方が厄介だろう。ルイス・フロイド、元陸軍情報保全コマンド」

 捜査官たちがざわめく。

「元とはいえ軍の諜報ちょうほう部員ぶいんだ。君たちの相手として不足はないだろう。複数の機械化きかいか躯体くたいをあやつり、紛争地帯において情報工作をおこなっていた人物で、作戦行動中行方不明Missing in actionとされていたが、実際のところは死を偽装して行方をくらましており、現在は紛争地帯を専門とする神出鬼没の傭兵ようへいとなっている。散策者ストーラーといえば、うわさをきいたことのある人間もいるだろう。

 仲間うちでインドラジットという名でよばれているこの男は、マハー・アヴァター・サマージの信者ゲイリー・ストーンになりすまし、ミルキーオーシャン・サイバネティックス・テクノロジーズ本社ビル爆破事件をおこなった真犯人であり、またピース・フォー・ファミリーズ代表殺害事件の実行犯の容疑がかかっている」

 仮想現実で共有されたルイス・フロイドの顔を、クレアはじっとみつめる。どれほど目をこらしても、とおくの空をながめているようなさみしげな顔立ちは、長年憎みつづけてきた人物のイメージとはかさならなかった。

 クレアは、メグミからたくされたメモリーカードにのこされていた、過去のラークシャサたちのやりとりを思いうかべる。あののろわしい事件の発端を。


 暗闇くらやみのなか、向きあってうかぶ三枚のスクリーンの背後に明かりがともった。

「マハー・アヴァター・サマージはどうなっている?」

 威圧的な声音に、紗幕しゃまくにうつった醜悪な肥満体が応じた。

「完全に掌握した。先代の逮捕で抵抗勢力も瓦解がかいしたし、二代目は完全にオレを信じきってる。いろいろと恩をうっておいたのがきいてきたって感じだな」

「インドラジットは?」

『あの男の存在をうばった』

 声を発することなくテキストメッセージでこたえた幽鬼のごとき影に、クンバカルナがたのしげに話しかける。

「たいしたもんだな。ゲイリー・ストーンが別人だなんてだれもきづいちゃいない。なあ、本物のゲイリー・ストーンはいま、一体どうなってんだ?」

『お前がしる必要はない』

「つれないやつだな、相変わらず」

「時は、みちた」

 有無をいわせぬラーヴァナの声で、クンバカルナは口をつぐんだ。

「最初にエルトン・ウォルシュには自死してもらう。その後は、わかるな?」

神妃しんひは殉死すべきだ、ゲイリー・ストーンがそう言いはじめる』

「そうだ。狂信者ゲイリー・ストーンが引きおこす凶行によって、私の計画はつぎの段階にすすむ」

「刑務所にいる人間に自死してもらうだとか、あの無表情な小娘を殉死させるだとか、本当にこわい人たちだな、アンタたち」

 狂気にみちたクンバカルナのざらついた哄笑こうしょうがひびくなか、それぞれの紗幕の明かりがきえた。


 ベイカー主任捜査官のブリーフィングはつづく。

「本作戦の目的はクンバカルナことオーウェン・ビショップ、およびインドラジットことルイス・フロイドの確保にある。これはいまだ素性のしれないラーヴァナなる真の黒幕を特定するための布石でもあるため、被疑者の殺害は厳禁だ。

 編成をつたえる。強襲小隊レッドはアルファからデルタ分隊、狙撃そげき小隊しょうたいブルーはエコーからホテルまで、小隊長と分隊長はそれぞれ――」

 下知される作戦をききながら、クレアはとなりのシュリの様子をうかがう。この作戦がおわれば、彼女と、母親の死の真相があきらかになり、メグミやディランへの手向けになるのだろうか。ないだ表情からはなにも読みとることができない。

「――本作戦ではまちがいなくオーウェン・ビショップと情報戦をまじえることになる。また、混成部隊の運用にあたっても情報戦小隊のサポートが必要不可欠だ。よって情報戦小隊ゴールドは、混成部隊の支援と橋渡しをおこなうインディアと、オーウェン・ビショップとの交戦をおこなうジュリエット、以上の二分隊により構成するものとする。そしてこの小隊の指揮官だが、クレア・モーリス捜査官」

「え……?」

 クレアはおどろいて顔をあげる。ベイカー主任捜査官の真摯しんしな視線があった。

「君が情報戦小隊を指揮するんだ」

 有無をいわさぬ口調でつげると、彼はブリーフィングの終了を宣言した。

 隊員たちが一斉にちらばっていくなか、呆然ぼうぜんとするクレアのもとにニーナとトラヴィスがやってきた。

「やったじゃないクレア。だい抜擢ばってきよ」

「……でも、私」

「大丈夫よ。あなたの功績をしっていれば、誰もが適任だってわかるわ」

「本当に……?」

「もちろん。さあ、あたしたちもがんばらないとね」

 おおきくうなずく背中をみて、トラヴィスは真剣な表情でつぶやいた。

「姉御は、おれがまもります」

「ん? ごめんねトレイヴィー。なにかいった?」

「い、いえ。……なんでもないです」

「もうちょっと気合をみせろ、トレイヴ」

 降伏するように両手をあげたトラヴィスのうしろからダニエルがあらわれ、クレアをみた。

「故兵以詐立、以利動、以分合為変者也。

 故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸権而動」

「……いつにもましてながいわね。どう解釈すればいいの?」

「軍は偽計を基本として、利益があるかどうかで判断し、臨機応変に編成をかえる。

 だから風のように速く、風のように静かで、火のように攻めこみ、山のようにうごかない。

 風のようにとらえがたく、雷のようにうごき、略奪は効率よく、領土拡大は要害にわかれ、臨機応変に対応する。

 まあ、まあそういうことだ。お嬢ちゃんならやれるさ、かならずな」

 ダニエルがうかべたくたびれた笑みは、なぜかクレアに力をあたえた。

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