監視体制

     ★☆★☆★


 よこにながい瞳孔どうこうをもつぬれた鉱石のごとき輝きは、ひっきりなしにあちこちへむけられる。

 仔山羊こやぎがかたすみにつながれたマハーマンダパとよばれる大拝堂には、簡素な修行服をまとった百名ちかい出家信者たちがつどっていた。よすみの柱にほどこされた美麗な彫刻に、目をとじた信者たちに、まうしろから差しこんだ陽光が影をおとし、最奥の聖室を照らしだす。高さ三十メートルをこえる塔、シカラのましたにあるもっとも神聖な空間で、ふたはしらの神像はつややかな肢体を絡ませて抱きあっていた。

 サフラン色の法衣をまとった導師と四人の祭官が姿をみせる。僧たちが聖室のまえにつくられた祭壇のわきにつくと、読誦どくようがはじまった。仔山羊が、くろぐろとぬれたU字型の台までつれてこられる。声をあげ、あらがい、懸命にいましめからのがようとする仔山羊が、ちからづくで首を台に固定された。にぶい輝きをはなつ蛮刀が振りあげられる。読誦の声がたかまる。つぎの瞬間、夕日のなかにあってもあざやかな赤がほとばしった。ほおりなげられた胴体は、頭をうしなってもなお、もがきつづける。その場から、逃げだそうと。

 ベランダのそとにひろがる夕暮れの田園風景の彼方かなた、一キロメートルちかく離れたふるびた給水塔のタンクのうえに、それらの様子をつぶさにみつめる目があった。

 ディヤーナ・マンディールの本拠地、パシュパティナートをかこむように設置された監視地点のひとつだ。マルチカムとよばれる迷彩柄の戦闘服に身をつつんだふたりの人物が、景色と一体化して任務を遂行している。長大な対物ライフルをちいさな砂袋で微調整し、完璧かんぺきな伏射姿勢をたもった狙撃手そげきしゅは彫像のように身動きひとつせず、そのかたわらでは観測手が腹ばいで双眼鏡をかまえる。

 ふたつのスコープは、監視が開始されて以来、はじめてあらわれたブラフマン祭官をとらえていた。高度に暗号化された通信に狙撃手の声がのる。

『シェラ・ツーからJOC。ブラック・ブラヴォー・スリーに巨漢とおもわれる人物が出現。確認ねがう』


 シェラ・ツーと名づけられた地点から送信された映像はネットワーク上をひた走り、さらに数キロメートル離れた農場の母屋へと到達した。

 伝統的な外観の木造の建物だ。窓からうかがうかぎり人の気配けはいはない。だが偽装されたガラスのおくは、秘密裏に運びこまれた無数の通信機器や解析機器がいきづき、それらを運用する人員で不休の監視体制がしかれた、連邦捜査局の統合作戦センターJoint Operations Centerが構築されていた。

 その中枢、設置された種々の機器とそれらをあつかう人員がつめるリビングルームに、かろやかな歌声がながれた。受信した映像は即座にマンハッタンの支局にある蜂の巣ホーネッツネストで解析され、結果が通知される。

『JOCからシェラ・ツー。九十八パーセントの確率で本人と断定されました』

 応答をかえしたクレアは、仮想現実に表示された映像をみつめた。

 切断された山羊の頭部は、黄金の器にのせられて花々でかざられた祭壇に運ばれており、たかれた炎をはさんで胡座あぐらをかいてすわった祭官たちがとなえるマントラを、信者たちが追唱する。

 サフラン色の法衣をきた祭官たちの中央にいる整った顔立ちの長髪の男が、導師ダレル・ウォルシュだ。ぐらぐらと上体をゆらしてうつろなひとみを宙におよがせ、愉悦の表情をうかべた導師のすぐそばに、矮躯わいくで小太りな男の姿があった。落ちつきなくあちこちに視線を走らせる男を、クレアはじっとみすえた。

「やっと手がとどきそうね、炎に」

 つぶやく彼女のとなりで、シュリはいだ表情でたたずんでいる。

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