信頼関係

     ★☆★☆★


「――捜査官、ダニエル・バード上級捜査官!」

「……おや、お嬢ちゃんか。なにか用かな?」

 クレアはようやくひとみをひらいた中年男をにらみつける。突如巻きおこった大音声の発生元をみた捜査官たちが肩をすくめてデスクワークにもどるオフィスの窓のそとは、とうに日がおち、都市の光がまたたいていた。

「用がなければよばないわ。シーラたちの事件の証言書類をまとめたから提出するまえに確認して」

「了解した。お嬢ちゃんがかいた文書ならわざわざみるまでもないとおもうが」

「規則よ。それから、教育係が勤務中に居眠りなんて論外だわ」

「すまないな。としをくったせいかどうも体力がつづかなくて」

 くたびれきった老犬のような笑みにクレアはととのったまゆをゆがめて、

「捜査のときは底なしじゃない。つくならもっとましなうそにして」

「……すまなかった。ええと、今日はもうあがってくれていい、書類はみておく」

「調べごとがあるからそれがおわったらにするわ」

「よければ手伝うが」

「結構よ。また居眠りされたらかなわないわ。シュリ、接続室ダイヴセンターにいきましょう」

 シュリとともにとおざかっていく車椅子くるまいすをながめながら、ダニエルがこぼす。

「なかなかにむずかしいな、バディの信用を勝ちえるのは」

「クレアに信用されたいんです?」

 ジーンズにTシャツというラフなスタイルのトラヴィスがいった。

「まあな。バディには信頼関係が必要だろう?」

「でもおやっさん、おれのときはそんなにかまってくれなかったじゃないですか」

「信用してない人間に車のステアリングはあずけないぞ? 私は」

「おやっさんが俺にステアリングをにぎらせたのって、あの手放し運転をおしえようとしたときだけですけどね」

「連邦捜査局の伝統だからな。後継者が必要だ」

「勘弁してください。いまだにトラウマです」

「気合がたりないな。どれ、では若人に捜査局の伝統についてレクチャーでもするとするか、酒でものみながら」

「いいですね、速攻で書類をおわらせます」

 椅子に腰をおろして拡張現実ARを操作しはじめたトラヴィスがうめいた。

「どうした?」

「いや、姉さんからダメ出しが……」

 人によくなれた毛のながい大型がしかられたときのような表情に、しっとりとかすれた声がむけられる。

「こことこことここ。記入欄がまちがってるわ、トレイヴィー坊や」

 となりの席から手をのばして、トラヴィスが展開した文書の一部を指ししめしたスーツ姿の女性がダニエルをみた。

「あたしも若人にはいるかしら」

「ああもちろんだ、ニーナ。くたびれた親父の話でよければきいてくれ」

 彼女は真夏の夜にさく大輪の花のごとく微笑ほほえんだ。

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